夜中の人影3

 「それでは昨夜までは特に変わった事は無かったのですね。」

 「はい…」

 道西の問いに清丸がか細い声で答える。

 四人は川岸と対面するようにして横に並んで座った。左から道西、清丸、七重、賢寿丸だ。


 「では夜中は特に何もありませぬか?」

 「その時は寝入っていて…あっ。」

 清丸が思い出したように言った。


 「何かありましたか?」

 「いえ大したことではないのですが…。昨夜に酒を飲みすぎたのか…。厠に行きたくなって一度起きました。庭にある厠まで行き、その時…酔いが残っていたみたいで厠から出た後で間違えてフラフラと門の方まで行ってしまいました。」

 「ほう。」

 何やら道西が不敵な笑みを浮かべた。賢寿丸はそれを見逃さなかった。


 「垣根に腰をぶつけた勢いで酔いが醒めました。その時、外の様子に気づいて引き返し、また部屋に戻って休みました。」

 「さようですか。」


 賢寿丸は道西に尋ねた。

 「道西様。嬉しそうにしていませんか?」

 「そう見えるかの…確かにそうじゃが。」

 「えっ。」

 驚く賢寿丸をよそに道西は清丸への質問を続けた。


 「それから朝目覚めた時に変わったことはございませぬか?」

 「いいえ…。ただ私は朝餉を食べ、駒十郎さんに夜中に酔って門の所まで間違えて行ってしまい引き返したことだけを話しました。」

 その時、道西の眼光が輝いたように見えた。待ち望んでいた品をやっと目の前に出された客のように。


 「それから駒十郎の様子に変わりはありませぬか?」

 「ええっと…。その時は何も無かったのですが…。駒十郎さんが家の外へ一度出られて戻ってきたら、いきなり『出ていけ』と言われました…あっそうだ。」

 清丸は何か思い出したようだ。

 「私が泊まった家から離れた所に藪があるのですが。家を追い出された時にお役人らしき方々が藪の方へ行ったり来たりとしていました。」


 「役人?」

 賢寿丸が不思議に思い呟く。

 「何かあったんじゃ?」

 「さあ…私は駒十郎さんに言われた事が突き刺さって、それ以外に気にも留めていませんでしたので。」


 「そういえば今朝、父上が家来から何か報告を受けていたみたいだった。」

 七重が口を挟んだ。

 「ああ。それなら…」

 道西が説明を始めた。


 「実は昨夜に男が一人殺されての。この辺りで鍛冶を生業にしている久作という男。」

 それを聞き、七重がもしかしてと尋ねる。

 「もしかして父上が道西様に相談を?」

 「そうじゃ。」

 道西は元気が溢れる返事をする。


 「で…その久作はある男に殺されたと思われておる。」

 「ある男?」

 賢寿丸が聞き返す。

 「駒十郎。」

 道西が澄まして言う。真っ先に反応を示したのは清丸だった。

 「えっ。」

 彼は今にも飛び上がりそうな勢いだった。


 「駒十郎さんがですか?一体何故…?」

 「久作は昔酔った駒十郎に突き飛ばされて怪我を負ったことがあったらしいのじゃ。その時は怪我は軽く済み、鍛冶の仕事も続ける事が出来たんじゃが…。久作は未だに恨んでいるらしくての。」

 「あっ。その話聞いたことがある。」

 七重が声を上げる。


 「何でも駒十郎が富豪なのを鼻にかけて謝りもしなかったって。」

 道西は深く頷く。


 「それが久作の恨みを買ってしまった。しかし、今じゃ駒十郎には財産が無い。久作はそこを突いて出会う事に馬鹿にしているということじゃ。」

 「そうだったんですか…」

 清丸は静かに納得する。しかし七重の方はそうでもなかった。


 「でも駒十郎は素行が悪くて揉めている人なら他にも…」

 「実はの…昨日の昼間は往来でいつもの言い合いをしてるのを何人か見ていてな。おまけに久作が『お前が陰でしていること言いつけてやる』と叫んでいたそうじゃ。」

 「ああ。それで…」

 七重はやっと納得する。


 「このまま駒十郎が殺しで捕縛と思いきや…」

 道西がわざとらしく話を区切る。

 「近所の者が見ておったんじゃ。見回りが久作の悲鳴をききつける直前は家にいるのを…」

 

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