夜中の人影6
「ここで久作が倒れていたという。」
道西が指さす先は草の繁みが無残に崩れていた。
草に着いた赤黒い血の跡、骸が横たわっていた事実からおどろおどろしく見えた。
清丸はうわっと身を引き、七重は道西の後ろに隠れるようにして眺める。賢寿丸はそろりと不気味な跡に歩み寄った。
賢寿丸が一歩近づいてみると道西が後ろから語り掛けた。
「さて、久作の悲鳴を駆け付け、見回りの者が駆け付けた時、誰もいなかったという。駒十郎が久作を刺したとしたら、その時、奴は一体どこにいたと思う?」
「えっと…?」
そのまま道を通り、すぐに家へ引き返したのなら、見回りの二人と隣家の菊次が気づくはずだ。
賢寿丸は野辺の周りを見渡した。歩いた道以外は昼間でも暗い藪で取り囲まれている。
「藪の中に隠れていたとか…」
賢寿丸がそっと呟くと道西が感嘆した。
「そうじゃ‼誰かに見つからないようにする時はどこかに隠れるというもの。おそらく一時は藪に身を隠して見回りたちと鉢合わせならぬようにしたのじゃろう‼そして二人が館へ知らせにと立ち去り、気配が無くなったところで駒十郎も引き返した。その頃には菊次さんも寝床に入って見られずに済んだじゃろう‼菊次さんは見回りが引き返すのを見たら、すぐに寝たと言っておったからの‼」
言い終えると道西は藪を見渡す。
「そして、このどこかに奴が潜んでいた跡があるかもしれぬ。」
側で道西と賢寿丸のやり取りを聞いていた七重がキョロキョロし始める。
「でも…隠れるって一体どの辺で…あれ…」
七重は何か見つけたのか藪の一か所に向かって行った。
「どうしたんだ。七重。」
賢寿丸はその後を追いかける。だが七重はそれを無視して一気に駆け始めた。
「おいっ。」
賢寿丸がもう一回声かけると同時に七重は藪に辿り着きしゃがみ込んだ。そして何かに向かって喋りだした。
「誰かいるのか?あっ‼」
福丸が藪の中で丸まり座り込んでいた。
そして、その横には深雪狐が前足を出して福丸にああだこうだ言っている。
「福丸じゃないか。」
「おっ賢寿丸。」
福丸が返事をする。
「何してんだ。お前。深雪狐まで。」
「ここはおいらの遊び場なんだ。」
福丸が答えると深雪狐の方へ振り返った。
「それで、こいつはこの間の館侵入で追い回されちまってな。おかげでろくに外を歩けずだ。しばらくはおいらと和尚で匿ってやることになったんだ。おいらたちに頭が上がらなくなるぞ。」
福丸はへへっと笑いを見せる。深雪狐は「お黙り。」と悔しそうに福丸を睨みつけた。
七重が福丸を見つめ言った。
「ところで、あんたは人が隠れていた跡とか探すの得意?」
「探す?まあ臭いとか分かればなあ。」
「じゃあお願い。」
「お願いって誰をだ?」
首を捻る福丸に賢寿丸と七重が説明をする。福丸は聞き終えると一瞬考え込むようにしてから言った。
「いいぞ。礼に握り飯でももらえればだけどな。」
「見つけたらね。」
七重が明るい口調で答えると福丸は地面をクンクンと嗅ぎ始めた。
「人間ってのは道しか通らねえから藪の中に潜るっていうのは中々しないんだよな。すぐに見つかると思うぞ。」
「あんた。そんな大口叩いて見つからなかったら恥かくよ。」
深雪狐が窘めると福丸は無視するようにそっぽを向いた。
福丸の鼻がヒクヒクとする。そのまま体を這って進んでいく。賢寿丸と七重はそれに続いた。深雪も興味なさげにしながらも後を追いかけた。
「駒十郎っていうのは幾つぐらいだ。」
「四十ぐらいで小柄な男。」と賢寿丸が答える。
「あと酒臭くて横柄。」と七重が答える。
それを聞いて福丸は呆れた顔をする。
「臭いも中身もきつそうな奴だな。そいつ。」
その時、福丸が立ち止まった。
「ここから四十ぐらいのおっさんの臭いがするぞ。しかも酒の臭いも。」
「本当か…?」
賢寿丸が半信半疑に尋ねる。
すると深雪狐が口を挟んだ。
「ふん。出来もしないと思っていたけれど、この子の言う通りみたいね。」
深雪狐が前足で地面をトントンと叩く。
「これって人間の足跡じゃないのか。ほら。」
深雪狐の前足の先に足跡があった。草むらに半分隠れているが間違いなく人の足跡だった。
「すごい。ありがとう。」
七重が礼を言う。福丸は得意げに胸を張った。
「ところで、これ化かしてないよね?」
「する訳ないだろう。」
福丸が毛を逆立たせる。
「ごめん。ちょっとからかっただけ。」
七重は悪戯っ子の微笑みを見せた。
「それより道西様に教えよう。」
賢寿丸は藪から身を乗り出して野辺の方に声を掛けた。
「道西様。駒十郎が隠れていた所が見つかりました。」
賢寿丸が野辺へ這い出ると道西と清丸は藪を一か所ずつ覗き込んでいた。
「もう見つかったのか。早いのう。」
道西は驚き顔を上げる。道西と清丸が賢寿丸の元へ歩み寄った。
「ここです。」
足跡を道西に見せる。
「確かに…。しかし、どうやって探した?」
「この子のおかげ。」
七重が福丸を抱っこして見せた。
「福丸ではないか。」
「えっ狸?」
福丸の事を知らない清丸は怪訝な顔をする。すると福丸が七重の腕を振り払い、藪の中へすっと駆け出した。
「あっ福丸‼」
「ああ。すまない。」
清丸が謝る。おそらく子どもが子狸を見つけて遊んでいたら自分の声に驚いて逃げてしまったと思っているのだろう。
道西が座り込む。
「この足跡…大きさからして小柄な人間じゃの…」
「やっぱり駒十郎が…」
賢寿丸が身を屈め足跡を覗き込む。
「段々奴も言い逃れできなくなりおった。」
道西は含みのある笑みをした。
後ろでバサッと音がする。
全員が振り返ると福丸がひょっこり戻って来ていた。今度は口に何か咥えている。それを地面に落とすとペコっとお辞儀をして、また藪の中へするりと入っていった。
道西が拾う。布の切れ端のような物だった。
道西はじっくりと眺め言った。
「福丸め。大手柄だぞ。」
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