見送り
駒十郎が召し捕らえられた後、清丸は賢寿丸と七重、それに道西に見送られて川辺から舟に乗り、荘園から旅立っていった。清丸は悩み事の真相が分かりすっきりしたのか明るい顔になっていた。
本人によると当初はまだ荘園を巡って商いをする予定だったらしいが残りの商品は駒十郎に全て買い占められてしまい、手元に無いので仕入れのために旅立つらしい。
また、川辺にて白拍子の梅ヶ枝と八十菊の二人組に出会った。二人は館で話を聞いたのか駒十郎が捕まった事に対して根掘り葉掘り聞きだしてきた。道西があらましを話すと彼女たちは「そうですか」と答え舟に乗って行った。
その後で道西のお堂に七重と共に招かれた。
外観は雑草が生い茂り、遠目から見ても朽ちているというのが分かる。だからといって暗い感じはせず、むしろ自然の息吹をよく表していた。内部は文机と文箱が置かれただけで物が少なかった。そのせいか広く感じられた。
賢寿丸が部屋の四隅まで見回していると道西が声を掛けてきた。
「ここへ来るのは初めてじゃったな。」
「…はい。」
言われてみればそうだった。
荘園逗留中ずっと道西の側にいる気がしたが、肝心の彼の住処には行った事が無かったのだ。
「七重はどうなんだ…」
賢寿丸が声かけた時。七重がお堂の入り口を見つめていた。
「七重‼」
再び声掛けすると彼女はハッとしたように振り返った。
「何…どうしたの?」
「お前はここに来るのは初めてなのかって聞いているんだ。」
「…前にも二回か三回ぐらいはあったよ…」
七重の顔はどことなくぎこちない。
「どうしたんだ…?」
「見つけちゃった…獣の毛…そこで拾った。」
そう言いながら七重は先程まで見つめていたお堂の入り口を指した。そして彼女の掌に乗った毛を賢寿丸に見せる。
茶色い毛。
「何だこれ…」
賢寿丸が目を凝らすとある獣が頭をよぎった。
狸…。
「お二人さん。どうしたのかの?」
道西の声に賢寿丸が体をビクッとさせる。道西はその様子を気にも留めず今日の話を回想し始めた。
「儂が駒十郎を追い詰めた時。賢寿丸様はよく井戸に気づかれたの。儂はまだ話している途中だったというのに。」
「そりゃ…あそこまで聞いたら…。それに…あの人家に井戸があるのに水をくまない理由を考えたら。もしかしてと思って…」
「そうかそうか。」
道西は嬉しそうに微笑む。その邪気を感じさせない笑みを何度眺めてきたのか賢寿丸は数え切れなかった。
そう思った時。道西の笑みが突然消えて真剣な顔つきとなった。
「ところで駒十郎は久作に何の弱みを握られていたのか見当がつくかの?」
「えっ…いえ全然…。」
唐突に言われても賢寿丸は答えを用意することが出来なかった。
「そうか…」
道西は深く息をついた。残念そうにも何かに安心しているようにも見えた。
「まあ岩辺様と坂井様に取り調べられて時期に分かることじゃろう。」
道西は窓から空の様子を眺める。
白い雲が大空を流れていく。その様子が賢寿丸と七重の目にも映る。
賢寿丸は思い切って道西に質問をぶつけた。
「道西様…一つよろしいですか?」
「何じゃ?」
「道西様は狸なのですか?」
その途端。賢寿丸の脇が七重に小突かれた。
小声で「何で急にそんな事言うの。」と抗議してくる。
しかし、当の道西は気にしている様子は無く「ははは…」と笑いを立てている。
「狸か…面白い事言うの。一体何故?」
道西に見つめられる。相変わらずの笑顔であるが威圧感を感じた。
賢寿丸は拳に力を入れて説明する。
「福丸は一年前から荘園に現れています。あいつが言うには…その父、望月丸は館に出入りしている人物に化けていると。一年前から館に出入りしているのは…」
「儂じゃな。」
道西は笑いを立てたまま動揺する素振りを見せなかった。
「…どうなんですか?…」
賢寿丸はゴクリと唾を飲み込む。
「さあて…どうだかのう…。まあ儂が狸や狐の類と言うのなら…尻尾を鷲掴みするだけの事をしてみるといい。」
道西はそれだけ言って後は何も語らなかった。
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