深雪狐5
狐狩りに同行した侍たちは庭に集められ煙でいぶせられた。
発案者の桑次郎と六郎もその中に加わった。だが、桑次郎含め侍たちは一人として狐の姿になる者はおらず、煙にむせるばかりであった。
次に目を向けられたのが主人と連れのおかげで煙から逃れた三人の女たち。藤野、八十菊、尾花たちだ。
三人は一室に集められた。そこには桑次郎、六郎。三人の擁護者である春の前、梅ヶ枝、七重の母。そして賢寿丸と道西、七重も部屋に入った。福丸は周りにバレぬように風呂敷包みに入ったまま道西の後ろに丁寧に置かれた。
「あの中には狐はいなかった。となると三人の中にいることだろう。」
部屋の中は静まり返っている。嫌疑のかかった女たちは互いに顔を見合っている。
「かといって…そなた達を煙にくべるわけにもいかぬ。」
桑次郎の台詞に春の前、梅ヶ枝、七重の母が大きく頷いた。
「そこで三人に話を聞き調べたいと思う。」
桑次郎は尾花たち三人を見て言った。
「ねえ。話を聞いて判断するなら侍たちも同じようしても良かったんじゃないの?」
「俺も今思った。」
部屋の隅で七重に小声で言われて賢寿丸が答える。
「まあ侍たちは、あちらの御婦人方のように庇ってくれる人がいなかったからの。」
道西が七重の母たちを見ながら言う。
「かわいそうに…」
七重の憐れみに賢寿丸はコクリと頷いた。
「まず義姉上の侍女、藤野から。」
藤野は名前を呼ばれ森で身に起こった事を語り始めた。
「私は昨日、御前様と皆様方と離れ離れになり、さ迷い歩き続けました。喉が渇いてしまった時に川を見つけました。でも水をくんでみれば、それは泥水の水たまりだったのです。」
そう言って藤野は顔を伏せた。
「かわいそうに…なんてひどい事を…」
春の前は声を張り上げて侍女に同情を示した。
「夜になった時はもうどうしてよいのならと焦りました。もう足が疲れて木の麓に座りこみ寝入ってしまいました。そして岩辺様たちに見つけられ起こされました。」
藤野が桑次郎を見る。
桑次郎は「ううむ」と言って一間置いてから喋りだした。
「確かに、この者を見つけた時、大木の麓に寄り掛かるようにして座っていた。そして寝入ってたから、ゆり起こした。目が虚ろで疲れ切った様子だった。」
「はい。私は散々な目に合いましたが岩辺様への土産物の扇子はしっかりと腕に抱き無くさぬようにしました。」
藤野はそう言って箱を差し出して蓋を開けた。中からは上等な扇子が見える。
「さすがは藤野。」
春の前は感嘆する。
次に八十菊が述べた。
「私は梅ヶ枝と別れてから森を抜けて行こうと思いました。しかし、行けども行けども森の中で歩き続けました。時折休憩はしましたが、ずっと飲まず食わずでした。ようやく岩辺様の一行と出くわした時は思わず駆け寄りました。まさか二日も経っていたとは思いもしませんでした。」
八十菊はそう言って岩辺と六郎に向かってお辞儀をした。
「そなたは『水をください。もう喉がカラカラで』と言っておったな。足がふらつき倒れそうな様子だった。」
桑次郎が言う。
「はい。もうお腹が空いて二日前に馳走になった鮎の塩焼き以来、何も口にしていませんでした。」
桑次郎はちらりと梅ヶ枝を見る。
「はい。確かに八十菊と別れる直前に立ち寄った家で鮎の塩焼きを頂きました。
梅ヶ枝は静かに答えた。
最後に尾花が語った。
「私は墓に供える花をと朝出掛けて行きました。奥様に『狐の出る森は危ないから』と止められはしましたが、私は少し入るだけと高をくくっていました。その結果、帰ろうとしても道がどこまでも続いているような感じがしてぐるぐると回っていました。その途中、岩辺様、六郎様の一行と出会い助かりました。」
尾花は摘んだ花を差し出す。茎が折れ花びらが抜け落ちている。
「あせって帰り道を探しているうちに花を握りしめてしまい、花がこんな風になってしまいました。」
七重の母が声を上げる。
「尾花の申す通りです。尾花が出ていく時にそんな話をしました。夫に話した通りです。」
七重の母が六郎の方へ振り向くと六郎は「間違いありません」と認めた。
話を聞き終えると桑次郎は考え込んだ。
「三人とも森での事とそれまでの話は辻褄が合うな。次に本人にしか分からぬ事を。例えばそれより前に起こった事…」
「岩辺様。」
道西が桑次郎に近づく。そっと耳打ちをする。
「んっ…しかしな…」
「どうか。おまかせください。」
道西が深々と頭を下げる。
「道西様がそこまでされるなら…」
桑次郎は合点がいかない様子だが仕方ないというような感じで受け入れ始めた。
「一度解散とする。話はまた後日聞くことにする。」
顔を見合わせる一同をよそに桑次郎の言葉が一室にて轟いた。
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