第5話 騎士エリア潜入 

 バリシナンテスがポンテ卿と面会したのは午後の早い時間帯であったが、その日の日没にはディストールはポンテ卿の意図をすでに知っていた。

 下城したバリシナンテスがすぐに早馬を飛ばし、暗号化された手紙をエゾナレスのディストールたちが泊まっている宿に届けたのである。

 一方のナシェーリは、ディストールからの城壁越しのその日の連絡で知った。

 ディストールからナシェーリへの連絡は一方通行であり、ナシェーリからディストールに連絡を取るには別の方法を考えなければならないためである。すなわち、風使いの能力を使い、城壁の上を通して書簡を渡す……という方法は、城内で受け取る側の人間にとってはあまりに人目に付きやすく、実用的ではないのである。

 そのため民間の早馬を雇い手紙を届ける、という至極真っ当なやり方で連絡は取られたのである。ナシェーリの方にバリシナンテスから直接手紙が送られなかったのは、早馬を送るのは料金がかさむ……というコストを考えられてのことだ。


「お~い、ぼっちゃん!手紙が届てるわよ。」


 その日の夕刻、一旦調査を切り上げ宿屋に戻ると宿屋の女将さんが手紙を渡してくれた。


「ああ、これはどうも!……でも女将さん、僕はぼっちゃんなんて呼ばれるような身分の者じゃありませんよ」


 ディストールは苦笑しながらも、例の完璧な作り笑顔で宿屋の女将に礼を言った。


「いーや!長年人を見る商売をしてきたアタシの目に狂いはないよ!そんな薄汚れた作業着を着ちゃあいるがね、アンタのその物腰といい利発そうな顔といい……きっと元は立派な生まれの子なんだろ?……ほらそっちの小っちゃいボウヤもキレイな目をしてるもの」


 少々太り気味でいつもせこせこ動き回っている女将は二人の反論も聞かず、一方的にまくしたてた。

 一瞬隠密だということがバレたのかと警戒したが、そういうわけではなさそうだった。

 二人は宿泊先の女将の信頼を得て情報を引き出そうと、良い子っぷり全開で彼女に接していたのだが……どうもそれが良かったのか悪かったのか、彼女の中で勝手にストーリーが作られてしまったようだ。


「女将さん、どうもありがとうございます!」


 二人は女将から手紙を受け取ると、自室に引き上げた。


「クラム、ポンテ卿が兵を動かすということだ」


 簡単な暗号化が施されていた手紙を読み終えると、ディストールはすぐさまその手紙をビリビリに破り、誰の目にも触れないように処理した。隙を見つけ、後に炊事場の火にでもかけてしまうつもりだった。


「お、いよいよだね」


 クラムートが目をらんらんと輝かせて応えた。

 彼は17才という年齢以上に幼く見られ、初対面の人間にはこんな仕事が出来るのか?と不安がられるほどだが、その実、誰よりも危うい仕事を楽しむ……というタイプだった。簡単過ぎる仕事では露骨にやる気を失うくらいだ。

 幼い頃から彼を知り、ずっと接してきたディストールでさえも、クラムートのその辺りの気持ちについては計り知れない部分がある。



 その日の夜中、二人は宿代をベッドの上に置いて出発した。もう宿に戻ることは出来ないだろう。

 目指すは騎士たちの居住エリアである。

 エゾナレスは庶民のエリアと騎士のエリアがはっきりと分かれているタイプの城だが、このタイプの城はちょっと厄介だ。

 ベルカントのように騎士たちの家と庶民の家とが混在しているタイプの城ならば、情報収集も比較的容易である。騎士たちしか知らない情報というものは必ず存在するが、庶民のふりをしてその騎士たちの話を立ち聞きすることも出来るからだ。

 対してエゾナレスのように騎士と庶民とで生活エリアとが分かれているような城だと、騎士のエリアに入ることそのものが難しい。

 騎士のエリアだから騎士以外の人間がいないかというと、そんなことはない。彼らの家族や使用人、御用達の商人などもいるから、人数的には騎士よりもそれ以外の身分の人間のほうが多いことは確かだ。

 だが当然管理は厳しい。まずエリアを分ける城門の出入り口を突破する、ということが難しい。騎士エリアに出入りする商人や職人たちというのは必ず誰か現地で働いている人間と行動を共にしていなければならないのが原則なのだ。

 最初にエゾナレス城下に入ってきたときのような緩い感じでは入れないだろう。庶民エリアは城下の発展のために各国の様々な商人も受け入れる。そのため「特別不審な人間以外は受け入れる」という場だが、この騎士エリアの城門は「必要な人間以外は誰も中に入れない!」という性格のものなのだ。


 だがまずは騎士エリアに侵入しなければ話にならない。

 エゾナレスは半円形に近い形をした都市である。その中心部に騎士エリアがあり、城門は二ヶ所あった。西側の城門は閉ざされており、開いている東側の城門にはかがり火が焚かれ、二人の見張りが立っていた。


(これは……やはり多少なりとも情勢が緊張していることの表れだろうな)


 ディストールはそう判断した。

 庶民たちのエリアを含む外の城門を警戒するのは当然だが、内部の門もこれだけ警戒しているということは、庶民の中に隠密が紛れ込んでいる可能性をエゾナレス側も想定しているということだろう。

 先述したとおり今回の騎士エリアへの潜入は、中の人間に紛れて潜入する、というやり方は現実的ではない。しかし中の城壁も5メートル以上ある堅牢なもので、城壁を乗り越えたり、壊すということも難しいだろう。

 ディストールとクラムートは闇夜に紛れ、城壁に身を貼り付けるようにかがり火が煌々と照らす城門に近付いていった。


「おい、夜になったってのにずいぶんと蒸すな!この暑苦しい鎧なんか脱いじまいたいよな~」


「バカ!……また怒られるから止めとけよ」


 城門まで7~8メートルに近付いたところで、門番たちの大きな話し声が聞こえてきた。声から察するに、どちらもまだ若い兵士のようだった。


(これは行けるな……)


 その声を聞いた瞬間ディストールは確信した。

 7~8メートル先まで聞こえる声でそんなことを話している、ということが彼らの緊張感の程度を示しているし、彼らを監督する指揮官のような人間も今はほとんど機能していないということだ。


 ディストールはクラムートにうなずくと突入の意志を示した。

 二人は呼吸を合わせ、一気に力を放った。

 すると一陣の風が吹き、城門の周囲を煌々と照らしていたかがり火が消えた。


「……何だあ?スゲエ風だな。……おい、火あるか?」


「ああ」


 呼びかけられた門番が、腰に下げた袋から火打石を取り出すとかがり火を灯し、辺りには明るさが戻った。


「にしても何だったんだろうな?……あ、もしかして幽霊とか?」


「バ~カ!今時、幽霊なんか信じてる奴いるのかよ?」


 二人の門番はよほど退屈に苦しんでいたようだ。しばらくの間、幽霊の存在について議論を交わしていた。

 言うまでもなく、かがり火が消えた瞬間にディストールとクラムートは門番のすぐ脇をすり抜け、騎士エリアへと侵入していた。

 門番に攻撃を加えなかったのは、まだしばらくの間潜伏しなければならないことを考えると当然である。騒ぎとなってしまっては情報を得るどころではなくなるのだ。


 騎士エリアは思っていたよりも建物が密集し、ごちゃごちゃしていた。二人とも用心深く神経を尖らせ、建物の陰に隠れながら探索を始める。

 途中、二人組の見回りに二回遭遇した。

 隠れてやり過ごしながら観察すると、どちらも先程の門番と同様に若そうではあったが彼らとは違い、その目の配り方、歩き方は緊張感と使命感に満ちていた。


(……俺らにとっては運が良かったってことだな)


 士気の高い彼らのうちの誰かが門番だったならば、城門を通り抜けるのはもう少し苦労したことだろう。


 1時間ほどをかけ騎士エリアを回ると、おおよその全貌が掴めてきた。

 松明を掲げて探索をするわけにはいかないが、元々レンベークの人間というのは視力が良い。風使いの風を読む能力というのは、物を見る能力も含まれてのものなのだ。風使いは空気の繊細な流れを肌で感じ取ると共に、空気中の小さな物質の動きを見ることによって風を判断するものでもあるのだ。視力も当然常人とは比べ物にならない。


 探索の結果として得られた情報は、まず施設の配置である。

 騎士エリアには三ヶ所の物見の塔があり、半円形をした騎士エリア全体の同心円状の中心部には王宮であろう建物があり、その傍には騎士たち多数が集まり会議を行う大広間もあった。もちろんどの施設も大国の豪華なものとは違い、実用性を重視した質素なものである。


 大広間から少し距離のある食料倉庫に二人は忍び込み、そこでようやく一息を吐いた。

 まもなく夜が明けようとしていた。 



 



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