想いをコトバに

くるとん

遠回り

「ダイキ―!おーいっ、遅刻するよー!」


うぅん…まだ寝ていたい…。ユミか…。ん?遅刻…。


「うわっ、やっべぇー!母ちゃん、なんで起こしてくれなかっ…あ、今日は出張だった。」


やばいやばい、さすがにやばい。ベットから飛びだして、時計を確認する。時刻は7時50分。走れば間に合うか。とりあえず着替えながら、玄関に向かって叫ぶ。


「ユミ、ごめんっ!今起きた、先に行ってて!」


幼なじみでよく知った仲とはいえ、さすがにユミを遅刻の巻き添えにするわけにはいかない。


「もー。じゃあ先に行ってるからね。」


呆れたような声が返ってきた。なんだかこの光景はデジャブな気がする。年に数回はあると思う。そんなに夜更かしをするタイプではないが、布団の恋しい季節になると、二度寝の誘惑に勝てない。




かばんの準備もしていなかったので、時間割を確認しつつ、教科書を詰め込む。冷蔵庫にあったたまごサンドイッチの残りを口に放り込み、昨日買っておいたコンビニ弁当を袋につめる。


「うぁあっと、箸だ、箸。」


急いでキッチンの引き出しをあさり、箸を手に取る。こんなことならコンビニで割りばしをもらっておくべきだった。


時刻は7時56分、鍵を閉めようとしたところで、肝心なことを思い出す。


「あーっ、もうっ!」


鍵を扉にさしたまま、自分の部屋へと階段を駆け上がる。机の端に置いておいた本とカード3枚を手に取って、そのまま家を出た。


「58分32秒。あと少し!」




1分1秒を巡る戦い。校門の前には山岡先生が立っている。最後の坂を駆けあがる。何度この坂に泣かされてきたことか。


「滑り込みセーフ!」


時刻は7時59分32秒。


「はい、おはよう。高橋、もう少し余裕を持ったほうがいいぞ。」


いや、先生がもう少し余裕をもってくださるとありがたいんですが。分の悪すぎる願いごとはさておき、いそいで教室に向かう。




「ユミ、おはよう。さっきはごめん。」


席に座りながら、ユミに話しかける。


「おはよ。うわっ、寝ぐせすごいよっ!」


ユミが寝ぐせを直してくれる。不意に髪の毛を触られたので、どきっとする。ユミとは同じ病院で産まれてからの縁だ。家も近いため、小さいころはよく遊んでいた。さすがに思春期まっただなかの中学時代は距離があったが、同じ高校に進んでからは改善した気がする。


「よし、なおった!ふふっ。」


ガラスに反射する髪型を見て、ユミが寝ぐせを直してくれるつもりがなかったことを悟る。今にも手から有名な「」を打てそうな状況である。


「えへへ。」


ツッコミを入れようとしていると、悪戯心まるだしの笑顔でユミが寝ぐせを直してくれた。今度はしっかりと。


「ん、なにそれ?トランプ?」


ユミがカードに気付いてしまった。


「い、いや。なんでもない、なんでもない。それより、ほら、ホームルーム始まるよ。」


慌ててかばんに隠すと、ユミが少し笑みを浮かべながら自分の席に戻った。何か変な勘違いをされていそうで怖い。


ユミの席は俺の3つ前。


「はい、おはようございます。では、ホームルームを始めますね。」




午前の授業は滞りなく進む。小テストのことをすっかり忘れていて、来週の授業が怖すぎるけれど。いつもと変りない光景が続いた。


昼休みの時間がやってきた。俺はコンビニ弁当を温めるため、電子レンジがある1階に向かう。少し温めすぎたのか、フタが曲がってしまっている。


「えーっと、確かこの辺りだったよな。」


俺は教室への帰り道、ある部屋の前で立ち止まった。中が見えないように半分に折った紙をもち、躊躇する。もう後戻りできない。


帰りの足取りは重かった。賽は投げられた。




「なんだ、ダイキ。食わねーの?」


箸の進みが遅いことを心配した友人が声をかけてくる。適当にあしらいつつ、心配してくれたことに礼を言う。残すわけにもいかないので、とりあえず食べ進めた。もう少し軽いものにすればよかったと後悔している。


「さてと。」


気合いを入れつつ立ち上がる。歯磨きをして、トイレにこもる。正確に言えば、身だしなみを整える。校内放送では、昼休みのおとも、放送部レイディオが始まっていた。最近の流行歌が流れている。




