毒の器7
「では桑次郎殿は違うと申すのだな。」
「もちろんでございます。」
大庭は疑う目つきで桑次郎を見ている。
賢寿丸は心配して父に声を掛けた。
「父上…」
「心配せずとも良い。私は無実だ。」
桑次郎は振り返り、優しい眼差しで語り掛けるが、賢寿丸は安心できなかった。
一同は別室に集まった。
桑次郎、六郎、大庭は円になるように向かい合う。
先程と違うのは玄太郎がいないことだった。その様子を眺めるようにして、賢寿丸、道西、七重が並んで座る。今度は桑次郎たちと同じ部屋に入らせてもらえた。
大庭の意地悪な口が開く。
「しかし…。私ははっきりと見ておったぞ。あなたが玄太郎殿の茶と入れ替える姿を。あらかじめ自分の茶に毒を入れるなど容易いことだ。そして隙を見て入れ替える。のう六郎殿。お主も見ていただろう。桑次郎殿が茶をすり替える所を。」
「はい…」
六郎は頷いた。歯を噛みしめているのは見て分かる。だが、反論をすぐに付け加えた。
「しかし、茶を入れ替える所を見ましても、桑次郎様が毒を入れる所を見たわけではありません。」
「ほう…」
大庭は得意げに笑った。彼の一つ一つの仕草が一同の癪に障った。
「桑次郎殿でないと申すならばお主の仕業だと言うのか。茶を用意したのはお主であろう。」
「滅相もありません。」
六郎は毅然と答える。その姿を大庭は嘲笑う。
「どちらの仕業かは分からぬがこの事は鎌倉に申し上げるとしよう…」
「そういう大庭様はどうなのですか?」
賢寿丸は思わず声を張り上げていた。
「何。私を疑うのか。」
賢寿丸は大庭のギョロリとした目に睨みつけられた。大庭の目つきは不気味だ。だからといって反論をあきらめるわけにはいかなかった。
「伯父上と言い合いをされたではありませんか。」
賢寿丸は会談で大庭が玄太郎に裏切られたことを持ち出した。大庭はフンと鼻を鳴らす。
「桑次郎殿。御子息のしつけがなってないようで。」
「確かに大庭殿は兄上にいろいろと言われましたな。」
桑次郎はじろりと大庭を見る。大庭は憤然として叫んだ。
「疑わしいのはそなたたちの方であろう。」
その時、部屋の障子の向こうから声がした。館の武士だ。
「失礼つかりまする。毒の包んでいたと思わしき紙切れが見つかりました。」
「よし入れ。」
桑次郎の声と共に障子が開く。控えていた武士が頭を上げ、一枚の紙切れを差し出した。
「こちらの紙切れに薬の粉末のようなものが…わっ‼」
「ほうほう…これが毒だというだな。」
武士はびっくりして声を上げる。彼の側にいつの間にか道西が近づいており、差し出す手の中をまじまじと見つめていたのだ。
賢寿丸は七重に声を掛けた。
「道西様…いつの間に…」
「知らない…私だって全く気付かなかったんだもん…」
武士は顔を引きつらせていたが、コホンと軽く息を整え仕切り直した。
「…これが玄太郎様に飲まされた物だと思われます…。そしてこちらの紙切れが見つかった場所でございますが。」
「どこにあった。申して見よ。」
大庭がせかすように促す。
「見つかった場所は…」
「早よ申せ。」
大庭が苛立ち急き立てる。何故だか武士は気まずそうな顔をする。
「大庭様が座られていた円座の下からにございます。」
「何じゃと‼」
大庭は勢いよく立ち上がった。そして桑次郎たちを睨みつけた。
「さては私をはめる気だな。私の円座から紙切れが出たなど偽りをしたのだな‼」
「そのような事はしておらん。」
「お主のことだ。企みなど分かりやすい。」
大庭のキンキン高い声と桑次郎の冷静な声が拮抗する。
「大庭様。かなり荒れておるのう。」
道西は見物でもするかの声で言った。
「道西様。こっちは暢気に言ってられない身なんです。」
「そうなの。桑次郎様と父上の危機なの。」
賢寿丸と七重は槍のごとく言葉を突き刺した。
「おお。すまんすまん。」
本当に分かっているのかと悠長な態度に二人はイラッと感じた。
