第12話

 コーヒーカップを置くカチャッという音で、ふいに僕は我に帰りました。まるで、夢でも見ていたみたいでした。そして、ふっと目をあけた時、僕は思わず、あっと声をあげてしまいました。そこにはうす暗い石油ランプの灯に映った古びたカウンターの代わりに、明るいイルミネーションに照らされた、いつもの店の見慣れた白いカウンターがあったのです。

 顔なじみのマスターが、けげんそうに僕の顔を見ていました。

「どうしたの、そんなにポカンとしちゃって。あれれ、顔が真っ青だし、汗びっしょりじゃないか。」

僕はマスターの顔を見て、おずおずと聞きました。

「僕は、いつ頃からここにいるんだい。」

マスターは笑いながら言いました。

「何言ってんだい、カウンターに座ってコーヒー頼んでから、まだ十分もたってないんだぜ、どうかしちまったんじゃないのかい。まるで南極みたいに寒かったから、風邪でもひいたんだろう。

 ほらほら。コーヒー、今日はおごりにしといてやるから、冷めないうちに早く飲んで、さっさと家に帰って寝ちまいな。」

 僕は、まるで狐につままれたような気がして、ただマスターにぼんやりとうなずいて、コーヒーを飲みました。そして、マスターに言われるままに家へ帰りました。やはり風邪をひいていたようで、どうも熱っぽくて、帰るとすぐに寝てしまいました。

 それから二、三日がたちました。その頃には僕も、あの体験は、たぶん風邪のせいでコーヒーが湧くまでの間に夢でも見たんだろうと、半ば信じるようになっていました。でも、なぜか今一つ釈然としないものがありました。それで、またあの店に行ってみることにしたんです。

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