第43話 スク水の女神

 悶々とした気持ちのまま日曜日がやってきた。


 あのあと、何度も土下座をしてストリップ続行を頼んだが、ムリだった。だが、どちらにせよ今日を迎えれば見られる。なめまわすように見てやるのだ。


 集合時間は朝十時だ。


 嬉しすぎて学校に着いたのは朝九時だった。

 毎日この気持ちなら遅刻せずに済むのだが。


 門を進み、西側に移動するとプールと更衣室の建物が見えてくる。やはり、まだ誰も来ていない。


 ――そうだ、鍵を先にもらい、女子更衣室に入りたい。


 不埒な考えを抱きながら職員室を目指した。


 扉をくぐると、誰の姿もない。

 教師と言えど日曜日には出勤していないようだ。

 生徒の居ない学校で良からぬことをしているのかと思ったのだが。以前の旅館カップルのように。


 諦めて出ようとすると、廊下から千鶴先生が入ってきた。


「あら、佐伯くん。あっ、生徒会のプール掃除ね。私もやるのよ」

「えっ!?」


 千鶴先生も、という棚ぼたを突然知り、俄然やる気に燃える。

 先生はスク水ではないはずだ。一体、どんな水着を着て作業をするのだろうか。

 ハイテンションボーイ、ここにあり。


「でも、まだ一時間もあるわよ? 鍵わたそうか?」

「はいっ。いただきますっ」

「ちょっと待ってて」


 鍵を取りに行く先生。ワクワクが止まらない。


「はいコレ」

「ありがとうございます。先に行ってきます」

「はいはい」


 駆け足でプールに向かう。

 柵の鍵を開け、中に入る。


「うわあ、清々しいなあ……。って汚っ」


 一年間放置されていたプールはヘドロまみれだった。この学校には水泳部がないからだ。

 こんな様子では相当手間がかかりそうだ。甘く見過ぎていた。


 一気に疲れを感じ、それを癒す為に更衣室の鍵を開ける。


「まずは男子更衣室に入ってみよう」


 男子と書かれた扉を開けて中を見る。


「汚っ。それに臭っ」


 男というものはなんと悲惨な生き物だろうか。かく言う俺も男だが。

 こんな所一秒たりとも居たくない。


 急いで部屋を出て、隣の部屋に向かう。

 女子と書かれたその扉。

 普段は絶対に男子が入ることは許されない聖域。一体どんな所なのだろうか。


 一度も踏み入れたことのない場所への希望を胸に扉を開ける。

 だが、見た目は大して変わらなかった。


「えっ、女の花園がこの汚さっ。何故だっ」


 一年経った今では匂いなども残されてはいなかった。絶句した。

 期待は一瞬にして崩れ去った。


「しかし、このロッカーのどれかに潜めば着替えを丸覗きなのでは?」


 また不埒な考えが脳裏をよぎる。

 だが、よく考えるととても危険だ。どのロッカーを開けるか分からないから。

 もし、俺が潜むロッカーを発見されたら刑務所行きになる。

 悔しいが、やめておく事にした。


「えっ!? 何故こちらに……」


 振り返ると、早めに来た月乃さんが失神寸前だ。


「いやっ、違うんだっ。鍵を先にもらったから開けておこうと思って」

「いやいや、入る必要は無いですよね? け、警察に……」


 部屋の隅で座り込み、震える手でスマホを取り出している。あの番号を押すつもりだ。


「頼むっ、月乃さんっ。見逃して欲しいっ。女子の更衣室がどんな感じなのか興味が沸いたんだっ」

「……それで、感想は?」

「あんまり男子と変わらなかった」

「そうですよ。男子は女子に夢を見過ぎです」

「ははは、そうだね」


 また扉が開く。


「か、和哉……。月乃と二人で何してるんだ……?」


 鏡花だった。


「違うんだっ。かくかくしかじかなんだっ」

「はぁ、何をやってるんだっ。私だから良かったものの雅が早く来ていたらどうするつもりだったんだ」

「ははは、本当だね」


 三人で笑い合った。


「私がなんだってー」


 雅が鏡花の肩を叩き、笑顔で部屋の中を見る。

 真っ直ぐ前を見て、俺と視線が合う。


「きゃあああああああああっ! 変態っ!」

