第5話 牛神様ってなんですか

 考えが甘かったわぁ。

 領主というから期待したら、領地が貧乏ですやん。

 これは身の振り方を考えないといけない。

 ド田舎にいても金はかせげない。

 現実の世界と同じだ。


 元の世界でも東京本社にいたころは羽振はぶりが良かった。

 ところが真庭支店に来てから、まあ給料が安い。

 支店って言っても自分しかいないかった。

 セールスから経理までしなければいけなく、労働時間は完全にブラックだった。


 まあ「養子候補」として日当一万円だ。

 一ヶ月ほど滞在すれば、まとまった金にはなる。

 それから引っ越しを考えるか。


「養子候補」として来たので、基本的にやることがない。

 農村をぶらぶら歩いていると、小さな牛舎ぎゅうしゃに村人が集まっていた。

 牛舎のとなりには住居と思われる小屋。


 軒先のきさきのイスに青年がひとり座っている。

 どこを見ているのか、死んだような目でボーっとしていた。

 ひとりだけ仲間外れか?

 と思ったら、よく見ると左手のひじから下がない。

 いや、右足もひざから下がない。

 おでこには火傷やけどの跡もある。

 ああ、働けないのか。

 やだなぁ、こういう光景。


 早々に立ち去ろうと思ったが、なんだか臭い。

 青年がいているズボンの中央にシミ。

 おいおい、らしてんのかよ。

 おれは牛舎のほうの人だかりに近づいた。


「あのう……」

「あん?」


 一番近くの男性が怪訝けげんな目で、おれを見る。


「あそこの青年、漏らしてるみたいなんですが……」

「あれまぁ!」


 と母親だろうか? おばさんが駆けていった。

 その時、どーん!と音がして牛舎ぎゅうしゃれた。


「おお、なんだ?」

「一頭が暴れちまって、手に負えん」

「見てもいいです?」

「そりゃいいが、気をつけろよ」


 おれはうなずいて牛舎に入った。

 狭い牛舎に五頭ほどの牛がいた。

 その一番奥、鼻息の荒い牛がいる。

 頭を振り回し、壁にどーん!と体当たりしている。

 こいつか。


 恐る恐る近寄ってみる。

 牛って、近くで見るとデカい!

 しかも、動きがなんていうか、凶暴!

 いつも寝てるイメージがあったが、こんなに動くのか。


 先日、おれのスキルで馬とは会話できた。牛はどうだろう?


「モンスターと楽しく会話! 略して、モントーーーーク!」


 耳を引っ張る。


『ケツ! ケツ! ケツ!』


 おお、牛の声が聞こえる。


『ケツって、尻がどうかした?』

『カユイ! カユイ! カユイ!』

『ケツがかゆいのか?』

『ケツ! ケツ!』


 会話できないな。馬のほうが賢いのだろうか?

 牛がくるりと回って、また壁に頭をぶつけた。

 ケツが見える。肛門におでき? 虫刺され? 赤いポッチができてた。


 おれは牛舎を出た。

 みんなに説明する。


「多分、肛門にデキモノがあって、それが痒いんじゃないでしょうか」

「痒い? 病気や痛みじゃねえのか!」

「いやあ、痒いんじゃないですかね。おれらもほら、痒いとかきむしるじゃないですか」


 農民たちも納得したようで、家主と思われる男が家に駆け戻った。

 しばらくすると、小さな瓶を持ってくる。


「虫刺されの軟膏なんこうだ。これで効くだろうか?」


 いや、おれに聞かれても。獣医じゃねえし。

 みんながおれを見る。ええ! 塗るのおれ?


「先生、どうでしょう」


 先生じゃねえ!

 くぅ。集まった視線に断りきれない。

 軟膏を持って牛舎に引き返す。


『ウシくーん、ちょっと、お尻見せてー』

『ケツ! ケツ!』


 ……だめだこりゃ。


『落ち着け! 金玉引っこ抜くぞ!』


 ピタリと牛が止まった。なるほど、こいつオスなのね。


『まわれ右!』


 牛が背を向けた。うへぇ。ゴム手が欲しい。

 おれは鼻で息をしないようにして、軟膏を塗った。


『デル! デル!』


 デル? 何が? って、あれか!


「うぉぉ!」


 おれは走って逃げた。

 ぷりぷりと大きいのが出る。

 塗った軟膏も一緒に取れるんじゃないか。

 いやでも、牛は落ち着きを取り戻したようだ。

 まあ、ひとまずはいいか。


 牛舎を出ると、木の台にジャガイモが積まれ、農家の人達が座っていた。

 一番前に座っているのは、さきほどの家主だ。


「先生、こんなもんしかねえですが、ご勘弁くだせえ」

「……はっ?」


 ワケワカラン。

 お礼にジャガイモくれるってことなのかな。

 いや、これ、もらっちゃダメなやつ!

 なけなしの食料だわ!


 おれは「要らない」と固辞こじし、家主は「どうか、おおさめを」と繰り返す。

 もうしょうがないから「一個だけ」と言い、小さめな物をポケットに入れた。


「せ、先生! どうかウチのも」

「いや、おれ、獣医でも医者でもないから」

「では、賢者様で?」

「いやいや、魔法も使えなくて、ただの調……」


 調教師は馬泥棒と思われるから言っちゃダメだった。


「ただの牛好きです」

「なら、牛神様、ウチのも見てやってつかぁさい」


 ……ん? 今、なんつった?


「おお、牛神様じゃ!」

「そうじゃ、牛神様じゃ!」


 まてまてまてまて!


「乳が出なくて、もうどうにも……」


 ひとりの農夫が膝をつき、汚い布で顔をぬぐった。

 やべえ。いい年した男が泣くのって、こっちまでもらい泣きしそう。

 泣くなよ、おっさん。……泣くなよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る