第8話 高橋、柏崎に帰る

高橋「ひとみ…」


高橋はずっと、真一のスマートフォンに写っているひとみの顔写真に向かって、名前を呼んでいた。それを真一と草野がずっと見守っている。


一瞬の静寂となった取調室。咳を切って高橋が話し始めた。



高橋「あの…」

草野「何か思い出したか?」

高橋「これ、ひとみです。ボクの幼なじみです」

草野「そうか…」


真一は黙って頷いた。


草野「堀川さん…」

真一「高橋くん、記憶が戻ったか?」

高橋「…あ、はい❗」


高橋は記憶が甦った。


草野「良かったなぁ」

高橋「お手数をおかけしました」

真一「ところで、ひとみちゃんって、幼なじみか?」

高橋「…はい。幼稚園からずっと同じ学校に通っています。今、大学も一緒です」

真一「そうか。あんたが持ってる『白線流し』の本は、なんで持ってるんや?」

高橋「ひとみが高校時代に、この本を高校の図書館で見ていたのです。以前、ひとみと話していて、『白線流し』の話が出たのです。そしたらひとみが『ロケ地回ってみたい』って言ってたのですが、世の中が新型コロナで自粛モードになって、ひとみもコロナではないのですが、少し『うつ』状態になっていたので、コロナ禍になる前から大学を休んでいたのです。それでボク、コロナで自粛モードになって『緊急事態宣言』が解除されたので、躊躇していたのですが、ひとみの為に…と思って、松本の神社で御守を買いました。その後、高山の高校に行って『白線流し』の話を聞きに行ったのです。ちょうどその頃、オレがSNSで知り合った人とやり取りしていて、それがこの南町の人だったのです。そして待ち合わせ場所の河川敷に行ったら…」

草野「そうやったんか…」

真一「…………」

高橋「で、そこから記憶がありません…」

真一「そうか…」

高橋「…………」

草野「堀川さん、どうされますか?」

真一「明日、柏崎へ送ります」

草野「わかりました。今晩までは私がお預かりします」

真一「よろしくお願い致します。高橋くん?」

高橋「はい」

真一「ひとみちゃんに会いたくないか?」

高橋「…でもボク、ひとみに迷惑ばかりかけて、どんな顔したらいいか…」

真一「そやから(だから)御守を2個買って、1個は自分、もう1個はあの子の為に…」

高橋「…………」


高橋が黙って頷く。


真一「ひとみちゃんのことが気になってるんやな…?」


高橋は黙って首を縦に振った。


高橋「でも、本当にどうしていいかわからなくて…。ボク、ひとみに何もしてやれなくて、ひとみ、ボクのことが嫌いになったんじゃないか…って」

真一「なんでや?」

高橋「『緊急事態宣言』は解除されたものの、コロナ禍で、ひとみから『こんな時に知らない人に会ったらダメだよ』って言われてたのに、SNSで知り合った人と会う為に、『白線流し』のことを出汁にしたから…」

草野「反省してるのか?」

高橋「はい…」



真一は考えている。何か言おうとしたが、高橋が情緒不安定で、またパニックになるのでは…と危惧したので、この日はあえて何も話さなかった真一だった。しかし、高橋の記憶はよみがえったのだった。




翌朝、真一は南町警察署に再び出向く。草野刑事が高橋を連れてきている。


草野「おはようございます。高橋のこと、よろしくお願い致します」

真一「わかりました。高橋くん」

高橋「はい」

真一「昨日は眠れたか?」

高橋「はい、なんとか…」

真一「そうか…」

草野「南駅まで送ります」



真一と高橋は、草野の車で南駅まで送ってもらった。


草野「高橋くん、元気でな。気をつけてな…」

高橋「お世話になりました。ご迷惑をおかけしました」

草野「堀川さん、よろしくお願い致します」

真一「では、行ってきます」



こうして高橋は真一に連れられ、南町を後にした。

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