「確かに。あの様子は鎌倉にでも訴え出るつもりなのじゃろう。」
「そうなれば父上は…」
「兄殺しの嫌疑により捕縛され処罰が下る。そして所領は取り上げという所かの。」
その言葉に賢寿丸の肩に重みがかかる。
「でも…」
七重が唐突に開いた。
「道西様は考えなしなわけじゃないでしょ。何かいい方法は…」
「安心なされ。本当に毒を持ったのは誰なのか当てればいいのだ。」
そうは言ってもと賢寿丸は頭を悩ました。賢寿丸の見る限り玄太郎の器に毒を入れる者はいなかった。彼の父親が器を取り換えるは除いて…。
「父上じゃないよね…六郎も…それなら…」
一室に一同が集まる。
大庭が桑次郎を疑い責め立てる。桑次郎が言い返すと大庭はさらに騒いだ。
賢寿丸は道西を見る。道西はにんまりと笑いを見せた。
「この道西。謎は全て解けました。」
「皆さま私が話をしてもよろしいでしょうか。」
道西は全員を見回すように声を掛けた。
「うるさい。関係の無い坊主は黙っておれ。」
大庭は悪意ある台詞を投げかける。それとは対照に桑次郎は期待を投げかけた。
「おお道西様。お願いします。」
桑次郎は目の前に神仏が現れたかの喜んだ。その様子に賢寿丸は目を丸くする。すると横から七重が小突いてくる。
「どうしたの。」
「だって…父上があんな風に嬉しそうに…食べ物が目の前にあるわけじゃないのに…」
「あんたの桑次郎様の見方って偏ってるんじゃないの。それより、よく見て今から道西様のすごい所が見られるんだから。」
目の前で道西は自信満々な顔をしていた。
「まず桑次郎様は皆様の目の前で玄太郎様の器と取り換えられました。」
「はい。」
道西の質問に桑次郎は胸を張って答える。賢寿丸は小声で愚痴をこぼした。
「少しは恥ずかしがれ…」
「賢寿丸様はさっきまで心配でたまらないんじゃなかったの?やけに元気じゃない?」
「そうなんだけどさ…」
七重に言われて賢寿丸ははっと気づかされた。
(いつの間に普通に喋れるようになったんだ…)
それは桑次郎が道西を信頼していると分かり、それに釣られてしまったからなのか。はたまた初めて出会って荘園までの行き方を当てられたのを目にしたのからなのか…。
賢寿丸にも理由は分からぬが言い知れぬ安心を感じ始めていた。
「さて、自身の器と取り換える。その後、取り換えられた器の茶を飲んで人が死ぬ。真っ先に疑いますでしょう。」
道西の台詞に大庭が素早く反応する。
「そうであろう。だから桑次郎殿が玄太郎殿にそうやって毒を…」
「しかし、おかしな事が一つございます。」
道西に台詞を遮られ、大庭が苦い顔をする。
「桑次郎様が毒の入った茶と取り換えたというならば、何故皆様の目の前で堂々と取り換えられたのでしょう。」
「それはだな…」
大庭は口を濁す。
「桑次郎様は毒を入れていないと否定されている。元より自分でないと否定する気ならこっそりとバレぬよう毒を入れているのではありませぬか?」
道西にじっくりと見つめられ大庭は答えられないでいる。
大庭は次に六郎を見た。その瞬間、七重が大庭を睨みつけた。
(今度は六郎を疑う気だ。)
賢寿丸は大庭の思惑を察した。
「ならば…六郎…」
「六郎様でもありませぬ。」
道西が間髪入れず否定した。
「目の前で桑次郎様が茶を取り換えてから、誰一人として玄太郎様の茶に怪しい動きをした者はおりませぬ。とすれば毒は桑次郎様が茶を取り換えられる前から入れられていたのでしょう。」
道西が全員を見回す。
「もし、目の前で毒を入れた茶が入れ替わってしまったら当人としては慌てて飲まれる前に止めに入るはず。しかし六郎殿は止めに入られなかった。なので六郎様ではありませぬ。」
道西は得意そうに全員を見回した。
「さすが道西様。」
七重は感服している。
「すごいな…」
「だから言ったでしょ。道西様は何でもお見通しなの。」
「ああそうか…」
