夜中の人影5

 「ほら。見えてきおった。あれが駒十郎の家じゃ。」


 道西の指さす先に垣根で囲まれた家が見えた。

 庭に井戸と厠があるのが分かる。庭に生える草木は手入れされている様子は無く、寂れた印象を与えた。

 さらに歩みを進めるともう一軒の家が見えてきた。

 これも小さな家であるが整えられた感じがして、子どもたちの賑やかな声が聞こえる。駒十郎の家とは対極な様子がする。


 賢寿丸は七重に尋ねた。

 「駒十郎って昔は富豪だったんだよな?」

 「昔はね…。」

 七重の返事はコソコソ内緒話をするようだった。


 「昔は馬を飼いならして商売していたんだけど。あの人の代になると怠け癖と横暴で商売が傾いて、召使たちは逃げ出したの。馬は全て売り払ってしまって今は一頭もいないの。それで今は旅人を泊めて宿賃取って生活してるわけ。その癖、昔の事が忘れられなくて高価な着物と扇子は手放せなくて。」


 「まあ…駒十郎さんがあの性分ですから泊まる人少ないみたいですけどね。聞いてもいないのに『我が家は…』なんて話をされて着物の布地のことも自慢されました。実際、私が泊まり始めた時『久しぶりの客人だ』なんて言われましたし。私も宿賃が安くなかったら泊まる気ありませんでしたし。」

 そう言って清丸は苦笑する。


 「昔の栄は今いずこじゃな…。皆いつ落ちぶれるのか分からぬから恐ろしいものだ。おっ。駒十郎じゃ。」

 道西が前に向かって手で示した。


 道西の見る先で四十ぐらいの男が不機嫌そうに家に入って行く。手には瓢箪をぶら下げている。小柄だが険しい顔つきに圧倒される。胸より下は垣根で隠れて見えない。垣根ごしに見える上半身の着物はヨレヨレで不格好だった。


 「道西様。声かけますか?私嫌です。駒十郎と関わるの。」

 七重は口を尖らせる。

 「儂もな。それに奴に話を聞くのは川辺でお前さんたちを見つける前に済ませてきた。」

 「そうなのですか?」

 七重が驚く。


 「ああ。駒十郎は『俺じゃない』『隣の菊次に聞いてみろ』を繰り返し怒鳴り散らしておった。もう会いに行くのはこりごりじゃ。」

 「良かった。」

 七重は安心したように胸をなで下ろした。


 「代わりに話を聞くのは近所の男じゃ。」

 道西は隣の家を指さした。



 「ええ…。昨日は眠れなくて、しばらく縁側で座っていたのです。」

 隣家の主人は菊次と言った。年は三十半ばと見え、恰幅が良く太い腕が特徴的だ。

庭では彼の子どもたちが遊び駆けまわり、時折四人の訪問者―道西、賢寿丸、七重、清丸―を珍しそうに眺めている。


 「こちらの縁側ですかな?」

 道西はその家の縁側に近づき尋ねる。

 「そうです和尚。丁度この辺りで。」

 菊次は縁側の端を指した。


 「座ってもいいですかな?」

 「どうぞ。」

 「では。」

 道西は菊次の言葉に甘え座り込んだ。

 「おお…確かに駒十郎の家の門がよく見えますな。」

 「そうなんです。正直の所、あいつに困らせられているですけどね…」

 菊次は頭を掻きながら答えた。


 「あいつは口やかましくて、今日は目代の館の人にいろいろと聞かれたとかで苛立っていて…いろいろ聞かれたはこっちも同じだと言うのに…」

 「何と答えましたかな?」

 「もちろん和尚に言った事と同じです。駒十郎からは『代官の人間に何を話した。』って責められて散々…」

 菊次は溜息を吐くと愚痴を語りだした。どうも、この男は饒舌な性質らしい。


 「本当あいつ癇癪持ちなんです。朝なんて、あいつが井戸でうろちょろしているのを見かけたら睨まれて。文句言われそうだから何か話して気をそらそうとしたんです。『昨夜家から出て何してたんだ。』って。そしたら鬼みたいな顔されて殺されるかと思いましたよ。」

 「それは気の毒に…」

 道西は菊次に同情を示した。


 「まあ…その後の『家から出たと思ったらすぐに家の中に入って』で静かになったんですけどね。それから『見回りの人が藪の中へ行ってすぐに戻ってきた』と言ったら考え込むようにしたり。」


 賢寿丸と七重は顔を見合わせる。

 「それって…」

 「間違いない。その話を聞いて駒十郎は菊次さんが清丸さんを駒十郎と間違えているって気づいたんだ。ねえ清丸さん。」

 賢寿丸は清丸に話しかける。


 「清丸さん。確か駒十郎が一度外へ出て戻ってきたら追い出されたって言っていましたよね。」

 「はい…」

 「ひょっとしたら、その時が菊次さんと今の話をしていたんじゃないでしょうか。」

 「ありえます。」

 清丸は神妙に頷く。


 菊次はまだ言いたげだ。

 「あと、駒十郎の奴。さっき水をくませてくれなんて言ってきたんです。こっちがいいって言う前に勝手に井戸から水くんで瓢箪に注いだんです。全く勝手なんだから。」

 賢寿丸は先程駒十郎が瓢箪をぶら下げていたのを思い出した。


 「そうですか。」

 道西はそう言って駒十郎の家を見た。賢寿丸も真似する。

 家が寂れて見える理由はほとんどが住人の性分のせいだろう。

 

 

 

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