#3 修復の条件

 わたしの弟と妹は波介、佳朗、代乃の三人だけではない。

 わたしのお父さんは見ての通りの人なので、今のお母さんと結婚するまでに、何度も結婚と離婚を繰り返している。その数はなんと五回。

 わたしが家族の中で一番お姉ちゃんなのは、単に最初に結婚し、生まれたのがわたしというだけのことだ。わたしは血の繋がった実のお母さんについて、覚えていることはほとんどない。お父さんの話が正しいなら、わたしが四歳の頃に家を出て行ったという。わたしを置いて。

 以来、お父さんは一人だけだけど、お母さんは何人も入れ替わった。実の母の記憶が薄いせいなのか、わたしにとっては入れ替わったお母さんはみんな大切な、実の母のようなものなのだけど、お母さんたちが必ずしもそう思ってくれているとは限らない。

 今のお母さんは、わたしのことを大事にしてくれるのだけど。

 梅子――紅梅子は、四人目のお母さんが結婚したときに、既に連れていた子だ。いわゆる連れ子にあたる。記憶と計算が正しければ、今年で十二歳になる。だから波介よりも梅子は年上だ。

 梅子とそのお母さんとの生活は二年間に及んだ。そして最後は、お母さんは梅子を連れて出て行った。

 大切なものを、ひとつ置いてけぼりにして。

「元気だった? 梅子」

 場所は喫茶店『歪んだ果実』の中。わたしと梅子は椅子に腰かけたりすることなく、店内の中央で立ち尽くしていた。それだけ、リラックスした状態から程遠いということなのだろう。

 喫茶店の中は、撮影のための機材が入りやすいように椅子や机を隅に追いやっていて、おそらく元の配置と同じ場所に置いてあるのは、さっきまでリポーターたちが座っていたところだけだと思われた。カウンターテーブルでは料理を前に何人かがカメラを操って撮影をしている。たぶん、カット用の料理の映像がほしいのだろう。

 休憩とカットの撮影、それから映像確認が重なって撮影現場は人がまばらになっていた。店内はわたしたちと撮影の数人を除けば、遠巻きに狼滝くんがいるだけだった。

「別に。あんたには関係ないでしょ」

 わたしの「元気だった?」という質問に対する梅子の返答がこれである。たぶん元気なのだろうと思っておくことにした。

「でもびっくりしたよ。天才子役とか、神の舌を持つなんて呼ばれているからウメコって名前を聞いてもまさか梅子のことだとは思わなかった。いつから俳優なんてしてたの? 言ってくれたらよかったのに」

「言うわけないでしょうが」

 梅子は吐き捨てるように呟く。

「あんたたちとはもう縁が切れてんの。大げさな評価だとは思うけど、一応世間じゃ天才子役ってことになってるんだから、あんたらみたいなのと繋がってるって知られたらいい週刊誌の埋め草でしょ?」

 「あんな暴力オヤジと元家族なんてろくでもない」と吐き捨てられた。

「それよりなんであんたがここにいるわけ? いや、ロケの場所が場所だから嫌な予感はしてたんだけどね。ここ、あんたらの家とそう遠くないし。でも今は平日でしょ?」

「あ、そうだよ。平日の午前中! 梅子、学校どうしたの? サボってるの?」

「それを今あたしがあんたに聞いてたんでしょうが!」

 せっかくセットされた髪を、梅子がガシガシとかき回す。

「あたしはいいの! 今通ってる学校、私立で芸能活動にも融通が利くんだから。あんたはどうなのって話。どうせ、昔と変わらず遅刻と欠席ばかりだろうけど、それにしてもなんで今日ここに来るかな…………」

「それは、猫目石瓦礫がこの喫茶店にいるって話で……」

 そうだ。もともとわたしたちはそのために来たのだった。なぜか姉妹の再会になってしまっているけれど。

「猫目石瓦礫? 『高校生探偵』の?」

 梅子は一息つきたかったのか、さっきまで撮影で座っていただろうテーブルに向かう。そこに置かれている料理はまだ片づけられていなくて、アイスコーヒーのグラスやカルボナーラの皿などが並べられたままになっていた。その中に、窓から確認したときに見た白い料理もあった。やっぱり、シチューをご飯の上にかけているようにしか見えない。どういう料理なのだろう。

