第9話 高橋の躊躇、真一の説得…優香の面影

南駅から電車に乗っても、高橋は相変わらず浮かない顔をしていた。『ひとみに会わせる顔がない』と思っている高橋だった。真一は高橋の気持ちを汲んでいた。


真一は何気なく高橋に声をかける。


真一「柏崎から南町ここまで来たのは初めてか?」

高橋「初めてです」

真一「そうか…。ひとみちゃんには会いづらいか?」

高橋「…そうですね…。ボクのことを思って松本や高山、そして南町に行くのを引き留めていたにもかかわらず、振り払ってこちらに来ました。そしたら、ひとみの言う事を聞かなかったバチがあたって、怖い思いをして、記憶喪失になったのだと思います…」

真一「そうか…」



真一と高橋に沈黙が走った。その間、2人は車窓を眺めていた。日本海の雄大な景色が映っている。真一は高校卒業後、優香が新潟の大学へ進学した直後、当時優香が付き合っていた森岡と破局した時のことを思い返していた。



(回想)

真一「なんで優香ちゃんはオレにここまで優しいんや? 普通なら、みかぎってるやろ?」

優香「気のおけない幼なじみやからよ。しんちゃんは私がいないとダメなんやから…。タクくん(森岡)と付き合ってても、しんちゃんに何かあったら、タクくん放っておいてまでしんちゃん優先にしてたんやからね。タクくん説得させてたから」

真一「ゴメン、不器用で…」

優香「しゃあない(仕方ない)やん、幼稚園の時から不器用なんやから。私がせんと誰がするの? 私を誰やと思ってんの? 私は幼なじみの…」

真一「器用な優香ちゃんやで」

優香「そうやで(笑)」





(回想)

真一「優香ちゃん、あのな、オレ…」

優香「うん」

真一「…オレ…」

優香「うん、落ち着いてからでいいよ…」

真一「うん…。オレ…幼稚園に入園してイスを取りに行って優香ちゃんの分もとって優香ちゃんに渡したことって、覚えてるやんか?」

優香「覚えてるで」

真一「うん…」

優香「それで、イス取りに行ったのがどうしたん?」

真一「その時に優香ちゃんが満面の笑みを浮かべた話や。初めてその顔見たとき、『優香ちゃんって、笑ったらこんな顔をするんや』って思った。高校で再会して幼稚園の時と同じようにオレは過ごしてたんや。優香ちゃんとおって、優香ちゃんがそばにおるって言うのが当たり前なんやって思ってた。高校卒業して、優香ちゃんが新潟へ行ってからオレ、その当たり前やったのがなくなって、ポカーンと穴が開いた感じやったんや。当たり前やった日常やないって…」

優香「うん」

真一「それでオレ、優香ちゃんがおらんとアカンのやって思って…。オレ、幼稚園のあの時から優香ちゃんがずっと好きやった…」

優香「え❗ウソ?」

真一「うん…」

優香「そうやったんや…」

真一「高校で再会した時、忘れとったけど、わかったときは嬉しかったんや」

優香「うん…」

真一「それでな、本来やったら『付き合って欲しい』とか言う話になると思う。でもな、優香ちゃんはいま新潟(にいるん)や。ナンボ盆と正月に北町に帰るとはいえ、3年半の間に新潟での生活環境は今よりもガラッと変わるはずや。大学で絶対好い人はいるし、声もかけられる。なんせ優香ちゃんは美人やしなぁ。この間まで大阪と遠距離してて『飽きた、遠い』って言うてたんやから、その意見を尊重したいし、また南町と遠距離になったら、オレは優香ちゃんの重荷になってしまう。そやから、その事を言わせてもらいたかったんや…」


優香は泣いていた。


優香「しんちゃん……。そんなことまで考えてたん? 何でいっつも私とかみんなの事考えて、しんちゃんはしんちゃん自身のことを考えへん(考えない)の? 私もしんちゃんが幼稚園のイスの時からずっとずっと好きやった。私の初恋の人やった」

真一「そうやったんか…。ゴメンな、優香ちゃんの辛い気持ちもわかってる。オレも一緒や。辛い。ホンマに辛い。ゴメンな。オレ、不器用やし…。オレの事、キライになってくれ。でも幼なじみなのは変わらん。北町南町に戻ったら、優香ちゃんさえ良かったら声かけてやってくれ」

優香「しんちゃん…」


優香は号泣だった。真一は慰めてやることしかできなかった。真一も泣きたかった。かなり辛かった。でも、優香のこれからの事を考えると、真一は自分の身を引くしかなかった…と考えていたのだった。


真一「ホンマに不器用でゴメン。不器用はどないもならんのや…」







事情は異なるが、高橋は昔の自分と少し似ている部分がある…と。そして、高校時代を思い返して、高橋とひとみが『幼なじみ』であり、尚更高橋の気持ちがわかる真一だった。そこで真一は、自分が優香と過ごした日々を基に、高橋に語りかけた。



真一「高橋くん」

高橋「はい」

真一「ひとみちゃんのことなんやけどなぁ…」

高橋「はい…」

真一「高橋くんの事情は少し置いといて、端的に、ひとみちゃんのこと、どう思ってるんや? 誰にも言わん。オレだけがちょっと知りたいんや…」


高橋は少し間をおいて、真一に話した。


高橋「…ひとみとは幼稚園からの幼なじみです。いつも顔をあわす女の子です。登下校は基本一緒ですね。家も近所ですし…」

真一「そうか…。それだけか?」

高橋「えっ…」

真一「高橋くんの心の奥の奥にある気持ちはそれだけか?」

高橋「堀川さん…」

真一「高橋くんにとって、ひとみちゃんはただの『幼なじみ』か?」

高橋「…それは…」

真一「あんたの躊躇しとる事情はわかっとる。けど、あんたが頼れるのは、ひとみちゃんだけやないかな…。どうや?」

高橋「堀川さん…」

真一「ひとみちゃんも、あんたのことを気にかけてるのは、『幼なじみ』という間柄であることだけやない。大事な意味があるんやと思う。その気持ちに応えられるのは、高橋くん、あんただけなんや。絶対後ろ向きな意見になったらアカン❗ 絶対やで❗」



真一は、自然と高橋に呼気を強めて説得していた。高橋が少し困惑していた。



高橋「堀川さん…、なぜそこまでボクのことを…?」

真一「なんでか?…ってか?」

高橋「はい」

真一「昔、あんたと似たような話を聞いたことがあってなぁ…、その人は『幼なじみ』と付き合いたかったけど、付き合わんかったんや」

高橋「えっ?」

真一「それこそ、今のあんたみたいに後ろ向きになってたんや。それで積極的になれず…」

高橋「…………」

真一「あんたも、辛い目に遭いたいんか?」

高橋「堀川さん、ちなみにその人はその後どうなったんですか?」

真一「幼なじみと付き合うことなく、相手は大学で彼氏を見つけたそうや。その後『できちゃった結婚』したそうや。当の本人は、『旅』が彼女らしい…」

高橋「…………」

真一「あんたも旅を『彼女』にするんか?」

高橋「…堀川さん、ありがとうございました。ひとみと会って話します」



真一は大きく頷いた。





そう話しているうちに、電車は柏崎に到着した。

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