【領主ナガレの牧場】▶はじめから つづきから

第4話 ジャージャー領ってなんですか

　元の御者（ぎょしゃ）、フーゴは打ち首になった。

　かわりに違う御者を雇（やと）ったらしい。

　御者台には、人の良さそうな中年が座っていた。

　例の問題児というか荒くれ馬は、長いひもで馬車のうしろに繋（つな）がれていた。

　お前、馬刺しにされないで良かったな。

　そう微笑（ほほえ）みかけたら、ぷいっとそっぽ向かれた。

　性格悪っ！

　それはさておき、　御者がリニューアルされちゃった箱馬車に乗り込む。

　性格のよい馬が引く馬車は、ゆるやかに出発した。

　北門を出て、街道を北へ北へと登っていく。

「ご領主殿、そういえば、街へは何しに？」

「ご領主とは、おやめくだされ、ナガレ殿。我が領民でもありますまい」

「では、おれのこともナガレと呼び捨てで。しかしなぁ……」

　爺さまの名前「ヴェラルシュタイン」って、舌噛（か）みそう。

「爺さま、って呼んじゃダメです？　いや、調子乗ったかも！」

　怒るかと思ったが、爺さまは笑った。

「孫でもおれば、そう呼ばれておるだろう。爺さまか。なかなか良い」

　爺さまに子供はいなかった。

　妻に先立たれ、息子も三年前に亡くなったらしい。

　人の良さそうな爺さんなのに、気の毒。

「んん？　爺さま、領主がそれって、問題あるんじゃ……」

　領主って、親から子へと代々続いていくはず。

「あっ、おれが言う話じゃないですね。さーせん！」

　ふと疑問を口にしたが、他人が言うには大きなお世話だ。

　あやまってみると、爺さまは怒るどころか、額（ひたい）に手を当てて考え込んだ。

「それよ。まさに今、ここにきた用事である」

　話はこうだ。

　貴族のひとりが、世継（よつ）ぎのない爺さまに三女を勧（すす）めてきたらしい。

　年齢は三十だそうだ。

　いい話に聞こえるが、何が問題なんだろう。

　爺さまも、まだ枯（か）れる年には見えない。

「……もしかして、すごいブスです？」

　うーん！　と爺さまがうなった。

「ご婦人を容姿で判断してはいかん。いかんが、この三女は貴族の間でも有名な浪費家でな。昨日も、豚のような腕に高価な腕輪がつらなっておったわ」

　なるほど、容姿だけでなく性格もブスか。それはキツい。

「爺さまに親戚（しんせき）は？」

「うむ。親族に家督（かとく）をゆずるか、養子（ようし）を迎（むか）えるか。いずれにしても我が親族は遠くにおってな。調整にも時間はかかる」

　おれは名案が浮かんだ。

「爺さま、そのドブスをかわす間、おれが見せかけの息子をしましょうか？」

「貴殿、いや、ナガレが？」

「ええ。その親族との調整が済むまで。準備ができれば、おれは消えますよ」

　ふうむ、と爺さまは考え込んだ。

　おれのセールスマンとしての勘がささやく。これはあと「ひと押し」だ。

「あくまで仕事として、おれを雇ってみるってどうでしょう。三食と寝床。それに一日で銀貨一枚」

　銀貨一枚は前の世界でいうと一万円だ。このへんが打倒だろう。

「あの醜女（しこめ）に食いつかれるのを防（ふせ）ぐなら、安いか。良かろう」

「では、契約成立で」

　おれは爺さまと握手を交（か）わした。やった！

　これでしばらく食いっぱぐれがない。

　親戚の調整とやらが時間がかかるのを希望、切に希望だ！

　それに領収の息子？　むふふ。ハーレムできないかなぁ。

　こっちでハーレムはエグイぞ。

　なんせね、大きさが違う。胸の大きさが。

　二、三時間で領地に着くと思いきや、なかなか着かない。

　文字通り山を超え谷を渡る。

　空が赤く染まり始めたころ、爺さまが言った。

「このあたりから、領地になる」

　おれは嫌な予感がした。

