第3話 大好きなあなたを独り占めに……

 <side 蕾>


 私たちが初めて会った時のことを、楓は覚えていない。

 楓は幼稚園の年長組で、クラスが同じになって、そこから仲良くなったと思ってる。

 本当の出会いは年中組の時で、私が幼稚園の庭で遊んでいた時に、年長組の男子の群に絡まれているのを、楓が助けてくれた時だ。

 私の心は奪われた。年上の力で勝る男子達を、颯爽と現れてやっつけてくれる女の子に。

 今にして思えば大したことないエピソード。でも友達がいなくて、孤独だった幼い私には、大きくて、カッコよくて、絵本に出てくる王子様に巡り会えたような気分だった。

 それから私は楓を視線で追い続けた。話しかける勇気を持てないから、遠くから憧憬の念を向けることしか出来なかった。

 二人の関係に転機が訪れたのは年長に進級してから。クラスが同じになったこと、そしてクラスで孤立しつつあった私に、楓から声をかけてくれたことがきっかけ。

 憧れの王子様から差し出された手を離すまいと、私は楓に追いすがった。


 私と楓が親友と呼んでも差し支えない関係になれたのは、偶然としか思えなかった。

 楓の周囲にはたくさん人がいた。容姿端麗で、私にしたように困っている人は放っておけないヒーロー体質。人気にならない理由がない。

 私が楓の一番でいられる理由がわからなかった。いつ楓の一番が奪われるのかと、いつも恐怖に震えていた。

 偶然手にしただけの親友という立場が、砂の城なのはわかっていたから、不安で仕方なかった。

 私のように根暗な女の子は、王子様の庇護下でないと、生きていけない。

 楓と出会う前の私は、いじめられたり、除け者にされていたから、どんどん楓がくれる安心に依存していった。

 私を守ってくれる楓の近くでないと、除け者にされないように、積極的に人と関わる明るい自分でいる勇気を持てない。

 どこまでも楓が大切に、生活の一部から、人生そのものになっていく。

 だから、楓を失わないように、束縛し始めた。


 恋人繋ぎで毎日登校して、休み時間も二人でべったり、お互い好き好き言い合いって、それこそ恋人同士としか思えないほどに。間に割って入れる訳がないと、周囲が萎縮するほどに。 

 二人でいる時間を減らしたくないから、帰宅部にしようと言ったら、楓はなぜか頷いてくれて、ずっと帰宅部。

 楓が生来のヒーロー体質を発揮する場を奪って、独り占め出来るよう手を尽くす。

 万策尽くしているつもりだった私が壊れたのは、高校に入った楓が、隠れて女の子に告白されていたのを偶然見かけた時だった。

 相手は陸上部でエースの人。校内では有名人だから、接点のない私でも知っているような人だ。

 なんの魅力もない、地味な学生生活を送り、側には面倒くさそうな私が張り付いていてもなお、楓がモテるということに衝撃を受けた。

 幸いこの時、楓は断ってくれたけど、付き合ってもいいと思う相手が、いつ現れるかわからない。


 それからひと月も経たず、校内一の人気者であることは疑いようのない、雪代先輩から相談を持ちかけられた。

 雪代先輩の人気を羨んで、彼女に暴力で八つ当たりしようとしている人たちを、楓が事前に阻止していたらしく、それ以来楓のことを密かに想っていたと。

 そして、楓と仲のいい私に、間を取り持って欲しいと。

 この女は何をいっているのかと思った。先の一件と合わせて、世界中が私から楓の一番を奪おうとしているのかと、錯覚してしまいそうになった。

 心情としては、相手が誰であったとしても、楓と恋人になるための橋渡しなんて絶対にやりたくない。

 それでも私は迷った。楓がどうして私を一番に考えてくれるのかがわからなかったから。

 相手のことが一番だというのが、私だけの思い込みだったとしたら……意図的にそれ以外の選択肢を奪っている私を疎ましく思う日が来るかもしれない。

 確かめたかった。楓の一番が私である理由と、本当に一番なのかどうかを。

 雪代先輩にノーを突きつけることは簡単だったけれど、表面的には間を取り持つことにした。楓と雪代先輩の関係をコントロールした方が、安全だという打算もあった。

 かなり危ない橋を渡ることになる。でもそれは二人きりでずっと一緒の未来があると、私が安心するために必要なことだから。

 

 私は雪代先輩と楓に一つずつ嘘をついた。

 雪代先輩には、二人の間を取り持つという嘘を。

 楓には、私が雪代先輩のことが好きになったから、彼女のことを調べて欲しいと。

 この時点で楓が私を手放すか、雪代先輩になびいていたら、私は壊れていただろう。

 だがそうはならなかった。楓が雪代先輩に傾倒することはなく、むしろ私の口から雪代先輩という単語が溢れるだけで、表情を曇らせるようになった。

 放課後一緒にいられない日があると、休日二人で遊びに行けないと断ると、次会うとありえない速度で私を抱き寄せるようになった。

 理由はわからないけど、楓が私に依存していることが明らかになった。嬉しい。

 雪代先輩が、楓との会話が噛み合わないことがあると、文句をつけてきたなんて些事があった以外、計画通りだった。


 自分のサポートで、雪代先輩と仲良くなる私を側で見守り続けて、楓は日に日に病んでいった。

 滅多に見せない、弱々しい楓を見れて嬉しくなかったと言えば嘘になる。

 でもこれ以上は楓が耐えらないのは明らかだったから、二人で結ばれることにした。

 雪代先輩に告白すると告げると、楓は今まで見たこともないほどに狼狽えて、どこかにいってしまった。

 運動が苦手な私が、陸上部に勧誘を受ける楓に追いつくことは不可能だった。

 この展開は予想外だった。目の前で感情を吐露してくれると想定していた。それで、その気持ちを受け入れる予定だった。

 私を失うと考えただけで、ここまでなるほど想ってくれていたことに、悦びを隠せない。

 でも……それだけの強い感情を私に向けてくれていたことが、不安に変わる。楓が血に塗れる未来が頭に浮かんだ。

 心神喪失状態で道路に飛び出して死んだら、命を絶とうとしたら……楓に拒絶されたら、私はきっとそうなってしまう。

 そうならなっていないようにと祈りながら、必死に学校の周辺をしらみ潰した。

 一時間以上探し回ってようやく楓を見つけた。

 楓は思ったよりも落ち着いていた様子で、でも勇気を振り絞って私に告白してくれた。

 王子様みたいな自分じゃなくて、弱い自分を見せても許してくれるから好きだと言ってくれた。

 それは私が抱えていた、疑問への回答にもなっていて、とても満足いくものだった。

 私が忘れていた、二人の思い出を書き足してくれたのも、すごく嬉しかった。

 本当の出会いは、私からだった。何よりも大事な楓との思い出を忘れている、自分に腹が立ったけど、悪いことばかりじゃない。

 私だけが覚えている思い出と、楓だけが覚えている思い出。重ね合わせたら、ステキな二人だけのアルバムが出来るから。

 二人でお互いの足りない部分を補い合って進んでいく。そんな未来が広がっていることが確信出来た。後しないといけないのは……



 二人でずっといるために、邪魔なもの二人で一緒に全部捨てちゃおうね。

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