夜中の人影7

 安い宿賃に釣られた旅人しか訪れない駒十郎の家に珍しく人が集まった。

 賢寿丸と七重。清丸に隣人の菊次、館に仕える侍たち。そして道西。

 


「一体これは何なんだ‼」

 駒十郎は門の前に仁王立ちする。彼の腹ぐらいの高さまである垣根の荒れ具合とみすぼらしい着物が彼の凄まじさを強調する。

 駒十郎は群がる人々を威嚇した。中でも先頭に立つ道西に睨みを向ける。そして道西の後ろに隠れるようにして立つ清丸にも。


 「いつもより怖い…」

 「いつもはああじゃないのか?」

 「そうじゃないんだけど…。何て言うか…いつもより迫った感じ…相手を責めるのに必死になっているような…」

 「そうか…」


 確かに駒十郎の姿は彼自身が威嚇を向けているのが自分でないと分かっていても震え

てしまう。おそらく駒十郎は道西たちが何の目的で来たのか悟っているだろう。


 駒十郎が清丸をギロリと睨み彼に近づいていく。

 「何でお前がまだここにいるんだ。」

 清丸は背筋を震わせ慌てふためく。


道西が二人の間に入った。

 「清丸さんよりも私とお話しましょうか。昨夜殺された久作の事についてお尋ねしたいことありまして。」

 駒十郎の眉が引きつり上がる。

 「久作が殺された場所にあなたの扇子が落ちていたとか。」

 「だから何だって言うんだ。」

 駒十郎が咆哮する。道西の穏便な返事がかえって駒十郎の機嫌を損ねてしまった。あまりの勢いに賢寿丸と七重は体を震わせた。


 駒十郎は怒鳴り声を続け、菊次を指す。 

「あのな。俺はそこの菊次が見ていた通り、館の侍たちが野辺まで行った時に家の中にいたんだ。」

 「清丸さんが面白い事を言いまして。昨夜は一度起きて門まで行ったと。菊次さんが見たのは本当は清丸さんの方でしょう。」

 駒十郎は清丸に恐ろしい眼窩を向ける。清丸は縮こまる。賢寿丸はそれを恐ろしく感じた。駒十郎の眼窩が道西に戻される。


 「で…どうやってそれが俺でなく清丸だって言えるんだ。こいつが外に出たのはいつ頃か分からないだろ。もしかしたら久作が殺される前、ひょっとしたら後の出来事化もしれないだろ。」

 駒十郎は得意げと睨みを同時に行う。



 「菊次さん。」

 「はい…」

 道西に唐突に呼ばれ菊次は緊張しながら答えた。


 「あなたの見た昨夜の人影の腹は垣根に隠れていましたか?それとも垣根越しでも腹は見えていましたか?」

 「ええっと…腰の形まで見えていたような。」

 菊次は首を傾げ垣根を見つめて思い出したようだ。



 「あっ‼」

 賢寿丸は思わず叫んだ。七重が怪訝な目つきで尋ねる。

「どうしたの?」

「見ろ。あいつの背丈だと腹は垣根に隠れるじゃないか。でも人影は垣根越しでも腰が丸見えだったということは…」

 「あっ」

 ようやく気付いたのか七重は駒十郎と清丸を見比べる。


 駒十郎は小柄だが、清丸は大柄。駒十郎の背丈なら腹まで隠れてしまう高さの垣根。しかし清丸なら…。

 

 「清丸さんの背丈なら人影の腰が垣根越しに見えるでしょう。」

 道西が駒十郎に詰め寄る。

 「こいつの見間違いだろ。」

 駒十郎は菊次を指さし反論する。


 「それから野辺の周りの藪に草鞋の跡がありました。あなたはそこに隠れました。見回りの兵士が来て一度やり過ごそうとしたのでしょう。足跡の大きさをあなたの物と比べてみましょうか?」

 「足の大きさ何て…同じ奴探せばたくさんいるだろう…」

 強気を崩さないでいるが駒十郎は足元に目線を注いでいるのが分かる。内心ドキっとしているだろう。


 「その足跡の側にこちらが落ちていました。」

 と言って道西が取り出したのは布の切れ端であった。藪の中で福丸が咥えて渡した物だった。

 「こちらの布地。見たところ上等な物です。もしかしてあなたが藪に隠れた時に木の枝に引っ掛かるなりして破れた着物の切れ端なのでは?」

 道西は駒十郎の汚い着物に目を注ぐ。


 「駒十郎さん。あなたは綺麗な着物をいつも着ていらっしゃるのに。どうして今日はそのような恰好をされておいでですか?」

 「うっ…」

 道西の意地悪そうな目に駒十郎はたじろぐ。何も言い返せずに唇を噛みしめている。 



 賢寿丸は駒十郎の格好を凝視する。

 汚れが目立ち、布地が劣化したのかヨレヨレ。よく見ると糸がほつれている。

 「なあ七重。駒十郎は『高価な着物と扇子は手放せなくて』って言ってたよな。」

 「…うん。そのはずなんだけど。」

 「そういや清丸さんも着物を自慢されてとか言ってたよな…」

 賢寿丸が呟くと道西はさらに駒十郎に詰め寄っていた。

 

 道西が強く言い放つ。

 「何故いつもの着物でないのか。それは久作の血で汚れてしまったからです。」

 駒十郎は無言でその台詞を聞いている。刃を首元に向けられているような表情だ。道西はそれに気にせず清丸に尋ねる。

 「清丸さん。駒十郎は昨夜から、この着物を着られていましたか?」

 清丸はとまどいながらも首を横に振った。

 「…いいえ。前日は綺麗な着物でした。」

 「なるほど。」

 道西は嬉しそうに微笑んだ。


 「駒十郎さんは久作さんを殺した後で着替えましたが、汚い着物しか替えがなく仕方なくそれを着ました。さて血で汚れた衣は一体どこへ行ったのか?それは菊次さんの話であそこだろうと思いました。」

 「えっ私ですか?」

 菊次は仰天して瞬きを繰り返す。


 「駒十郎さんは菊次さんの家の井戸水をもらいにに来た。私も駒十郎が瓢箪ぶら下げて行くのを見ました。しかし井戸なら駒十郎さんの家にもあります。何故わざわざ隣家に水を恵んでもらおうとしたのでしょうか?何か飲まなくなった理由でもあったのでしょうか?」

 その台詞に賢寿丸が「あっ‼」と声を上げる。


 駒十郎の家の中まで駆けて行った。門の前で、駒十郎が掴みかかって止められそうになったが、器用に彼の脇の間をすり抜けて行った。


 雑草が生い茂る井戸。近づくと妙な臭いがした。

 賢寿丸は躊躇いはあったが中を覗き込んだ。

 底で溜まった水は変色し、水面に衣が浮かんでいる。暗くてよく見えないがその衣には…。


 「井戸に着物が…。」

 賢寿丸が叫ぶ。 

 「では、その着物を引き上げて調べてみましょうか。」

 道西はにっこりといつもの笑みを浮かべる。駒十郎は力なくその場に座り込んだ。


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る