望月丸の居場所

 館から離れた野原。

 賢寿丸と七重はそこで福丸をさっと逃がした。


 「あんたもさっさと行きなさい。」

 「ふん。深雪の化けの皮を剥がしたのおいらじゃないか。」

 福丸は深雪狐捕縛の件を持ち出した。

 「確かに今回はあんたのおかげだった。」

 七重は素直に認めた。そして一呼吸すると口を開いた。


 「でもね。それで日頃の悪さが全て帳消しになったわけじゃないから。せいぜい半分くらい。それくらいは忘れてあげる。」

 「何だよ。それ‼」

 福丸が唸りを上げる。そして七重の横に立つ賢寿丸に顔を向ける。

 「じゃあ賢寿丸‼」

 威勢よく声を張り上げる。


 「この間。お前の父ちゃんに纏わりつく嫌味な男。あれ追い払ってやったろ。」

「何それ?」

 大庭の一件を知らない七重は賢寿丸に尋ねる。

 「ほら伯父上が死んだ後で大庭様うちの事で何か変な事を鎌倉へ言いそうな雰囲気だっただろ。」

 「うん。」

 七重はこくりと頷く。


 「その時、道西様とこいつが協力して大庭様を追い出したんだよ。」

 「道西様はともかく。こいつが。」

 七重が疑い深く福丸を見つめる。福丸は破裂するかのように抗議した。


 「疑ってるな。賢寿丸の父ちゃんが捕まえたっていう平家においらが化けたんだ。それで手柄は自分の物だって言い続けるなら、その時討たれた平家の亡霊が恨むべきはお前だと思うようになるだろう。お前の所に現れるぞってな。」

 「……」

 七重はまだ疑いの目で福丸を見つめる。


 「だから俺が…」

 福丸は飛び上がり必死に主張する。七重は福丸を指さし賢寿丸に尋ねる。

 「本当に化けてた?」

 「本当。落ち武者の亡霊に化けてた。」

 「そうなんだ。」

 七重はやっと信じ始めたが福丸はまだ不満そうであった。


 「言っとくけど。おいらは大人になったら父ちゃんみたいに名のある狸になるからな。」

 福丸が七重を睨みつける。


 賢寿丸はその様子を眺め思ったことを尋ねた。

 「そういえば。お前の父親はどこにいるんだ?」

 賢寿丸がそう言うと福丸の耳がピクリと動いた。


 「言われてみれば。私も望月丸の事は話で聞くだけで見たことがないんだよね。」

 七重が福丸の前にしゃがみ込んだ。

 「あんたはよく父上みたいにっていつも言うけどさ。望月丸の側にいなくていいの?」

 「そうだよ。大物になりたいんなら、その望月丸の側で化かしの修行でもしたらいいんじゃないのか?」

 賢寿丸と七重に矢継ぎ早に言われ、福丸が黙り込む。


 「ねえ聞いてるの福丸…」

 七重が言いかけて口を閉じた。

 福丸がシュンとしている。いつも見せる生意気でお調子者な姿からは想像できなかった。寂しいような悲しいような瞳を浮かべている。

 「どうしたんだ…」

 賢寿丸が心配して話しかけるが福丸は答えない。


 「聞いちゃいけないことだったのか…」

 もしかしたら福丸が望月丸の側にいない事情。口に出せない重い内容なのかもしれない。ひょっとすると望月丸というのはすでに…

 悪いと思い頭を下げた。七重も「ごめんね。」と謝罪する。

  二人に憐憫を向けられた途端、福丸はむきになって叫び出した。


  「気使うな。俺だって父ちゃんみたいに人に化けて館に…」

 「館に…」

 「あっ…」

  七重が指摘すると福丸は慌てて口をつぐんだ。


 視線を右往左往させ、次に出る台詞を出せないでいる。どうしていいのか答えを迷っているのだろう。

 七重が静かに声をかけた。

「今度からは館に入る時は一言言ってね。」

そう言って彼女は優しく子狸を撫でた。




 ―帰り道。賢寿丸が呟いた。

 「福丸の父上って館にいるのか…」

  「だから何かとうちに入りたがっていたんだね…」

 七重はしんみりとして言う。


 「館の中にあいつの父親…。」

 賢寿丸は七重に尋ねる。

 「なあ…館にいる奴、それか出入りしている奴でそれらしい奴いるか?」

  七重は首を横に振る。


 「全然。狸みたいな人がいたら、既に大騒ぎになっているはずだし。」

 「でも望月丸って有名な化け狸なんだろう。人に上手いこと化けることだって。」

 「うん…」

 代官の館で見かける人物で福丸の父親らしき者。正体は狸なのだから生まれと素性がはっきりと判明していてはおかしい。


 「館に来るまで何していたのか分からない奴は?」

 「そういう人…狸っぽくはなかったけど旅の商人や芸人がよく館に出入りしたりするし…」

 「旅の…いや違う。福丸はよく館に忍び込もうとしているんだ。きっと館にずっといるかよく出入りしている奴だ。」

 賢寿丸がそう言うと七重は考え込む。そして、はっとして言い出した。


 「確か…福丸が館に入ろうとし始めたのは去年から。望月丸と福丸が荘園にやって来たのも去年から。去年からいる人が怪しいかも…」

 「じゃあ去年から館で見かけるようになったのは誰だ?」

 賢寿丸はかすかな興奮を覚えた。答えに近づいているような気がする。


 「確か…」

 七重が記憶から名前を引き出そうとする。その時…。


 「去年から?何を考えておる?」

 道西がいきなり二人の前に現した。考えに熱中するあまり道西がいつからいたのか気づかなかった。


 「二人とも福丸はちゃんと森に帰って行ったか?」

 「はい。ところで道西様…」

 賢寿丸は福丸が館に入りたがる理由。望月丸が人に化けて館に忍び込んでいる事。望月丸が誰か検討をつけていた事を話した。


 「なるほど。しかし福丸が隠しているのなら詮索はやめなされ。」

 「えっ。」

 賢寿丸は悪戯狸が首根っこを鷲掴みされるような気分を感じた。


 「誰かの隠し事はむやみに明かしてはいかん。」

 「でっでも…」

 そういう道西様はちょっとした事でも「こういう事だろう」と謎解きしてしまうのに。そう言いたかったが何故か口が動かなかった。


 「それよりも早く館に戻りましょう。皆さまに心配をかけてはなりませぬ。」

 「…はい」

 小さく返事すると賢寿丸は七重と共に黙って道西の後に続いた。

 

 「そういえば…道西様が館に出入りするようになったの去年から…」

 帰り道、七重がボソッと呟くのが耳に入った。

 確かに道西はと呼ばれていたはずだ。


 賢寿丸は館に戻り、食事を摂っていつも通りに過ごした。

 だが七重の台詞が就寝するまでずっと頭の中で駆け巡っていた。

 


 

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