「爺さま、領地の名前ってなんです？」

「ジャージャー領だが？」

　そういう事か！

　この世界は、元いた地球のパラレルワールドだ。

　おれが住んでいたのは岡山県の真庭（まにわ）市。

　そこから北に上がると、どこに着く？

　蒜山（ひるぜん）高原だ。

　ジャージャー領と爺さまは言った。ジャージー牛からもじった名前じゃねえか！

　蒜山高原にはジャージー牛っていう乳牛がいるので有名なんだ。

　ひとつの農村に入ったところで、爺さまは馬車を降りた。歩くらしい。

　村人が爺さまに挨拶（あいさつ）してくる。

　領民からの人気はいいんだな。

　しかし、この農村、着ている服はボロだし、家もあばら屋だ。

　蒜山は岡山県で言うと最北の山奥。

　こりゃ、貧乏領主かもしれない。まずったかも。

「さて、家に着いたぞ」

　日も落ちたころ、やっと領主の爺さまが言った。

　箱馬車の窓から頭をだして、おれは前方を見た。

　まず石組みの壁が見えた。壁は低くて、おれの身長ぐらいか。

　道の先には門が見える。大きな木製の扉だ。

　その大きな扉はあいている。

　馬車は進み、なかへと入った。

　入ると庭だ。

　領主にしては、こじんまりした庭だった。

　土の道をはさんで、四角に切りそろえられた緑の生（い）け垣（がき）がある。

　そのむこうには腰の高さほどの石組み花壇（かだん）が迷路のようになっていた。

　石の花壇には、色とりどりの花が咲いている。

　こぎれいだけど、領主の庭にしては小さい。

　やはり、領主といえど大金持ちではなさそうだ。

　領主の館（やかた）がボロだったらどうしよう。

　そう思っていると、おお見えた。三階建ての石と木でできた立派な館だった。

　ただし、金持ちそうな装飾はない。

　家の者が出迎（でむか）えに、館の前でならんでいた。

　馬車は洋館の玄関前で停まる。

　おれと爺さまは馬車からおり、爺さまががおれを紹介した。

　この時、爺さまの言い方は巧妙（こうみょう）だった。おれを「養子候補」と言った。

　この「候補」とつけたのは、うまいと思う。

　あとでいなくなっても、問題ないもんね。

　爺さまは仕事があるらしく、おれは本館ではなく、二階建ての別館に案内された。

　案内されたのは、二階の小さな部屋。

　元いた世界でいうと広さは六畳ほどの部屋。

　ベッドと机が置かれてある。これは客室だろう。

　身の回りの世話をしてくれるというのが、メイドのマルレーンさん。

　二十五、六あたりだろうか。

　素晴らしいメイドさん。胸がむふふ。

　それから一週間。

　ジャージャー領に一週間ほど滞在すると、この地の情勢（じょうせい）がだいたいわかった。

　やっぱり全体的に貧乏だ。

　主（おも）な産業は酪農（らくのう）。

　「ジャージャー領」の牛はもちろん「ジャージャー牛」だ。

　だからジャージー牛でいいじゃん！

　データを取り込んだAIはバカなのか。

　ひねるなら、きちんとひねれ。

　国の名前は「マーニワ王国」で真庭市そのまんまだし。

　マーニワ王国ジャージャー領。なにこれ、響（ひび）きが中華のメニュー。

　さて、冷蔵庫がない世界、牛乳は近隣（きんりん）の村々で消費される。

　領外へ売りに出すのはチーズが少しだ。

　おれの焼け落ちてしまった家があった城下町、あのまわりには麦畑があった。

　しかしここは山間部だ。

　平地が少なく、麦畑が作れない。

　そして大きな街がなかった。

　そのため工房もなく、鉄や革といった産業がない。

　これが貧乏の原因だ。

　ああ、おれの夢。

　領主の家に住み着いて、ハーレム三昧（ざんまい）の日々。

　終わった！

　まあ、そんな人生、簡単にはいかないか。