毒の器4
―離れの一室。
「桑次郎殿…」
大庭の声が曇る。しかし玄太郎はまだまだ黙る気配はないようだ。
「何だ手柄盗られたって言うから可哀そうにと思ったけれど。そんな事だったのか。」
玄太郎が大声を上げて笑い出した。
「玄太郎殿。」
大庭は顔をムスッとさせる。玄太郎はそれに気を留めずにさらに笑った。
「だって実際に聞いてみれば、大庭殿は何もしていないじゃないか。」
そう言って、ちらりと本人を一瞥する。
「同じ手柄を認められなかった者同士で仲良くしようじゃないかと誘ってみたけれど俺と大違いみたいだな。」
大庭は「俺と大違い」という台詞に眉をピクリとさせる。
「大違いですと…」
「おれは合戦の時はちゃんと働いたぞ。どこへでも馬を走らせた。弓を引いた。何人もの平家を討ち取った。あんたと違って動き回った。」
玄太郎は自慢げに言う。
「実際に手柄が無いあんたと一緒にしてもらっちゃあ困る。俺はしっかりと働いた上で褒美が無い。跡目から外されたと訴えてんだ。」
大庭から冷静さが見る見るうちに消えていく。そして咆哮した。
「貴様‼」
窪んだ眼が吊り上がる。何か言いたげであるが唇を噛みしめるばかりだ。
その姿を桑次郎と六郎は冷ややかに見つめた。
その時…
ドン
どこかから大きな音がした。
―縁側
「何だ?」
大きな音は庭にも聞こえていた。
賢寿丸も七重も道西も庭で待機していた侍たち、従者たちも全員が音に注目した。
離れの裏手の辺りからだ。
「何の騒ぎだ?」
桑次郎たちが障子を開けて外の様子を見ようと顔を出した。
障子の間から桑次郎、六郎、大庭の顔が見える。それぞれ顔をキョロキョロと見回し音の正体を探ろうとしている。
「見てきます。」
侍の一人が桑次郎にそう告げると裏手へと駆け出して行った。
しばらくすると一人の男が侍に連れてこられた。
「痛たた…」
男は腰を押さえ、侍に肩を貸されて歩いている。足がおぼつかない様子だ。
「こやつは兄上の共の者ではないか。」
桑次郎は男の顔を眺めて言う。
その言葉に賢寿丸も男を観察し始めた。
(あっ。あれは伯父上の召使…。)
確かに厠に行くと離れて行った玄太郎の召使である。さっきと変わらず怯えているように見える。着物には土埃が広がっている。
「はい…先程転んでしまい…どうも腰を打ってしまったようでございます。申し訳ありません。」
召使は苦痛を噛みしめるように告げた。
「では…あの音はお前が転んだ時の音なのか?」
大庭の問いに召使は「はい…」と縮こまり答えた。
「随分と派手な転びをしたものだな。気を付けて歩くがいい。」
六郎が召使を気遣うと「はっ…」と小さく返事をする。
(何か…この人…さっきよりもビクついている。)
転んだ事への痛みからなのか、恥ずかしさからなのか、それとも目上の人達に声をかけられ注目された事への緊張なのか召使のおどおどとした言動に拍車がかかっているように見えた。
賢寿丸は開いた障子の向こうに目をやった。
玄太郎は自身の召使に気に掛ける素振りもなく腕を組みあぐらをかいている。
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