第2話

 雪が降っていて、すごく寒い晩でした。僕は街を歩いていて、あまりの寒さについふらふらっと、見知らぬ喫茶店に入ってしまいました。ドアをあける時、

「はて、このあたりにこんな喫茶店なんかあったかなあ。」

と、首をかしげたのを覚えています。でも、とにかく寒さを逃れたい一心で、パッと中に入りこみました。

 店の中はちょっとうす暗くて、妙に古びたインテリアを使っていました。客は一人もいなくて、カウンターのむこうには、ひげもじゃの顔をしたマスターが、パイプをくゆらせていました。そう、年の頃は六十才ぐらいでしょうか、やっばりなんとなく古めかしい服装のようですが、うす暗くてあまりよくはみえませんでした。

 僕は、こういったアンティックな喫茶店があることは知っていましたから、別になんとも思わずに、カウンターの前にこしかけました。

「今晩は。今日は寒いですねえ。外は寒くて寒くて、もう、まるで南極にでも行ったみたいですよ。すいません、コーヒーの熱いのを一杯・・・」

 僕はマスターに話しかけながら、ふとあかりを見上げて、そのまま絶句してしまいました。なんと本物の石油ランプを、それも戦前に使われていたようなやつを使っているんです。僕がボケッとランプをみつめていると、マスターはニヤッと笑って、

「みんな、そんな顔をしますよ。なかには、なんで電気にしないのかって、文句を言う人もいますがね。でも・・・」

 マスターは、ふっと遠くをみるような目をして、

「でも、こいつとは古いつきあいでしてね。忘れられない思い出があるんですよ。」

 サイホンを火にかけながら、マスターは僕に話しかけました。

「今日は、もうお客も来ないようだし、よかったら、このランプにまつわる思い出でも話しましょうか。実はね、さっきお客さんに、まるで南極にでも行ったみたいだって言われて、ドキッとしたんですよ。まるで四十年近くも昔の思い出が、よみがえってくるみたいな気がしましてね。」

 マスターはパイプをちょっとふかすと、僕の目をじっとのぞきこむようにして言いました。

「実は、私は四十年ほど前に、南極に行っていたことがあるんですよ。」

 僕は一瞬びっくりしましたが、すぐ、このじいさんちょっとおかしいんじゃないかと思いました。だって四十年前といったら、あの長かった戦争がやっと終わりに近くなってきた頃です。そんな時期に日本が、いや世界中のどの国でも、南極に探検隊を出したなんて話は聞いたこともありません。僕が疑わしそうにまゆをひそめたのが、わかったのでしょう。マスターはニコニコしながら手を振りました。

「いやいや、わかってますよ。私がちょっとおかしいんじゃないかっていうんでしょう。でも、本当なんですよ。あの頃、私は軍の研究所にいたんですが・・・」

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