第4話  面会

(……やはり、エゾナレスに戦意が無いわけではなさそうだ)


 具体的にどこが、と言うのは難しいのだが、エゾナレス城内はどことなく活気に満ちているようにディストールは感じた。

 人々の街の規模から考えると商人の出入りも多いし、食料や燃料などが騎士の警護を伴って輸送されてくるのも確認出来た。往来を行き来する騎士の数も多いように感じる。


(……ん?どうも騎士と庶民の表情が違う気がするな……)


 さらに歩き回るうちにディストールはそんな気がしてきた。

 庶民たちは皆どことなく切羽詰まった表情を覗かせている気がするのだ。単にそれぞれの仕事に追われて忙しい……というだけでは説明出来ないような表情である。

 対して騎士たちのほうは、どこか余裕というか必要以上に尊大な……一種虚勢を張っているような気がする。


(……どういうことだ?やはりベルカントとの戦争を意識しているのか?)


 昼を少し過ぎた頃ディストールはクラムートと合流し、情報を交換した。


「ねえねえ、僕城内に向かう騎士同士の話を聞いたんだけどさ……『これでベルカントの連中に一泡吹かせられるな!』って言ってたよ。やっぱり戦争する気満々なんだと思うよ!」


「そうか。俺も街の動きを見ていて、そうなんじゃないかという気はしてきたんだ。……だが」


「……ねえ?」


 二人は一緒になって首を傾げた。エゾナレスがたとえ戦意旺盛だとしても、ベルカントに挑んでくるのは無謀なものに思えたからだ。

 エゾナレスの総人口は3万5千人ほど。東西に長く農業地域の発展性を大きく残した国で、農村の開発が進めば今よりも大きな国になり得るだろうが、現時点での国力はベルカントに一回り劣っている。加えて、広い国土はそれだけ多くの守備の兵を残さねばならず、戦争となった場合決戦に動員出来る兵力はベルカントの半分ほどになってしまうはずだ。


 さらに、ベルカント・エゾナレス両国と国境を接する隣国ガッサンディアは建国以来のベルカントの同盟国なのだ。二国間の争いにガッサンディアがそれほど積極的に関わってくるとは考えにくいが、いざ戦争ということになれば、申し訳程度にはベルカントへの応援の兵を送ってくるのがこれまでの慣わしだった。

 またエゾナレス領内がベルカントとの戦争に集中し手薄になれば、その時を狙ってガッサンディアが攻め込む、ということも考えられる。

 こうした戦力差を考えると、エゾナレスが戦争を仕掛けてくるというのは無謀にしか思えないのだ。


「……まあ、何かエゾナレスには秘策がある可能性もあるわけだ。とりあえず俺たちはありのままを報告しておこう」


 二人は再度城内の調査を始めたが、その日はそれ以上の成果を得ることは出来なかった。


 


 日没頃、ディストールは今日の調査の結果を書簡にしてまとめ、ナシェーリと示し合わせてあった城門から東に300メートルほどの場所に来た。調査内容を城外にいるナシェーリに伝えるためである。

 城門を何度も出入りしては門番に顔を覚えられてしまうし、城門が閉ざされた後の夜の街をも彼らは調査する必要があったので、彼らは城内に留まったのだ。こうした場合彼らがよく用いるのが、調査内容を書簡にして城壁の向こう側にいる仲間に届ける、という方法である。

 エゾナレスのような小規模の城でも、城壁は7、8メートルの高さがある。書簡を石に包んで向こう側に投げても良いわけだが、物を投げるモーションというのはかなり人目を引くし、書簡が確実に味方に届いたという保証も得られない。そこで彼らはこのような方法をとる。


 ディストールは一枚の枯葉を拾い上げ、手を放した。すると枯葉は元の場所には落ちて来ず、風に乗ってするすると舞い上がっていった。そのまま城壁の向こう側に舞ってゆくかに見えた枯葉は、城壁の上で一瞬だけピタリと静止した後、ディストールの足元に落ちてきた。


(よし、ナシェーリは待機しているな)


 こうして互いの風を操る能力を確認し合うのが、恒例の彼らの合図だ。

 ディストールは細かく折りたたんだ書簡を懐から取り出すと、枯葉と同様の軌道に乗せ、視界の端で追っていった。

 書簡が城壁の向こうに到達した瞬間に急速に落ちていったところを見ると、ナシェーリは書簡を手元に引き寄せたようだ。ナシェーリの方は周囲の目を気にすることなく能力を使える状況にあったのだろう。


 ちなみに、彼らの風を操る能力というのは視界に依る。視界に入っていない場所の風を操ることは出来ないのだ。しかし、特に風の強い日でもないのに、城壁の向こうに舞い上がってゆく紙切れをじっと見つめているのは、周りの人間に不審に思われる可能性もある。書簡一枚のような軽いものであれば、間接視野に入れておくだけで充分操ることは可能なのだ。


  ディストールはクラムートと再び合流し、夜の街へと繰り出した。「歴史は夜動く」という言葉もある通り、酒に酔った人間から思わぬ重大な情報が聞ける、ということも少なくはない。

 だが今回は、夜の街でも期待していたような目新しい情報は得られなかった。

 エゾナレス城内は庶民のエリアと騎士のエリアとで完全に分かれており、庶民の酒場に騎士が現れるということはないようだ。つまり、騎士と庶民との私的な交流というのはほとんどないのだ。


「……な~んか、ヤな感じじゃない?」


 他の人間に聞かれないように、クラムートが言ってきたのはそのことらしい。


「まあな……。俺らからしたら変な感じだよな」


 ベルカントでも身分そのものは、騎士と庶民とではっきり分かれているが、こう厳密に生活エリアまで分けられているわけではない。庶民も騎士に親しみを感じ、場合によっては騎士も庶民と気さくに話すものだ。しかしそれゆえにトラブルとなることも少なくはない……という点を考慮するとどちらが良いと一概には言えないのかもしれないが。


 結局二人は早々に酒場を後にし、宿屋に戻った。


 その後2、3日は同様の調査を続けたが目立った情報は得られなかった。




  一方、レンベークの村に留まっていたバリシナンテスは、自分の元に届いた書簡を読み、情報を整理していた。

 ナシェーリからのナガトワ村の第一報は既にポンテ卿に届けていたが、その後の続報、そしてエゾナレス城下にほど近い村の様子を報せたディストールからの書簡……そのいずれもが日常と変わらぬ様を伝えていた。


 簡単に目を通すとバリシナンテスはすぐに登城し、国王であるポンテ卿に面会を求めた。 

 バリナンテスもまた自分の役割をよく理解していた。自分たちの役割は今回の雇主であるベルカント国のポンテ卿に対して、正確な情報を提供するという点のみである、ということだ。


 彼は共に働く少年たちからは小バカにされることも多いが、物事を客観的に見ることの出来る人物であり、決して愚鈍な人間ではない。ポンテ卿も彼の人物を良く理解しており、彼のことを信頼した上で風使いたちを重用している面もあるのだ。


「おお、バリシナンテス!よく来たな!」


 いつも面会する玉座に程近い小部屋で少し待たされた後、ベルカント国王ベルカント=ハインシンク=ポンテは、護衛の兵2名だけを連れて入ってきた。


 バリシナンテスが、ひざまずき礼をとろうとするのをポンテ卿は片手で押し止めた。


「堅苦しい挨拶はよい。首尾を聞かせてくれ」


「はっ」


 ポンテ卿は国王と呼ばれるにはまだ若く、40歳に少し届かないほどの年齢であった。

 背はそれほど高くないが、骨太のがっしりした体格で、黒々としたあごひげを蓄えた様は、国王というよりも大工の棟梁でもやっていそうな雰囲気である。

 部下に対しての細やかな気遣いもでき、人懐こい笑顔と快活な話し方で、初対面でも彼に心酔してしまう人間は多いという。如何にも豪放磊落といった印象であるが、頭も切れるし冷徹な部分も持ち合わせている人物だ。向かい合うバリシナンテスもポンテ卿に対して好意的な印象を持っていたが、同時にとても緊張していた。 


 バリシナンテスは懐から2枚の書簡を取り出すと、ポンテ卿の座っているテーブルの前に置いた。


「こちら現地に潜入した者からの直筆のものですので、お見苦しい点もあるとは思いますが……」


 雇主と請負人という関係で、こうした書簡を直接見せるというのは、通常で考えればありえないことである。

 現地からの情報というのは非常に雑多なものであり、錯綜する情報が矛盾したものに思える場合も多いからだ。そのため、国元で受け取った人間が一度情報を整理してまとめ、雇主に分かりやすい形の書面に作り直して提出する……というのが一般的な流れである。


 ただこれはどちらかと言うと建前の部分であり、請負側の立場としての本音は……雇主に対しても、なるべく情報は秘密にしておきたいのである。これは依頼主の国家と、請負主の傭兵の集団とが、別の共同体である以上当然のことであろう。

 さらに俗なことを言うならば、情報を小出しにすることで料金を引き上げようとする場合もあるし、依頼主にとって重大に不利な情報が含まれており、その国に未来が無い……というようなケースでは、密かに依頼主を裏切り敵国側に情報を流す、という場合もあると言う。


