毒の茶

毒の器1

  ―現在。

「父上じゃないよね…六郎も…それなら…」

  一室に一同が集まった。

  一人の男が桑次郎を疑い責める。桑次郎が言い返すと男はさらに騒いだ。

  賢寿丸は道西を見る。道西はにんまりと笑いを見せた。

  「安心なされ。賢寿丸様。この道西、謎が解けました。」





  ―半刻前。館の縁側。

 「相変わらずだけど…。父上大丈夫か…。」

 賢寿丸は不安そうに呟いた。

 「年々険悪になっていくよね。」

 七重は呆れて言った。

 「何より玄太郎様に人の話を聞く度量があるものかのう。」

 道西は桑次郎ら四人を見やる。


 賢寿丸と七重、道西が縁側に座り話をしていた。

 障子を隔てた先で、荘園の地頭である桑次郎、目代の六郎、招かれざる客である玄太郎と大庭が詰めていた。


 岩辺玄太郎昭房いわべ げんたろう あきふさは桑次郎の兄で賢寿丸の伯父であった。大庭おおばは桑次郎と同じ御家人だという。


 部屋の障子は少し開いており、顔を覗かせれば中の様子は丸見えであり、耳を立てれば会話は丸聞こえだった。

 縁側の側には館に仕える武士が四人立っていた。縁側から見える庭には玄太郎の連れてきた従者の男が一人と大庭の従者たちが控えていた。

 

 「確か…元々は長男である玄太郎様が跡を継がれるはずだったのだな。」

 道西が問うと賢寿丸はうんと小さく頷いた。

 「でも伯父上は学問はさぼるし、暴れ者で。しかも力自慢をして威張っている癖に兵法の知識が全く無いから合戦においては重用されなかったって。」

 賢寿丸は呆れながら説明した。


 粗暴だけの伯父と時々せこい所はあるが基本真面目な父。先代である祖父は次男の桑次郎を跡目に選び、所領を譲り渡した。

 玄太郎はそれが許せないと何かと桑次郎に食って掛かった。

 そして桑次郎の荘園逗留の間に、のこのことやって来たと思えばいきなり「岩辺の主の座を返せ」と騒ぎ立てたのだ。


 「ほう…儂の兄とは大違いじゃな。兄は学問にも弓馬にも長けておったというのに。」

 道西が玄太郎を見つめる。

 「では、あの大庭という男は?」

 「それは…俺にも…。」

 賢寿丸は頭を掻きながら答える。


 大庭と言う男については賢寿丸は初めてであった。

 窪んだ頬に重く垂れさがったまぶた。瞼の下から不気味な眼光が見え幽霊のようだった。

 桑次郎と同じく御家人らしいが、どう見ても好意的な人間ではなく「平家との戦いにおいて手柄を横取りされた」とねちねち言うのであった。

 

 「うちもいい迷惑なんだけど…。玄太郎様ときたら『荘園は本来なら俺の物だ。』とか言って接待を要求するし、百姓たちからは採れたての作物を横取りされたって苦情が来るんだけど。」

 七重が深く溜め息をついた。


 「このまま変な騒ぎにならないといいけどな。」

 賢寿丸が心配そうに言う。しかし、まだ荘園に到着していない伯母がこの場に居合わせるよりはましだと考えた。口煩い伯母が同席していたら玄太郎が激高し、より喧噪になっていただろう。


 「今は全員刀を置いて話し合うって事になっているけれど…伯父上は刀を持っても持たなくても正直危ない人だから…。怒りのあまりに首を絞めたりとか力任せに何かしそう…そして警護が駆け付ける頃には既に事切れていたりとか…」

 「それそれ…」

 七重も眉をひそめて心配する。


 分厚い筋肉に毛むくじゃらの太い腕。岩盤に丸太を生やしたような体格であった。一方の桑次郎は合戦に出陣しただけはあり、筋のついた体はしているが玄太郎に比べれば少々見劣りはした。 


 「そうでなくても変な言いがかりをつけて訴訟を…は無いか…。あの人の言うことを聞く人なんていないし。」

 七重は不安げに言うが玄太郎を見つめると安堵を取り戻した。

 これには賢寿丸も同意だった。

 「まあ、そこまでは伯父上はしないというか…出来ないな。訴訟とか手続きとか頭回りそうにない人だから…。」

 「いいや。そうでもない…」

 二人の意見を道西がばっさりと切り捨てた。 

 

 「玄太郎様自身にそれだけの器量が無くても、誰かが利用したとしたら?」

 賢寿丸と七重は黙り込んだ。


 「岩辺様は幕府にて職に就かれている。立場があれば、それを疎ましく思う者もいるだろう。岩辺様を蹴落とすために玄太郎様の正当性を主張する者が現れるのではないか?例えば…」

 道西は大庭を見つめる。


 「大庭という方は何やら岩辺様と因縁がありそうじゃないか。」

 「詳しい事は分からないけれど…何でも平家との戦いで自分の方が役に立ったのにとか言っているらしいんだ…。まあ幕府は聞く耳持たずな状態みたいだけど。」

 賢寿丸はわずかに知る情報を道西に教えた。


 「なるほどのう…」

 道西は少しの間を置く。賢寿丸はその様子に緊張を感じた。

 「じゃあ危ないかもしれん。」

 道西は言ってのけた。


 「兄弟の順では玄太郎様の方が上であるし、一応合戦に出陣したこともある。戦功が芳しくなくても、源氏のために尽くしてきたと言い訳ならいくらでも言えるぞ。大庭様が岩辺様を蹴落とすために玄太郎様の正当性を訴えだしたならば。」

 「でも…そんなことが出来るのですか…」

 賢寿丸は半信半疑であった。


 「世の中は何が起こるのか分からん。藤原は娘を入内させて栄えたがいつまでも続くわけでは無かった。院の政も武士に取って代わり、平家は驕り滅んでしまった。九朗義経は奥州で最期を迎えた。頼朝公がお亡くなりになられてからは範頼様は伊豆に幽閉。おまけに重臣の梶原景時様ですら討たれたのじゃ。何が起こるか分からん。」

 「……」

 「せいぜい今を守るために用心すること。ただそれしかない。」

 道西は空を見上げた。

 


 

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