見送り

夜中の人影1

 その日は昼過ぎまで大雨が降っていた。

 今はそれが嘘であるかのように静かな夜空に無数の星が撒かれたように散らばっていた。


 その下を二人の男が周囲を観察するように見渡しては歩みを進めていた。手に持った松明の炎が小さく震える。その炎が二人の顔を明るく照らす。

 一人は顎まで覆われた髭面の男。もう一人は丸顔に細めの男。二人とも代官の館に仕える者だった。


 二人は集落から遠ざかり、ポツンと建つ二軒の家も通り過ぎる。そして藪の中に入っていった。その先まで歩けば広い野辺へと続くことになる。


 道の両側に広がる藪を左右に眺めていると髭面の男が口を開いた。

 「何か見つけたか?」

 「いいや。」

 丸顔の男が首を振る。それを聞くと髭面は「ちっ」と舌打ちするように言った。

 「狐め。どこに行った。」

 大雨のせいで、まだぬかるんだ道を男たちは進んでいった。

 

 二人は深雪狐を探していた。

 深雪狐は数日前に一人の女に成りすまして館に入り込んだ。狐の目的は地頭と目代には分からぬままであった。ただ日頃の悪さと勝手に館に入り込んで面目を潰された事から狐の捜索は依然と続けられていた。


 「悪さっていや…福丸とかいう子狸はいいのか?」

 丸顔が呟く。それに髭面が吐き捨てるように返事をした。

 「いいんだ。所詮餓鬼の悪戯しかできない奴だから。何より深雪狐は春の前様の御付きを化かしちまったんだ。うちの尾花も化かされてひどい目にあったんだとさ。」

 丸顔の男は思い出す。地頭の義姉と代官の奥方が猛烈に怒る様を。

 「なるほどな。そりゃ岩辺様も代官様も狐狩りを取りやめに出来ないはずだ。」

 「笑い事じゃない。」

 せせら笑う丸顔を髭面が窘めた。


 「狐狩りを命じられたからと言ってもな。毛が生えて尻尾のついた狐だけを探せばいいってもんじゃない。」

 「どういう事だ?」

 丸顔が尋ねる。

 「どこかに潜んでいるかもしれないだろう…」


 ―髭面の男が言いかけた時…。空気を引き裂くような声が聞こえた。


 二人は身構えた。誰かの悲鳴だ。

 駆け足で悲鳴の元まで向かって行った。

 藪を抜けるとだだっ広い野辺が現れた。

 数歩離れた先に人影が横たわっている。二人は人影に近づき松明で照らした。

 四十がらみの男が唸るように苦痛の表情を浮かべている。腹からはドロッとした物が流れ出ている。

 血。暗がりでよく見えないが状況からしてそうだと分かる。

 男は唸り声と共に顔を震わせていたが次第に声も動きもか細くなっていく。


 「何があった。」

 髭面は言うが男は答えない。事切れてしまった。

 「おい。館に知らせに行くぞ。」

 「ああ」

 髭面の声と共に二人は藪の中へ引き返し館へと向かって行った。

 

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