 いずれにしろ現地に潜入した人間からのレポートを、雇主に直接見せるというのはかなり特殊なことで、レンベークの集団とポンテ卿との信頼の証拠と捉えて良いだろう。……というかそもそも、隠密である風使いに対して、小国とはいえ一国の国王が直接面会して話を聞くということ自体がかなり異例ではあるのだが。


 この辺りのことから見えて来るのは、ポンテ卿の合理性と、お飾りの国王ではなく現場の指揮官であろうとする気概であろう。

 最初はポンテ卿も対応を他の者に任せていたのだが、次第に情報というものの価値をより重く見るようになった。余計な部下を通すことで情報が不明瞭になることを彼は何より恐れたし、自分自身が直接そうした者と接することで細かな機微が分かる場合もある、ということもやがて理解した。


 国王であるポンテ卿が直接対応するとなった時は、レンベークの集団も驚いたと同時にやり辛さも感じた。だがやがて、ポンテ卿という人物の大きさも感じずにはいられなくなっていった。なんだかんだ最低限の賃金で仕事を引き受けてしまっているのは、こうした面も大きいのかもしれない。


「なるほど……。エゾナレスにほとんど戦意は見られない、ということか」


 ポンテ卿はディストールとナシェーリからの書簡に素早く目を通すと、ニヤリと微笑んだ。その微笑が何を意味するのか、何度も接しているバリシナンテスにも意図が分からない時が多い。


「バリシナンテス、どう見る?」


「はっ?……わたくしめでございますか?」


 意見を求められてバリシナンテスは戸惑った。


 隠密に意見を求めてどうすんだよ?というのが彼の正直なところであった。

 ポンテ卿にはそういった癖があった。誰彼構わずに意見を求める、というものである。ひどい時には下女や料理人にさえも国事の意見を求めたりするほどだ。ただこれは、実際に相手に意見を求めているというよりも、自分の考えを整理してゆくために対話の相手を利用している、ということらしい。


 ポンテ卿がなおも返答を待っている様子なので、バリシナンテスは仕方なく答えた。


「どうでしょう?……エゾナレスに戦意が無いのであればもっと早く和平交渉を持ち掛けてくるでしょうし……かといって無理にでも戦を仕掛けるのは既に機を逸した感があります。……どちらにしてもエゾナレスの出方は中途半端に思われますが」


「おお、バリシナンテス!ワシも全く同じように感じておったわ!そちは思ったよりも情勢を見られる人間じゃな。どうだ、儲からん傭兵家業なんぞ辞めてワシに直接仕えんか?」


「いえ……ご冗談を」


 ごく普通の分析にポンテ卿はいたく喜んだが、それが一種のポーズであり、心から驚いているわけではないことくらいはバリシナンテスも理解していた。ただもちろん悪い気はしない。こうした些細なことで部下の騎士は彼に生涯の忠誠を誓うのかもしれない、とバリシナンテスはふと思った。


 ポンテ卿はなおも思案を続けている風であったが、すぐに具体的な方針を打ち出した。


「当然エゾナレスが何か策を秘めている、という可能性も高い。だがここで時間を置いてしまえば、我が国の勢いは殺がれてしまう。軍を動かすのは今しかない。……バリシナンテス!エゾナレス城下に潜入している者にも、そのつもりで引き続き調査に当たるように伝えてくれるか?」


「はっ!かしこまりした。……もう、すぐに軍を動かすということですか?」


 バリシナンテスは慎重に言葉を選んでポンテ卿に尋ねた。軍をいつどのように動かすかなど、本来は決して訊ける立場にはないからである。それでもそれを尋ねたのは、ポンテ卿ならば答えてくれるだろうという信頼と、潜入しているディストールたちのことを案じたからである。軍を動かすのがいつか?ということで、潜入の仕方・情報の集め方が全然変わってくるからである。

 当然ポンテ卿の方に答える義務はないし、「余計なことに口を挟むな」ということで怒りを買う恐れも無いわけではない。だが、敵地に潜入し文字通り命を張っている少年たちのことを思えば、バリシナンテスもその程度のリスクを背負わないわけにはいかなかった。


「ああ、今日中に騎士たちには触れを出し、明日の正午に出発のつもりだ。……言うまでもないが、このことは内密にな」


 ポンテ卿は細かく説明をしてくれた。最後の内密の念を押すとき、鋭い目をしてバリシナンテスを見たが……これも一種のポーズだと彼は捉えた。


「はっ!では早速早馬を送り、引き続き情報の収集に努めるように指示いたします」


 


 


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