将来は

 二人は藪の中に入り、昼でも薄暗い道を歩いていた。

 「道西様。これから何するんですか?」

 「賢寿丸様は岩辺様の跡継ぎであろう。」

 「んっ…まあ…」

 賢寿丸は頭の後ろで腕を組みながら答えた。


 岩辺桑次郎の長男として生まれたことでそう決まっている。

 今の今まで「自分は岩辺家の跡取りだ」と信じて疑わなかった。けれど…

 

 「道西様…俺…跡継ぎでいいのかな…」

 「どうされた?」

 「いや父上があんな苦労抱えているとは思っていなくて…」

 「玄太郎様と大庭様のことかの?」

 「そう…あの二人…。俺ああいう奴ら相手にできるか?…跡取りだっていう事…あまり考えてなかった…。」


 あんなにも付きまとわれて責められているとは思わなかった。桑次郎が責められた時もその後の伯父の死の騒ぎでも全く役に立てなかった。ただ無力さを感じた。

 自身が跡を継いだ時は対応できるのだろうか…。

 日頃から父親がああした連中を相手にしていたとは知らなかった。そうとは知らず家での様子を見て父を酷評していた。

 跡取りとしての自覚の足らなさを痛感した。


 「なるほど…そこで御家人の嫡男として考えてもらいたいことがあるのじゃ。」

 「一体何を…?」

 「見て欲しいものがある。昨日の事忘れてはいないだろう。」

 「ええ…」

 

 昨日、伯父・玄太郎の一件が道西のおかげで片付いた。

 道西の言う通りだった。玄太郎の召使を呼び、問い詰めると全てを白状した。

 玄太郎が桑次郎を毒殺し、大庭に罪を着せようとした事。嫡男の賢寿丸は若すぎるとして岩辺の主の座を奪おうとしていた事。そして、自分自身は計画に反対していたが玄太郎には逆らえなかった事。

 召使は涙ぐみながら話したのだった。


 「そして大庭様の様子気になりはしなかったかのう?」

 道西は賢寿丸を見る。賢寿丸は大きく頷いた。

 

 事件の真相が分かると大庭は大層つまらなさそうな顔をした。

 すると…。

 「岩辺には家中に問題あり…」

 大庭は含み笑いをして呟いていた。

 

 「賢寿丸様。大庭様の台詞をどう思われますか?」

 「幕府に都合よく解釈した事を訴え出ると思います。」

 「儂もそう思う。頼朝様の重臣の梶原景時様ですら討たれた世の中、無事で済むと思うかの?」

 賢寿丸は唇を固く結んだ。


 平家討伐の手柄どうこうは桑次郎が逆に訴え出ると脅しをかけた。しかし、後で聞いてみれば父は何度も既にそれをしてきたのだと思う。また同じようにねちねちと言われるだろう。

 それに道西の言う通り、有力な御家人ですら潰されていくのは確かだ。

 賢寿丸は今まで楽観的すぎたようだ。

 玄太郎が桑次郎を毒殺しようとした件。大庭の目には一族内の争いの根拠として見えただろう。

 もしも、鎌倉に岩辺家の事を悪く告げられたら…。


 「我が家も潰されるかも。」

 「そうじゃ。」

 道西が大きく頷く。

 賢寿丸は黙り込んだ。そして道西に尋ねた。

 「どうしたらいいですか?」


 道西は無表情で賢寿丸をしばし見つめた。

 「賢寿丸様にお考えはありますか?」

 「無い…。今まで何も考えてこなかった…。」

 「そうか…」

 道西は力を抜きながら呟く。まるで呆れてえいるように…。


 「まあ…私に考えがあります。側で隠れて見ていてくださいな。」

 「えっそれは…」

 賢寿丸が尋ねようとした時、誰かの足音が聞こえてきた。

 「来たようじゃ。賢寿丸様。さあ早く。側の藪の中にでも隠れてください。」

 「えっ…」

 何も訳の分からぬ状態であるが、賢寿丸は道西に従い藪の中へ急いで潜り込んだ。


  

 賢寿丸は藪の中から様子を見た。

 道西は近づく相手を出迎えていた。

 「何の用ですかな?」

 大庭が不満げに言った。何故こんな所に呼び出されないといけないのか。彼の不満が読み取れた。

 「実は平家の残党を見つけられた時の事なのですが。」

 大庭の眉がピクリと動いたように感じた。


 「平家を捕まえられた要因は大庭様のおかげ。間違いございませんか?」

 すると大庭は打って変わって上機嫌になった。 


 「そうだとも。あれは私が藪が動くのを見つけたからこそ。それなのに桑次郎殿が手柄を横取りしおって…」

 「本来なら手柄を受け取るべきは大庭様。間違いございませんか?」

 道西がさらに尋ねると、大庭はさらに機嫌を良くした。今までの道西への態度はすっかり忘れてしまったようだ。


 「もちろん。幕府も人を見る目が無い。困ったものだ。」

 「そうですか…」

 道西は怪しげな笑みを浮かべた。


 「そうなると平家の亡者が化けて出てくる先は大庭様。間違いございませんか?」

 「何?」

 大庭の笑いが止まった。

 

 「平家の落人を捕まえたのが岩辺様でなく大庭様であるのなら手柄は当然大庭様が受け取るはず。同時にその落人も大庭様の前に現れるはずでしょう。」

 大庭は表情は動かさず黙ったままだ。

 「この一件。鎌倉方から見れば手柄を取れる事柄。平家方から見れば恨み化けて出たくなる事。そう思いませんか?」

 道西は射殺すような眼差しで大庭を見つめる。


 「何を無礼な‼」

 大庭は狼狽し怒鳴った。

 が…次の瞬間、彼は腰を抜かした。「あっ…あっ…」と言葉にならない台詞を繰り返し指をさす。

 

