【領主ナガレの牧場】▶はじめから つづきから

第6話 本を読むと眠くなるのは呪いですか

　こうなると断（ことわ）れるはずもない。

「どうにもならない」と男が泣いた牛は隣（となり）だった。

　ここの牛舎も狭（せま）い。

　牛はさらに少なく三頭。全てメス。

　基本的にオスは乳を出さないので、産まれてすぐに殺処分（さっしょぶん）らしい。

　さきほどのオスは農作業用で珍（めずら）しく残しているそうだ。

　おお、オスは生きる価値なしか！

　牛の世界に生まれなくて良かった！

　問題の牛は囲いの中をぐるぐる回っている。

　特殊スキルで話しかけてみよう。

　そう言えば特殊スキルって略してもいいのかな？

　試（ため）してみよう。

「モントーク！」

　耳を引っ張った。

『……』

　よし、声が聞こえる。スキルの発動は略してもいけるな。

『おーい、牛くん、いや、メスか。牛さーん！』

『……』

『おーい！』

『……』

　なにかブツブツ言ってるが、まったく聞き取れない。

「この牛って、病気か何かしたことあります？」

「なんも。健康だったのに、半年前から乳が出ねえんでさ」

「乳の出かぁ･･････」

　ちょっと専門的すぎる。

　これはおれの手に余るぞ。

「街から回復石を取り寄せて使ってみましたが、それもだめで」

　回復石、そうだ忘れてた。

　ここはファンタジー世界だった。

　薬草や回復薬みたいなのはあるのか。

「ごめんなさい、この牛、ちょっとわかんない」

「そうですか」

　残念そうにうなだれる持ち主。

　それでも、おれに何度も感謝を述べた。

　うーん、あとあじ悪い。

　しかし、ボロい牛舎。

　いや、待てよ。

　おれは口に指を当て、みんなに黙るようにジェスチャーした。

　ガタガタと窓の雨戸がゆれる。

　牛舎を出て外に回った。

　雨戸は立て付けが悪いようで、少しの風でガタガタと音を出す。

「これかも。ちょっとハシゴと釘あります？」

　大工ではないので、きちんとは直せない。

　それでも応急処置として、音が鳴る部分に釘を刺して固定してみた。

　戻ると、さきほどの牛は丸まって寝てるじゃない。

「鬱かもしれないですね」

「ウツ？」

「ええ、人間と同じで騒音とかで悩んじゃうんです」

「しかし、他の牛はなんともねえのに」

「けっこう性格があるらしいですよ。臆病（おくびょう）な牛もいれば、のんきな牛も」

　そんな話をNHKのドキュメンタリーで見た。

「一日一回ぐらい、散歩に連れてってみたらどうです？」

「散歩ですか。そんなことで･･････」

　男はちょっとためらったが、うなずいた。

「そうですね。昼寝してるのを久々（ひさびさ）に見ました。そうしてみます」

　効くかどうかわからないが、気分転換と言えば散歩ぐらいしか思いつかない。

　残りの相談も片（かた）っ端（ぱし）から受ける。

　牛に聞いてみると、なにかしらヒントはあった。

「腹が痛い」という牛はエサに問題があった。

　イラついている牛は、ハエが原因。

　ほんと人生いろいろ、牛もいろいろだわ。

　最後の牛舎を出たら、また、みんなが農作物を持って待っていた。

　固辞（こじ）しても引かないので、各家から一個ずつだけもらう。

「もうね、ほんといいから」

「ですが、牛神様」

「その、牛神様ってやめてもらえます？」

「じっと見てるだけで牛の事がわかるなんて、あっしらにしたら神様にしか……」

「え？　おれ、しゃべってない？」

「へぇ。じっと見てるだけですが？」

　おどろいた。

　おれの特殊スキルは会話しているのではなく、テレパシーみたいなもんか。

「そういや、最初の家の子って」

　あの青年の親がいないのを確認して聞いてみた。