「猫目石ねえ。あたしが今ロケしている番組には出てないけど」

「それは分かる」

 遠巻きに狼滝くんが言った。梅子は一瞬、「誰?」という顔をしたけれど、わたしに誰何してこれ以上近況報告を増やすのが嫌だったのか、そのままスルーすることにしたらしい。クラスメイトなのは、制服を見ればだいたい想像はつくし。

「撮影陣の中に猫目石瓦礫はいなかった。すると、どうなるんだ。俺の情報が間違っていたのか」

「知らない。あ、でもさっきスタッフに聞いたら、あたしたちがロケに入る前に一組取材があったって言ってたような気がするけど」

「そのロケなら…………」

 と、ここで。

 カウンターの奥から、ひとりの男性が出てくる。

「確かに、猫目石の雑誌取材だよ」

 その男性は、どことなく高校生くらいの年齢に見えた。ただ、まとっている雰囲気は店とともに年月を過したかのように老成している。七分袖のシャツにチノパンという少しかちっとした格好で、上からエプロンを着ている。エプロンは紫色で、白い雪の結晶の模様がワンポイントで入っていた。

 失念していたけれど、わたしたちはまだ喫茶店のマスターを見ていない。てっきり老人がこの店を切り盛りしているものだと思っていたけれど、彼がこの店のマスターだろうか。

「でもあいつの取材は朝早くの話だ。少し前に猫目石はここを出て行ったよ。入れ違いになったな」

 マスターらしいその男性はお盆を持っていて、アイスコーヒーなどのグラスを片付け始めた。

「随分なれなれしく呼ぶんだな」

 こちらに歩み寄りながら、狼滝くんが指摘する。

「マスター、猫目石瓦礫の知り合いか?」

「ちょっとね」

 口元に笑みを浮かべて、マスターは答える。その笑みはどことなく苦くて、あまりポジティブな様子ではなさそうだった。

「あと俺はマスターじゃないよ。今日はマスターが別件で立て込んでいてね、俺は代理だ」

 ついでに、わたしたちの誤解も訂正される。

「俺は雪宮紫郎といって、すぐ近くの上等高校に通ってる。今日は学校が創立記念日で休みになっているんだ。君たちと違ってサボりじゃない」

 言いながら、てきぱきとした手際でグラスや皿を片付けていく。

マスター代理の雪宮さんがシチューライスの皿に手をつけたとき、その動きを梅子が制する。

「待って。これは食べる」

「え?」

 雪宮さんは動きを止め、じっと梅子の方を見た。どういうわけか、彼は太陽でも見るように目を細めている。

「これから別の所でロケだろう? 別に無理して食べる必要はないんだよ?」

「そうじゃなくて、これ、ちょっと気になるからもう少し食べる」

 梅子の方は有無を言わさない口調である。昔から強情だから、こうと決めるとなかなか折れない。それにしても、なんでそんなにシチューライスが気になるんだろう。

「そうかい? じゃあ、別に構わないけれど」

 それだけ言って、雪宮さんは他の料理を片付けてカウンターの奥に戻っていく。それを見送ってから、梅子はスプーンで料理をすくって口に運ぶ。

「それにしても『神の舌』なんて大仰だよね。梅子が昔から舌が繊細だったのは確かにそうなんだけど……」

「そうなのか?」

 わたしに近づいてきて、狼滝くんが聞いてくる。

「うん。料理を作るとき少しでも変わったことすると、すぐに気づくんだよね。塩の分量をちょっと変えても分かっちゃうし。醤油切らしているの忘れてて使おうとして、大さじ三のところを大さじ二くらいしか入れられなかったときもすぐにばれちゃって」