自身の手柄でもないのに自慢して見せる七重の言動に苛立ちを感じたが、賢寿丸はそれ以上に気になることが一つあった…
「なあ、『毒は茶が取り換えられる前から入れられていた』ってことは…」
「では誰なんだ。私ではないぞ。」
大庭は道西に詰め寄る。
「もちろんでございます。六郎様と同様に目の前で茶が取り換えられて何も言わぬのはおかしな事なので。」
大庭はその一言に安堵すると再び道西を責め立てた。
「誰だと言うのだ。」
「あのう…道西様…。」
賢寿丸が恐る恐る声を上げた。
「今、毒は父上が茶を取り換える前から入れられていたと言っていましたけど。それって本当は父上が狙われていたということですか…?」
「そうじゃ。」
「私が…一体誰にですか?」
桑次郎は顔を厳しくする。
「しかし、道西様の言われた通り、私も大庭様もありえないと仰ったではありませんか。茶が取り換えられても黙っているのは変だと。」
六郎がおかしな事だと道西に尋ねる。
「一人いらっしゃるではありませんか。桑次郎様が茶を取り換えたことに全く気づかれなかったお方が。そして、そのお方は毒が入っているとは気づかずに茶を飲み干されてしまいました。」
全員の頭の中に一人の人物が浮かび上がった。賢寿丸が口を開く。
「伯父上…」
「兄上が…」
桑次郎は絶句した様子だった。
「道西様。伯父上が毒を入れたと言うのですか?」
「ええ。玄太郎様は桑次郎様の茶に毒を入れられた。しかし、桑次郎様は気づかずに量の事を気にされ玄太郎様の物と取り換えてしまった。丁度その時は、玄太郎様は私の言葉にお怒りになられて部屋より飛び出されていた頃でしょう。」
道西の言う通りだった。
玄太郎は縁側にて道西に掴みかかろうとしていた。その間に桑次郎が部屋の中でしていた事を知るはずがないし、誰も彼にその事を教える者はいなかった。
「そして玄太郎様は知らずに毒入りの茶を飲んでしまったという訳です。」
「しかしですな…」
大庭はまだ納得できないと言いたげに問いかける。
「玄太郎殿が桑次郎殿に毒を盛ろうとした。ならば、いつ毒を盛られたというのですかな?私が見る限り、玄太郎殿は桑次郎殿の茶に近づきはしなかったのですが。」
「そうですよ。道西様。」
賢寿丸もこればかりは大庭と同意見だった。
「確か玄太郎様を除くお三方が部屋から顔を覗かれることが一度ありましたでしょう。ドンっと大きな音がした時に…」
「あっ」
七重が大きな声を上げる。
「召使が派手に大きく転んだんだっけ。確か…その召使って…」
「兄上に使われていた者だ。」
桑次郎が補足する。
「そういえば。兄上はいつもなら召使に怒鳴り声や叱責をしているというのに。あの時は一言も発しなかった。ずっと部屋の中にいたではないか…」
「そうです。その間に玄太郎様は桑次郎様の茶に毒を盛られたのです。ついでに大庭様の円座の下に薬の包み紙でも隠されたのでしょう。」
道西がそう言うと、大庭は目を見開いた。
「何じゃと‼それは真か‼」
「ええ。玄太郎様は大庭様に罪を着せようとお考えだったのでしょう。」
道西が大庭に詰め寄る。大庭は心底嫌そうに見えたが黙って聞いていた。
「確か大庭様は玄太郎様に誘われて、この土地に参上されたとの事。もしも玄太郎様お一人だけでは桑次郎様殺しの疑いを持たれてしまいます。疑いの目を避けるために大庭様をお連れしたのでしょう。」
「……」
「まあ玄太郎様の召使を問い詰めれば分かることでしょう。」
道西はにこりと笑った。
桑次郎はさっそく玄太郎の召使を引き連れてくるよう命じている。
賢寿丸は肩をすっと下ろした。その横で七重が自慢するかのように語り掛ける。
「ねえ。すごいでしょ。」
「いつもこんな謎解きでもするのか?」
「うん。ここ一年、面白い謎解きをしてくれるの。」
七重ははにかんだ。
「そっか。」
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