深雪狐6

 「道西様どういうことなんですか?」

 賢寿丸が尋ねる。

 「ちと本人に確かめてみたくての。」

 道西はそのまま廊下を進んでいく。その後を賢寿丸、七重がついてく。


 賢寿丸は道西が手ぶらなのを確認した。

 「道西様。あいつは福丸はどうしたんですか?」

 「あやつには頼み事をしておいた。」

 道西はそう答えるだけでそれ以上は語らなかった。

  


 「失礼します。」 

 一室の前で道西が声かけた。


 「はい。」

 中から八十菊が現れた。

 「道西様。いかがなさいましたか?」

 「尋ねたいことがあっての。中に入ってもいいかの?」

 「ええ。どうぞ。」

 八十菊は道西たちを招き入れた。


 梅ヶ枝と共に借りている部屋は荷物を散らかさず片付いていた。二人の白拍子は荘園を訪ねている間は代官の館に逗留しているのだという。

 「梅ヶ枝さんは?」

 七重が尋ねる。

 「今厠へ行かれてます。」

 八十菊が答える。

 「さようですか。それでは梅ヶ枝殿が戻られるまで尋ねたいことがあります。」

 「なんでしょうか?」

 道西は八十菊を見つめる。


 「頼朝公がご存命の頃、富士の巻狩にて曽我兄弟の討ち入りがありましたが、どう思われますかな?」

 「えっ…はあ?」

 八十菊は訳わからぬそうな顔をしている。賢寿丸も同感であった。

 道西は何をいきなり富士の巻狩のことを持ち出したのだろうか。

 「それから平家方であった城氏が謀反を起こしたことについてもどう思われますか?」

 「えっ…。まあ私共白拍子には関係の無いことなので…。」

 八十菊は話が呑み込めていないまま適当に答えるという風だ。


 「そうですか…。」

 道西が含み笑いをする。

 「旅をして廻る白拍子でしたなら詳しいと思いましてな。本物の白拍子ならば面白い話をあちらこちらから仕入れていると思いました。」

 その台詞に八十菊が慌てて取り繕うように言った。

 「あっ…でも少しなら聞いた覚えが…でも興味ありませんでしたので…。」

 「岩辺家の荘園に出入りしたりと武家を相手に商売していらっしゃるのに興味ございませぬか?」

 「えっ…と…。」

 八十菊が狼狽える。

 「まあ、いいでしょう。代わりに別の事をお聞きします。」

 道西が八十菊を見据える。

 

 「森では飲まず食わずで二日さ迷ったと。」

 「ええ」

 「そして。岩辺様一行を見つけ。『水をください』と話しかけた。」

 「そうです。」

 先程。桑次郎に尋ねられた時と同じ内容だ。道西はおさらいするかのように尋ねていく。


 「二日飲まず食わずになった時は声も出せぬものですが、八十菊殿。あなたは『水を…』と声が出たそうですな。」

 「……」

 八十菊の表情が曇る。


 「あなたが深雪狐。」

 道西が強く言い放った。賢寿丸と七重は静かに白拍子を見つめた。


 八十菊はうつむき黙り込んだが反論に転じた。

 「でも…私でないと言えない事を言いましたよ…。宿にとった家で御馳走になった物とか…」

 八十菊の声は狼狽を感じるが彼女の言う通りであった。


 本人が何食べたかなど分かるはずがないし、梅ヶ枝は目の前にいる八十菊の証言を本当だと肯定した。


 道西は表情を崩さない。

 「八十菊殿に成りすます前に真の八十菊さんの行動を見ていたのですな。」

 「何を仰るのですか…」

 道西にビシッと言われ、八十菊は弓で射られたように体をふらつかせる。


 「あなた方三人にいなくなる直前の話を聞いても役には立たないと思いました。三人の主人も連れの方は着物と声、喋りを変に思っていませんでしたから。」 

 着物と声、喋り…。確かにそれらを指摘する者はいなかった。


 「いきなり着物が変わり普段と違う行動をしていれば変に思われるでしょう。だから普段の行動と姿形、その時の装い。そして別れるまで何を話し、何をしていたのかを観察した。」 

 八十菊の顔が悔しそうに歪んでいく。

 「しっかりと観察していたのなら直前の事を話して本物だと信じ込ませることが出来ます。」

 道西が得意満面で言った。


 「でも…道西様…」

 七重が首を傾げ尋ねる。

 「もっと前の事を尋ねられたなら…バレてしまうんじゃない…?」

 「その時どうしようもないんじゃ…」

 賢寿丸もそこが納得できなかった。


 「そうじゃ。どうしようもない。あのまま尻尾を出してバレて捕まってしまうところじゃった。」

 道西は何事もなく普通の会話のように言った。

 「えっ?」

 賢寿丸と七重は口をポカンと開けた。


 「あの時は儂が桑次郎様に進言しなかったら危うかったじゃろう。調子に乗ってしまい、さらに深く聞かれた時の事考えていなかったじゃろう。」

 道西が八十菊に笑いかける。彼女の顔はさらに険しくなった。


 「一体さっきから何なのですか?私は正真正銘、白拍子の八十菊で…」

 八十菊が甲高い声で抗議を始めた時。 

 どこからか黒い物体が飛び出てきた。物体は彼女の右手に嚙みついた。

 「ぎゃっ」

 八十菊は右手を押さえながら悲鳴と共に倒れ込んだ。


 見る見るうちに手足に白い毛が生え、体が小さくなっていく。尻から大根に毛を生やしたような尻尾が出てくる。

 「八十菊さん…」

 賢寿丸が小さく呟く。横では七重は口を押さえ立ち竦んでいる。

 八十菊は完全な白い狐の姿になってしまった。


 賢寿丸の側へと白狐に噛みついた物体が近寄る。

 「へへん。どんなもんだ。」

 黒い物体―福丸は胸を張り得意そうにした。

 

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