ユミに声をかけようとする。もう慣れているはずなのに、声が出ない。いつもなら何の気なしに声をかけられるのだが。あまりに不審だったのか、ユミの方から声をかけられた。


「ダイキ、さっきからどうしたの?行ったり来たりして。」




「あ、いや。実はさ、本買ったんだ。占いの。ユミのこと占ってやろうかなー、なんて。」


気分はバンジージャンプの台の上。


「えーっ、ダイキが占うの?なんか不安だなー。」


その不安は最もな気がする。でも、押し切るしかない。こんなところで躓けないし。


「いいからいいから、この中から1枚選んで。」


用意しておいた3枚の白いカードを裏向きで並べる。表には、占いのジャンルが書いてある。




「うん。…恋愛?」


少しユミの顔が赤くなった気がする。


「おっ、恋愛を引きましたね。では、ユミの恋愛運を占いまーす。」


もちろん、紙には全部「恋愛」と書いておいた。ばれてしまうと占いの信ぴょう性に関わるので、強引にテンションをあげて言葉を続ける。


手相占いの本を持ってきてしまったため、ユミの手を持つことになった。とりあえず、それっぽいことをしてみる。




「うーん。恋愛線がいい具合ですね。おっ!ユミの恋愛運は星3つ!


今日、告白されるかもよ。」




なんだか料理番組みたいになった。もう少し言い方があったかもしれない。ただ、ユミは少し真剣な表情になっている。


「えー、ほんとに?相手はどんな人なの?」


ユミが思ったよりも食いついてきたため、すこし戸惑う。まあ、この答えには窮しない。




「えーっと、うんうん。ユミの優しいところがとっても大好きで、付き合ったら絶対幸せになれる人。」




心拍数が上がるのがわかる。悟られてはならない。


「ふーん。」


ユミの表情がなんとも言えない。変な汗が出そうな感じがする。


「ホントだって!ほら、よく当たるって書いてあるし。」


別に本によく当たるって書いてあるからといって、俺の占いもどきが当たるとはならない。もうちょっとまともなことが言えないのか、と自分が嫌になる。




「でも、私、好きな人いるよ。その人だったらいいなぁ。」




衝撃の一言に、呼吸を忘れる。


「…えっ。ホントに…?」


「うっそー!びっくりした?」


「…。」


本当に心臓が止まるかと思った。




「それで、いつ告白されるの?」


時計を確認して、答える。




「5分後。」




今の時刻は13時00分。


「へっ?な、なんでそんな具体的なの?」


ちょっとあせったけど、適当にはぐらかす。


「いや、なんとなく。」


「なんとなくかいっ。」


テンポの良いツッコミが入った。そんな時、放送の音楽が鳴りやんだ。




「さぁお待たせしました。放送部レイディオ恒例のお便りコーナーです。


今回もたくさんのお便りをいただきました。ありがとうございます。


まずは理科の山岡先生からのお便りだ!お便りありがとうございます。


全校生徒の皆さんへ。ラムネを作る実験を昼休みに行います。興味のある生徒の皆さんは、ぜひ理科室まで。完成したラムネはプレゼントします。


だそうです!これはいかなきゃ損ですね!理科室がパンクしちゃいそうだぜ!」




なんともインパクトの強い放送だった。皆、われ先にと理科室に向かっている。教室にはユミと俺、そして男子生徒が数人残る程度となった。本当に理科室がパンクしかねない。


それにしても、なぜそこの3人は理科室へ走らないのか。予定と違う。八つ当たり的な考えが頭をよぎる。


「へー、先生もお便りコーナー参加するんだ。それよりラムネだって、ダイキも行こうよー!」


実は昨日、職員室での会話を聞いてしまったため、この放送のことは知っていた。それで帰り道に本屋に因る羽目に。


いや、そんなことは今どうでもよくって。ユミに行かれると困る。ここにいてもらわないと。


「待って。」


想定外の一言だったのだろう、ユミの表情が曇る。


「えっ?ダイキ、ラムネ苦手だっけ。」


そんなことはない、むしろ好き。でも、今はラムネより大切なことがある。


「俺がもらってきてやるから、ユミはここで待ってて。」


本当は俺もここにいるべきなんだろうけど、ちょっと耐えられそうにない。とりあえず廊下に出よう。


「うん…。ありがと。」


ぽかん、とするユミを教室に残して、俺は廊下に出る。教室じゃないと放送が聞こえないから。




深呼吸をするが、全く心拍数は下がらない。むしろ上がり続けている。廊下の壁を背にして、教室から聞こえる放送に耳をすます。そしてゆっくりと教室に入りなおす。





「それでは次のお便りです。おっと、これは。


高橋ダイキさんから、河合ユミさんへのお便りだ!」





時刻は13時05分。

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想いをコトバに くるとん @crouton0903

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