「そんな小さな差でもか」

「大さじ一杯は大差でしょ。普通分かる」

 料理を頬張りながら、梅子は呟く。

「あたしが『神の舌』なんて呼ばれるようになったのも、馬鹿らしいバラエティの企画でさ。天才料理人とかいう人が自分の舌の繊細さを自慢してて、五つある水の入ったコップの中に、ひとつだけ、スポイトで一滴醤油を垂らしたものがあって、それを当てるなんてことしてたんだよね。あんまりにも馬鹿らしくて、それくらい誰だって分かるって言って実際に当ててやったら、どういうわけかあたしが『神の舌』になっちゃった。誰でもできるって言ったあたしの話なんて誰も聞かないんだから」

 その料理人はとんだとばっちりだ。ゲストの子役に面罵されたあげく『神の舌』の肩書まで持っていかれたんだから。

「おかげで仕事は増えたけど、あたしがしたいのはこんなロケじゃないの。子役って俳優よは、い、ゆ、う。演技するのが仕事なのになんでバラエティで馬鹿の一つ覚えみたいに『おいしー』なんて連呼しないといけないわけ? それも演技のひとつかもしれないけど、方向性がまるで違うでしょ」

 わたしは注目されるだけ全然すごいと思うけれど、どうやら梅子は今の待遇に不満があるらしい。マネージャーとか、事務所の人はどういうプロデュースで彼女を売っているのか少し気になる…………。

 と、考えたところで、ふと思いつく。

「ねえ、そういえばお母さんは?」

「お母さん?」

「そう。梅子のお母さんは? 梅子がロケしてるんだから、てっきり近くにいるんだと思ってたんだけど……」

「ああ」

 梅子は溜息を吐いて、スプーンを置く。

「ママは今、たぶん外で打ち合わせでもしてるんじゃない? あたしのマネージャーしてるから」

「マネージャー?」

 ちょっと驚いた。お母さんはけっこうズボラというイメージがあったし、わたしと一緒にいた頃は定職についていなかったから、そんなマネージメント業ができるなんて知らなかった。

「会えるかな?」

「会ってどうするの?」

「それは…………」

 ひとつ、聞かなければならないことがある。

 わたしは基本的に、一度別れたお母さんとは再会できていない。梅子が言ったように、向こうでは縁を切っているという認識だから、わたしが仮に住所を知っていて会いに行っても会ってはくれない。そもそも梅子たちの場合は連絡先も住所も知らなかった。

 わたしはできればたまに会いたいとは思っている。一時期にしろ、何人もいた人の一人にしろ、お母さんたちはお母さんたちでそれぞれに大事な人たちだ。縁を切られるというのは、少し悲しい。

 ただ、梅子のお母さんの場合は少し事情が違って、もうちょっと積極的に再会する糸口を探していたのだ。どうしても聞いておかなければならないことがあったから。

 でも、その聞かなければならないことというのは、あまり梅子とは関係がない。いや、実際は大いに関係があるのだけど、こればっかりは関係あると言ってしまうと梅子が困るだけだろうから、梅子は関係ないということにしている。

