第11話
私は、じっと艦長の目を見ていました。私の心の中では、あの探検の苦しかった思い出が、まるで映画でも見るように、ぐるぐるとまわっていました。そして、束の間、私はあの大氷原にいたのです。あの巨大な富士山を目の前にして、荒涼とした、南極の風に吹かれていたのです。
私はあの時のことを思い出しました。私はあの時、この巨大な山こそ正真正明の富士山で、日本の富士山はただのコピーに、小さなにせものに過ぎないと思ったのでした。私は夢中で目をつぶって、首を振りました。
いけない。戦争に負けた祖国の、最後の誇りまで奪ってしまってはいけない。富士山まで奪われてしまったら、私達日本人は、二度と立ちあがれなくなってしまうだろう。
私は思いました。あの山のことを報告してはいけないのだと。死んだ仲間達も、きっと許してくれるだろうと。
私は、そっと目をあけました。そして、艦長の目をじっとみつめながら言いました。
「探査は失敗でした。我々には、何も得るところはありませんでした。」
艦長は、一瞬何か言いたげに口を開きかけましたが、目をそらすと、ふっと、ためいきをつきました。そして敬礼すると、黙って出ていきました。
私は、それ以来この話を、ずっと心の奥にしまってきました。私が話したのは、あなたが最初です。信じるかどうかは、あなたにまかせましょう。
ランプの光にぼんやりと映ったマスターのひげもじゃの顔が、ニコッと笑ったようにみえました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます