荘園の狸2

 尾花が賢寿丸を桑次郎の待つ部屋の前まで案内するとそそくさと立ち去った。

 賢寿丸が障子を開け一人で部屋の中に入ると桑次郎が神妙な声で言った。

 「来たか賢寿丸…そこに座れ…」

 部屋には桑次郎の他に六郎と春の前が賢寿丸を待っていた。

 賢寿丸は用意された円座に座った。

 

 桑次郎が真剣な眼差しで賢寿丸を見据える。

 「私が狐狩りを続けていることはお前も知っているだろう。」

 賢寿丸は「はい」と返事をした。


 今、目の前にいる桑次郎は普段から見る父親としての姿ではなかった。一族の主として跡取り息子に語り掛けようとしている。賢寿丸はそんな感じを読み取った。


 「深雪狐を捕まえるため日夜警護の者が探し回っているとお聞きします…」


 無理矢理な丁寧な言葉使い。いつも父親の前でしている慣れた事だというのに今はぎこちなく台詞が崩れそうな気分だ。


 「その通りです。」

 春の前が扇子を握りしめながら口を開く。

 「しかし、それはただの名目。本当は狐は狐でも人の世に潜む狐。平家の残党を探しているのです。」


 賢寿丸は驚き、春の前を見た。春の前は気にすることなく話を続ける。


 「以前から平家の噂は耳にします。私がここにやって来たのも宮中で耳にする話を伝えるためです。」

 「そうだったのですか…」


 確かに元々荘園での逗留は桑次郎と春の前が話をするためだった。しかし、どんな話をするつもりでいるのかまでは賢寿丸は知らなかった。単純に親戚同士で話し合うものだと思っていた。考えてみれば春の前の妹である賢寿丸の母が同行しないのはおかしな事だった。


 桑次郎が六郎を見て言う。

 「そして久作殺しの一件で捕らえた駒十郎。六郎よ説明せよ。」

 「はい。」

 六郎は太鼓を打つ音のように返事をした。

 「駒十郎は久作に弱みを握られてたようですが…」


 確かにそうだった。

 ―道西が駒十郎について調べている時。

 久作が駒十郎に「お前が陰でしていること言いつけてやる」と叫んでいるのを往来の人が目撃した。そんな話があった。

 そして道西にも「気にならないか」と尋ねられた。


 「駒十郎を問い詰めたところ…」

 六郎の低い声が事の重大さを語る。

 「駒十郎は旅人を泊めて宿賃を取って暮らしていましたが、その旅人の中に平家の者がいたとのことです。」

 賢寿丸は驚き顔を上げた。


 「駒十郎は相手が平家だと知っていましたが、その者を泊めてました。さらに平家の間者がその宿を中心にして荘園を探り、密談を繰り返していました。駒十郎は金をもらい黙認していたとのことです。」

 「ううむ…」

 報告を聞いていた桑次郎が納得するように言った。


 「以前より財産を無くし、宿に泊まる者は少ないというのに奴は高価な物で着飾っていた。おかしいと思ってみれば平家を手引きしていたとは…」

 静かに話しているが声に怒りが感じられた。


 「ただ駒十郎は間者を泊めていたものの平家が何を話していたのか、その者たちの仲間については知らないようです。」

 「そうか…引き続き駒十郎の取り調べを頼む。」

 桑次郎が厳かに命じる。

  

 「あの…」

 賢寿丸が控えめな声で発する。

 「父上たちは平家の動きを相談されていたのですか…?」

 予想も出来なかったのだ。

 飯ばかり貪欲な父。口やかましい春の前。義姉に慌てふためく父。妻に叱責される六郎。普段の三人を見て呆れた目で見ていたからだ。

 しかし、今の三人は真剣に鋭い目つきとなっていた。

 

 「ああ…そうだ。」

 桑次郎の重苦しい声が賢寿丸に押しかかる。

 「今までお前には黙っていたことだが。お前はもう十二だ。元服も近いうちにすることになるだろう。」

 「……」

 賢寿丸は思わず視線をそらした。

桑次郎話しぶりが段々と強めになっていく。賢寿丸への忠告の意も含んでいるように感じられた。


 桑次郎の話はまだ続く。

 「そうでなくともお前は岩辺の跡取り。ゆくゆくは私の跡を継いで御家人となる。ここの地頭を務めることになる。大事な話だから聞かせておこうと思ってな。この話は内密に誰にも話すでないぞ。道西様と七重にもだ。」

 「……」

 賢寿丸は頭を下げ、そっと拳を握りしめた。

 

 

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