 だから会ってどうするかと聞かれて、答えに窮した。

「お母さんだから、だよ」

 結局、わたしの答えは嘘でも本当でもない曖昧なところに着地する。

「お母さんに会いたいって思うのは普通でしょ?」

「普通じゃない」

 梅子には一蹴されてしまう。

「だって、ママはあんたのママじゃないでしょ?」

「わたしのお母さんだよ?」

「血が繋がってないって言ってんの」

「血が繋がってなくても、だよ」

 ここまでくると価値観の相違だ。すり合わせは出来ない。別にそれでも構わないことだし。

「だから、会えるならお母さんに…………」

「――――梅子っ!」

 突然、大きな声が喫茶店に響く。声がしたのは店の入口の方からだった。

 わたしは振り返って、入り口を見る。カウンターで撮影をしていた人たちも何事かと振り返って、雪宮さんもカウンター奥からひょっこり顔を覗かせた。

 店の入口に立っていたのは、赤いスーツ姿の女性だ。赤いネイルとグロスが特徴的な、どこまでも赤い人。

「ママ…………」

「お母さん!」

 梅子とわたしは同時に叫んだ。

 お母さんは、梅子からわたしに視線を移す。親子そっくりの、クシャクシャにした不機嫌そうな表情を顔に浮かべながら。

「久しぶり。元気だった?」

「なれなれしくしないで!」

 大声で返されて、思わず肩がびくりと震えた。

「芽里乃、なんであんたがここにいるの? あんたとは縁を切ったでしょう!」

「お母さん、今日は偶然で…………」

「お母さんなんて呼ばないで。私はあんたの母じゃない」

「分かった。分かりました。梅代さん」

 わたしは仕方なく、お母さんの名前を呼んだ。

「今日はまったくの偶然で……。別の用で来たら梅子がロケしてただけで、特に他意はないんです」

「うるさいっ! いいから出てって! 梅子から離れなさい。この疫病神!」

 こちらの話を聞いてくれる気配ではない。でも、それが逆にわたしを焦らせる。たぶん、この機会を逃せば永遠に、聞きたいことは聞けなくなるだろうという予感がした。

「梅子も、早くして。さっさとここを出ましょう。次のロケ場所まで行かないと」

「ママ」

 梅代さんの激昂に比して、梅子は冷静だった。

「次のロケ場所は歩いてすぐでしょ? それにまだ映像確認とかで時間もかかる。早く行き過ぎても先方に迷惑がかかるだけじゃない?」

「それは…………」

「ママはここから離れたいだけでしょ? だったら一人で行ってれば? あたしは後で向かうから」

「……………………」

 梅子の言葉に無言で答えて、梅代さんはまたわたしの方を睨みつけた。でも、反論する気はなかったのか、溜息を吐くとそのままくるり反転して店を出て行こうとする。

「あのっ!」

 慌てて、わたしは梅代さんの背中に声をかける。わたしの声は無視すると決めたのか、彼女は動きを止めることなく店を出ようとする。

 もう一声、止めるために必要だった。

「代乃は…………」

 焦ってしまった。だから、もっとデリケートな話題なのに、みんなのいる前で言ってしまった。言ってしまって、しまったと思ったけれど、もう止められなくて、言葉を繋いだ。

「代乃は、たぶん寂しがってます。お母さんに…………梅代さんに、置いていかれたから」

「……………………」

 自分で言った言葉の重さに耐えられなくて、つい顔を下げてしまう。

「だからその、えっと……。引き取ってほしいってわけじゃないですけど、せめて、会ってくれませんか。代乃に」

 彼女たちが家を出るときに置いてけぼりにした、もう一人の娘に、会ってほしかった。

 代乃は、お父さんと梅代さんの間に生まれた子どもだ。それがどうして、梅代さんが離婚するときに引き取らなかったのかは分からない。梅代さんが連れて行ったのは、結婚するときにつれていた梅子だけだ。

 連れて行かなかった理由は分からないけれど、推測はできた。たぶん、お父さんと血が繋がっているからだろうと。お父さんを指して「汚らわしい血だ」と、そう悪罵しているのを聞いたこともあったから。

 あるいは、単にお父さんのことを思い出してしまうから。だから梅子は連れて行っても、結婚生活中に産まれた代乃は連れて行かなかったのかなとも思う。

 でもそうやって考えれば考えるほど、隘路に陥っていく。だって、代乃がお母さんに置いていかれた理由は、想像すればするだけ、同じく実の母に置いていかれたわたしにも跳ね返ってくるから。

 ただひたすらに苦しい。

 だからせめて、会ってほしかった。代乃に会って、一言でも何か話してくれれば、わたしも同時に救われるような気がした。

 何より、置いていかれた代乃があまりにも可哀そうで。

「だから…………」

 わたしがもう一度顔を上げると、目の前に赤色がいっぱいに広がっていた。それが梅代さんのスーツで、彼女が眼前に迫っていたと気づいたときには、左頬に強い衝撃が走っていて、体のバランスを崩してその場に倒れてしまう。

