荘園の狸3

 お堂を目の前にして立ち止まった。


 このまま歩むべきかどうか悩んでいる。足を一歩前へ後ろへどちらに進むべきかをだ。

 何かあれば道西に尋ねる。そんな事が荘園に来てから身についてしまったようだ。

 足が地中に埋まった杭のように動かせないでいると後ろから声がかかった。


 「おや、賢寿丸様ではないか。そんなところでどうしたかのう?」

 最近聞きなれた飄々とした声―道西だ。


 

 「浮かない顔をしているようじゃが何かあったかの?」

 「……」

 賢寿丸は道西にお堂まで案内されて、二人は対面するように座った。


 今、道西に尋ねられているというのに返事がすぐに出せなかった。目代の館にて桑次郎たちに言われたことは他言無用と念を押されている。

 しかし、道西は賢寿丸をじっと見据えている。道西から「無理に言わずとも良い」と返事を期待したが望み通りになりそうにない。


 「道西様…。」

 何か話さなくてはいけない。賢寿丸は他の話題を出して誤魔化すことに決めた。

 「今朝、倒れていた男の草鞋ですが…。」

 

 賢寿丸は今朝道端で亡くなっているのを発見され、道西に館に忍び込むため様子を窺おうと木に登ったら落ちたのだと推理された男の話を持ち出した。


 「ああ…あの男か…。それがどうしたかのう?」

 道西はわざとらしく首を傾げたように見えた。

 「その男の草鞋ですが…」

 「草鞋?」

 道西は見当がつかないでいる。


 「草鞋の結び目。汚れた草鞋だけど紐の部分はやけに綺麗な所と汚れた部分がありました。それが気になって考えてみたんですが…。」

 賢寿丸は大きく息を吸い上げ言った。


 「あの男は、紐の結び目を最初は違う位置で結んでいた。そのまま歩いて草鞋が汚れた。でも結び目で紐同士が重なる部分は汚れず綺麗なままだった。」

 「……」

 道西は何も言わず黙って聞いている。


 「しかし、草鞋の紐を結び直された。結び目の位置が変わったから、元々結び目で隠れていた箇所が現れて汚れた所と綺麗な所のまだら模様が出来たんです。」

 道西は感嘆するように言った。

 「なるほど…あの男は草鞋を一回脱いで結び直していたということか。賢寿丸様は中々いい目をお持ちで…。」

 道西が褒めたたえるのを見つめ、賢寿丸は大きく首を振った。


 「いいえ。草鞋は誰かが男の足から脱がして結び直したんだと思います。」

 

 「草鞋を脱がしたじゃと…」

 道西が目を見開く。

 「はい。」

 「何のために…」

 「草鞋を木の幹に押し付けて足跡をつけるためですよ。男が木に登り足を滑らせたと思わせるために。」

 賢寿丸はそう説明した。道西は食い下がった。

 「何故そう言えるのじゃ…」

 「それはですね…。あまりにも綺麗な足跡だったから…。」

 途中で道西の顔をちらりと見た。

 (道西様…)


 今日の道西はいつもと様子が違う気がする。

 賢寿丸の知る道西ならば今の話を面白そうに聞き入り、さらに自身の考えを嬉しそうに語り始めるというのに。


 賢寿丸が怪訝な顔をすると道西が突然口を開いた。

 「どうしたかのう?賢寿丸様。続きをどうぞ。綺麗な足跡だったら、どうというのかのう?」

 「あっ…はい…。」

 道西の暢気な声に賢寿丸は我に返った。そして言われるまま話を続けた。


 「もしも足を滑らせたのなら、その時に足跡がこすれて形が崩れるのではないでしょうか。だから足の形が綺麗に残るのはおかしい。そう思うです。」

 「なるほどのう…」

 道西の表情と声。いつも通りの穏やかさを取り戻しつつあった。


 「もしかしたら…誰かが男の頭を殴って殺した。そして男が別の理由で死んだように見せるために。草鞋を脱がして近くの木に足跡をつけた。そうじゃないかと思うんです。」

 賢寿丸は全てを語り終えた。


 道西の様子を観察する。道西は穏やかな表情のまま黙っている。

 そして突然笑い出した。

 「ははははは…。賢寿丸様は面白いことを言われます。」

 道西が尋ねてくる。

 「…ちなみに誰が男を殺したと思われますか?」

 「それは…まだ…」

 賢寿丸はしどろもどろに答えた。


 死んだ男が何者か自体分からないのだから見当がつかなかった。

 「そうか…」

 道西の言葉に賢寿丸はうなだれた。

 

 「しかし、よくここまで見抜いたものだ。まるでお父上のように鋭いのう。」

 賢寿丸が顔を上げた。道西は微笑んでいる。

 「でも…殺したのが誰かまでは…」

 「そうじゃな…でも面白い話を聞けて儂は満足じゃった。」

 道西がスッと立ち上がる。お堂の窓へと近づく


 「足跡の奇妙さによく気が付けたの。儂は全然思いもよらなかった。」

 賢寿丸の顔に自然と笑みが浮かび始めた。

 「駒十郎の殺しを調べる時、道西様が足跡を調べられていたのを思い出して。それでおかしいなと思ったんです。」

 「…ああ…あの時の…。」

 

 「そういえば…井戸の事を儂が言えば、儂が何を言いたいのかをすぐにお気づきになられたの…。」

 最近の事なのに道西は深く懐かしむような口ぶりだ。

 「そこまで頭が回るのなら岩辺は安泰じゃろう。」

 「えっ?」

 賢寿丸が驚いて道西を見あげる。


 道西は窓より見える青空を背にして立っている。雲の間からもれる光がお堂の中に差し込む。


 「賢寿丸様は跡取りとして自信を無くされておいでのよう。少しの物でいろんな物を見抜くことができたのじゃから。立派な御家人となるだろう。」

 「道西様…」

 道西が賢寿丸に語り掛ける。


 「ちなみに桑次郎様の跡を継ぎたいというのは賢寿丸様の意思かの?それとも嫡男として生まれたからかの?」

 賢寿丸は考え込んだ。少しして答えを出した。

 「俺がそう思ったからです。父上の事を大飯喰らいとか言ったけど父上すごい所がるし。父上みたいになりたいです。」

 「そうか…」

 道西は目を細め微笑んだ。

 


 

 

 

 

 

 


 

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