毒の器3
―離れの一室。
「玄太郎殿に呼ばれて参上しましたけれども、あなたは全く認めないようですな。」
大庭の蛇のような目がギョロリと睨む。
「前から何度も言いますが、あの平家を捕まえたのは私です。」
「見つけたのは私だ。」
両者は譲らなかった。
「あの時、私たちは部下たちを連れ、平家の者を追っていました。その時、藪の中から狸が逃げ出すように飛び出てきた。そして私たちの目の前を横切っていった。覚えていますよね。」
桑次郎は説明するように大庭に語り掛けた。
「獣というものは普段より人を恐れて人の気配がすれば逃げ出すものです。ところが、あの狸は自ら私たちの目の前に姿を現したのです。それを見て私は『藪の中に誰かが潜んでおり、狸は恐れて飛び出してきたのでは』と思い、それをあなたに伝えました。」
大庭の顔には表情が見られず黙りこんでいる。
「私がそう言った時、あなた何と言ったのか覚えていますか?」
大庭は返事の代わりに無言で桑次郎を睨んだ。
「確かこう言われましたよね。『狸一匹のために構っていられぬ。先を急ぐ。時間の無駄になるだけ。』と言われましたよね。」
桑次郎は段々と大庭に圧をかけていった。
「しかし…」
大庭も負けじと言い返す。
「その後、あなたが主張を譲らず、無理矢理と藪の中へ探りに入ったけれど。結局の所平家を見つけたのは私の方ではありませぬか?」
「ええ。ただし…」
桑次郎は大庭をしっかりと見据える。
「あなたは『何か動いたような気がする。』と言ったものの、一歩も動かれなかったのをお忘れですか?」
彼の台詞に自然と力が増していく。
「そして『どうせ狸か狐か山の獣の類であろう。』そう決めつけて何もしませんでしたよね。」
「………」
「しかし、私はあなたが何か見たと言った所を探りました。そしたら平家方の武将が藪の中にうずくまり身を潜めているのを発見しました。そうでしたよね。」
桑次郎は畳みかけていく。
同時に大庭の眉間にシワが寄せられていく。
「私が藪がガサッと動くのを見ていたおかげではありませぬか。」
大庭の声は雪よりも氷よりも冷たかった。
「しかしながら。あなたは見ておきながら探そうとせずに立ち去ろうとしたのですよね。平家の者を追っている最中なのであれば、例え獣の仕業であろうと自らの目で探り当て確認をするというのが筋ではありませんか?」
「………」
「見ただけで動かなかったでは意味がありません。もしも、山の獣の仕業と決めつけ。立ち去っていたのならば、あの平家は永久に見つからず逃げられていたことでしょう。」
桑次郎は全てを言い終えた。
―縁側
「手柄を盗られたって…そういう事だったんだ…」
盗み聞きしていた賢寿丸が呟く。
尾花を含む女中たちは片付けのため去っていった。束の間の休憩時間は終わり、緊迫した空気が戻っていた。
「どう見ても逆恨みじゃない…」
「本当じゃのう…」
賢寿丸、七重、道西は障子の横でさらに耳を傾けた。
(伯父上だけじゃなくて。こんな奴まで…。父上いろいろと抱えていたんだな…。)
賢寿丸は肩を落とした。
食に対して欲張りな父親という印象が変わり始めた。
そして…岩辺家の嫡男。賢寿丸自身は桑次郎のように今目にしている輩に対処できているのだろうか不安になり始めた。
―離れの一室
「さて話を戻すことにしましょう。」
桑次郎の低い声を合図に話し合いが再開した。
「とりあえず大庭殿の話はおしまいでいいよな。聞いてみれば大した話じゃなかったな。」
玄太郎の口元がニヤリと吊り上がり、大庭の顔を見る。
「好き勝手な事を申すな。」
大庭は睨みつける。
最初は、玄太郎と大庭の二人組が桑次郎にあれこれ責め立てていたが、いつのまにか二人のいがみ合いが始まりかけている。
「玄太郎殿は私の味方ではなかったのか‼」
「何言ってるんだ。一緒に桑次郎に何か言ってくれると思ったからだ。桑次郎にしてやられた可哀そうな奴だと思ったけど、こちらの勘違いだったみたいだな。」
玄太郎はがさつな笑いをした。
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