「ああ、ユーリゲですね。数年前に火事にあっちまって。下敷（したじ）きになったんでさ」

　ユーリゲくんか。

　おれより若く見えた。25、26あたりだろう。

「町の学校にも行って、あっしらの村じゃ一番期待されてたんですがねぇ」

　なるほど。

　優秀だったのかな。

　若くしてああなると、そりゃ辛（つら）いわな。

　館（やかた）に戻ると日が暮れてしまった。

　おれの姿を見てメイドのマルレーンさんが出てくる。

「ナガレ様、うっ」

　鼻を押さえて彼女は下がった。

「と、とりあえず、お風呂へどうぞ」

　匂いがきついらしい。

　おれは今日、牛舎に入り浸（びた）りだもんな。

　彼女に侘（わ）びて風呂に入った。

　疲れていたらしく夕食を済ますと、すぐに眠くなった。

　ベッドに寝転（ねころ）がりながら考える。

　今日の牛舎、どこも不潔だったよなぁ。

　そして牛にもストレスがある。

　あの環境じゃあ、発育に良くないだろう。

　爺さまに相談するか？

　でも余計なことをしてもな。

　いつまでもここに住めないし。

　そんな事を考えながら、眠りについた。

「ナガレ様、ナガレ様！」

　強くゆすって起こされた。

　窓を見ると、外はうっすら明るい。

　もう夜明けか。

「わたくしの料理、そんなに、ご不満ですか？」

　見ればマルレーンさんが怒っている。

「へ？　おいしくいただいておりますが」

　まあ、格別おいしいとも言えないが、まずくもない。

「入口に野菜が次々届けられております！　あっ、また」

　マルレーンさんが窓に近づき外を見た。

　おれも起き上がり窓から見下ろす。

　農夫のひとりが野菜をひとつ抱えてきた。

　そしてこの別館の玄関へ野菜を置くと、正座して頭を垂れる。

　昨日に「一個だけ」と強くことわったのが「一日一個」と解釈されたらしい。

　ここに居候（いそうろう）していることも伝えた。

　それが失敗だったか。

　しかし、あれじゃ「差し入れ」じゃなくて「奉納（ほうのう）」だ。

　おれ成仏（じょうぶつ）しそう。

　案（あん）の定（じょう）、これは領主の爺さまにも知るところとなった。

　領主の執務室に呼び出される。

「さーせん！」

　入室一番、謝ったが、爺さまの思いは違ったようだ。

「こちらが感謝せねばならぬ事。どうであろう、仕事としてやってみぬか？」

「仕事？」

「そうだ。追加の報酬は払うゆえ」

　おれは腕を組んで考えた。

　爺さまの助けになるのはいいが、専門的知識はない。

　正式に仕事としてやると、あとあと問題が起きそうだ。

「いえ、獣医ではないので、仕事としてはしないほうがいいかなと」

「ふむ。獣医とな。ナガレの国ではそういう技能者がいるのか？」

　おれは遠い異国からきた人間だと伝えてある。

「はい。このあたりにはいないんですよね？」

「牛が病気になったら、見るのは治療師か僧侶（そうりょ）だな」

　なるほど、僧侶。

　回復系魔法の使い手か。

　まあ、万能だからな。

　その弊害（へいがい）で獣医とかいないわけか。

「とりあえず、困った農家がいたら、相談には乗りますので」

　そう言って、爺さまの要望には答えておいた。

　ついでに牛の飼育法などを聞くと、書庫に本があるという。

　書庫。行ってみてわかった。図書室だ。さすが、貧乏でも貴族。

　農業や酪農（らくのう）に関する本は数えきれないほどあった。

　牛の関連だけで百科事典のような分厚（ぶあつ）い本が何冊もある。

　手に取ってパラパラめくるが、わからん。

　高校まで野球バカだったので、勉強は大の苦手だ。

　部屋に三冊ほど持ち帰り、ベッドに寝転んで読んでみる。

　秒で寝た。

　おそらく、この本には催眠（さいみん）の呪いがかかっている。

　うんうん、そうに違いない。