 思いっきり頬をはたかれたのだと理解するのにそう時間はかからなかった。

「ママっ!」

 梅子が叫ぶ。

「代乃は…………あの子はっ」

 絞り出すように、梅代さんが言う。

「私たちには関係ない!」

 涙で滲む視界の端で、赤いものが徐々に遠ざかっていくのが見えた。

「大丈夫か?」

 後ろから、抱え上げられる。振り向くと、カウンターから雪宮さんが出てきていた。

「ええ、はい」

 腕を取られながら、なんとか立ち上がる。頭のクラクラは、徐々に落ち着いていく。

「慣れているので」

「それはそれでどうかと思うんだが…………」

 ふうっと息を吐く。

 結局、こうなってしまったか。

「びっくりしたなあ、まったく。乱暴だ」

 ひょっこりと、狼滝くんが顔を覗かせた。

「あんなヒステリックなのはちょっと見たことないぜ?」

「仕方ないよ。繊細なところに触れちゃったし」

 スカートの埃を払う。まだぶたれたところがジンジンと痛む。

「代乃………………」

 梅子が、口の中でその名前を反芻する。

「お姉ちゃんがママに会いたいって言ってたの、代乃のためだったの?」

「うん…………。代乃はたぶん、ほとんどお母さんのことも梅子のことも覚えていないと思うけど…………」

 なにせ、代乃が生まれて、それから二歳になる頃に二人は出て行った。四歳の頃に出て行った実の母をわたしが覚えていないなら、当時二歳の代乃が二人のことを覚えているとは到底思えない。でも、代乃は時々今のお母さんを見て寂しそうな目をするときがある。たぶん、どこかで自分が置いていかれたことは気づいているのかもしれない。

 気になるのは梅子の反応で、さっきまでの邪険な反応が僅かに鈍っているように思われた、代乃のことを話題に出したからだろうか。

「………………ママはああ言ったけど」

 ぐっと椅子の背もたれに体を預けながら、ぽつぽつと梅子が話す。

「あたしは、代乃がこのままで良いとは思ってない。たぶん、ママも同じことは考えてると思う」

「それじゃあ…………」

「でも忌々しいのも事実。あんなクソオヤジと血が繋がってると思うと、引き取りたくないって思う気持ちも分かるでしょ?」

 それは、分からない。わたしには代乃も、大事な家族で忌々しいなんて思ったことは……。

「例えば」

 わたしの無言を受け取って、彼女は言葉をさらに繋いだ。

「あんたは血が繋がってないのにあたしのお姉ちゃん面するでしょ。だったら、逆もあるんじゃない?」

「逆?」

「実の娘でも、母親として接する事ができない。血が繋がっていなくても家族になれるってことは、裏返せば血が繋がってても家族になれないこともあるって思わない?」

 裏返し。方向性はまるで逆でも、やっていることは同じ。

 血の繋がりを二の次にしているという意味では、まったく同じだ。

「それは………………」

「でも」

 と、そこで梅子は言葉を返す。

「あたしがママに、代乃を引き取るように説得してもいい」

「えっ?」

 思わずぐっと、テーブルを乗り越えるようにして顔を梅子の方へ近づけた。

「本当?」

「このままで良いとは思ってないし。もちろん、すぐに説得できるわけでもないし説得が上手くいく保証なんてどこにもないけど…………」

 わたしの肩を掴んで、ぐいっと梅子はわたしを押し下げた。

「それから、ひとつだけ条件がある」

「条件? なに?」

「それは…………」

 彼女の視線が落ちる。わたしもつられて、彼女の視線を追った。

 その先にあるのは、テーブルに並べられていて、未だに片づけられていない料理。

 あの例の、シチューライスだ。

「カレー…………」

「カレー?」

 え、これカレーなの?

「お姉ちゃんが昔、よく作ってたカレー。あれの隠し味が知りたい」

「う、ん……………………?」

 思わず、喉から声が出る。

 それは、無理難題だから。

 わたしはカレーに、隠し味を使った覚えなんてないから。

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