 賢寿丸は大庭の指す方向を見た。度肝を抜いた。

 一人の男がいた。

 青白い顔をして髪は乱れ、力なく身体が風に揺れるようにして立っている。血まみれの鎧兜を纏い、顔は血と傷だらけ。


 「お前は…あの時の…」

 大庭の悲鳴のような台詞が聞こえる。

 「待て…お前を捕まえたのは桑次郎だ。私のせいじゃない…」

 大庭は身振り手振り命がけで弁明しようとしている。


 賢寿丸は台詞の一部が引っ掛かった。

 (お前を捕まえたのは…)

 賢寿丸がそう思った時、道西は大庭を見下ろして言った。

 「確か今、平家の落人…目の前の男を捕まえたのは自分のおかげである。そう仰られましたよね。」

 丁寧な物言いであるが、大庭にとって圧迫感以外の何物でもないだろう。大庭はうろたえるばかりだ。


 「あれは全て桑次郎のやった事だ。化けるなら桑次郎に…」

 「この者は既に岩辺様の元へ化けて出ています。」

 道西がきっぱりと言う。だが…


 (平家の亡者なんて今まで聞いたことないけど…)

 どこかで平家の亡者が現れたと噂話で聞いたことがあっても、父の元にも現れたなど聞いたことがないし、亡者に祟られるどころか食い意地を張った毎日を送っている。


 どっちにしろ道西が今言ったことは大庭に大きな衝撃を与えている。

 「桑次郎殿の元に…」

 「そうでございます。しかし、岩辺様は全く亡者のことなど恐れていません。」

 道西が語れば語るほど大庭の怯えは増している。


 「ところで。平家のこの者を捕まえたのは本来なら大庭様であるとのことですが…」

 その言葉に大庭は悲鳴を上げた。慌てて立ち上がる。

 「私は何もしていない…。化けるなら桑次郎の所だ…」

 それだけ言い残すと大庭は逃げ去った。


 

 「もう良いぞ。福丸。」

 道西が亡者にそう言うと、亡者は見る見るうちに子狸の姿に変わっていった。

 「あっこいつ‼」

 賢寿丸は藪から身を乗り出した。

 荘園に着いたばかりの時、自身に成りすまそうとした狸だ。


 「どうだ。化けるの上手くなっただろ。」

 福丸は得意そうに賢寿丸を見上げる。

 「お前…何で…」

 「儂が頼んだ。」

 代わりに道西が答えた。


 「大庭様は平家捕縛の手柄を自分の物だと主張しておるが、平家の亡者付きだと知っても同じ事が言えるのかと思っての。福丸に頼んだのじゃ。」

 「どうだどうだ。お前も化かされただろ。」

 横で福丸が鼻を鳴らして調子に乗る。しかし賢寿丸は話しを進めるために無視することにした。


 「じゃあ父上の元に亡者が現れているというのは…」

 「出まかせに決まっておるだろう。」

 道西はハハッと笑いを立てる。

 「思った通り大庭様は手柄だけが欲しいようで怨恨を向けられるのはいらぬようじゃ。そんなのでは出世は出来ぬ。」

 「見たか。あのおっさんの逃げ方。笑えて来るぞ。」

 その横では福丸が笑う。自身の化かしの腕を誇っている。


 「俺の化かしは日に日に上手く言ってるぞ。そのうちお前も化かしてやろう。」

 「お前さあ…」

 賢寿丸はケラケラ笑う福丸に一言言ってやろうと思ったが呑み込んだ。

 (まあ今回はこいつの化かしのおかげだし…)


 すると福丸は大口開けて宣言した。

 「俺は父ちゃんのような大物になって名を残してやる。あの望月丸の跡取りだ。お前だって何度でも化かしてやる。」

 「こいつ…」

 (やっぱ一言…いろいろと言ってやろう。)


 「お前なあ…」

 賢寿丸が拳に力を込め、言いかけた時。

 「賢寿丸様。」

 大声で呼ぶ声に思わず振り返った。近くでは道西が遠くを見るように目を凝らしている。


 「あれは…館の女中の尾花ではないか…」

 尾花は早歩きをして賢寿丸に近づいた。

 「賢寿丸様。岩辺様がお探しです。」

 「父上が?」

 「ええそうです。館へお戻りください。」

 「分かった。今から…」

 尾花に付いて館に戻ろうとした途端、変な気配を感じ振り返った。


 「福丸…お前なあ…」

 「ちっバレたか…」

 福丸が賢寿丸のすぐ後ろに立ち、一緒に着いてこようとしていたのだ。


 「バレたかじゃないだろう‼」

 賢寿丸が叫ぶ。

 近くで見ていた尾花は仕方ないという感じで握り飯を一つ差し出した。

 「福丸や。これをあげるから大人しくしてなさい。」

 「はあい。」

 福丸は握り飯を尾花から受け取ると早速もぐもぐと食べだした。


 「父上みたいな奴…」

 七重の言う通りこの子狸が館に入りたがるのは食べ物目当てだろうと結論づけた。


 「さあ賢寿丸様。帰りますよ。」

 賢寿丸は帰る前に道西の方を見て言った。

 「道西様ありがとうございました。それから福丸も。」

 道西は笑顔で会釈し、福丸はもぐもぐと食べ続けている。

 賢寿丸は一人と一匹を残して館へと帰って行った。

 

 

 

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