「待つんだっ、雅っ。まだ誰も脱いでないじゃないかっ」

「いいやっ、アンタの事だから私たちが来る前にロッカーに忍ぶつもりだったんでしょ!」

「えっ、どうしてそれを……」

「……」


 三人の視線が俺に浴びせられる。夏だというのに肌寒い。


「いぃぃぃやぁぁぁぁあああああああああ!」


 雅の叫び声だけが鳴り響いていた。




 その後、男子更衣室で水着に着替えて外に出ると、まだ誰も出てきていない。


 一人待つ中、


「お待たせ、和哉」


 鏡花が出てきた。

 水着姿の鏡花は運動が出来ますと言わんばかりの体格だ。格好良い。


 うしろから三人もやってきた。

 月乃さんと美優は予想通りの体形。

 美優は俺が外に出てから女子更衣室に来たらしく、今日はじめて会う。


 だが、一人だけタオルを纏った美少女が。


「雅っ。往生際が悪いぞっ。タオルを取らないかっ」

「アンタがいるから取りたくないのよ」

「そんな……」


 少し雲行きが怪しくなってきた。このままでは見ずまま終わってしまう。


「あら、みんな早いわね」


 千鶴先生の声が聞こえたが、お構いなしに叫んだ。


「雅っ。この前のストリップショーでも途中でやめたじゃないかっ。俺のは見た癖にっ」

「えっ!?」


 俺以外の全員が驚きの声をあげている。

 雅の焦り顔を見るに、皆から見られているようだ。


「ちょっと、あなた達っ。学生なのに家で何をしているのっ」

「せ、先生違いますっ。お互いに水着姿を見せ合おうってことになって」

「いや雅、それもたいがいだぞ?」


 鏡花が指摘する。


「か、和哉が言い出したのよっ。私はこれっぽっちも」

「いいや、雅。俺のを見ていた時は指の間から覗いていたし、雅が制服のボタンを外している時、雅は口元を緩ませていたっ」

「ちょ、アンタ、後で覚えてなさいよっ」


 争う二人を止めるため、鏡花が言う。


「だが、その恰好では作業が出来ないだろ? 私たちもみんな見せてるんだから」


 周りの姿を確認して、ようやく観念したようだ。


「……分かったわよ。取るわよ」

「ちょっと待って」

「何よっ、アンタっ。まだ文句あるのっ」

「途中で逃げたペナルティーを与えるっ」


 ストリップショーで味わった悔しさ。俺はご褒美が欲しかった。


「一応、聞いてあげるわ」

「俺がこの場で正座する。そして、俺の目の前で取って欲しい」

「はあ!? そんなこと……」


 周りの優しい友人たちが、『やってあげなさい』という目を雅に向けてくれている。


「はぁ、分かったわよ」

「ホントかっ」


 言ったは良いが、内心ドキドキだ。


 前からドンドン雅が近付いてくる。

 心臓が爆発しちゃう。


 目と鼻の先で雅が立ち止まる。本当に間近だ。


「ここで良い?」

「ああ」

「取るけど、絶対に触ったりしないでよ?」

「ああ、見るだけ」

「……よだれを拭いて」

「ご、ごめん」

「じゃ、じゃあ、いくから」


 大きいタオルの中央に両手を伸ばす。ご開帳してくれるようだ。

 ごくり。


「――ッ!」


 タオルを取り、あらわになった水着姿は神かと思えるほど美しかった。


「……」

「ねえ、何か言いなさいよ。どうなの?」

「う、美しい……ぐすん」

「ちょっと何で泣いてんのよっ」

「俺の前に女神が。女神が迎えに来たんだ」

「はあ!?」


 先生が割り込んでくる。


「ねえ、感動のシーンで悪いんだけど、時間が……」

「あっ」


 ふたりだけの世界に入り過ぎていた。

 皆は作業に入っている。

 俺たちも先生からモップを渡される。


「す、すみません。つい」

「まあ、仲良い事は良い事だわ。頑張って掃除してね」

「はい」


 先生も作業に入った。

 というより、先生が着ているのはジャージ。そんな馬鹿な。いいや、恐らく中に水着を着ているはずだ。あとで濡らしてやろう、そんなことを考えていた。


「じゃあ、私たちも――」

「雅っ」

「えっ、なに?」

「世界で一番綺麗だった。見せてくれてありがとう」

「なっ!……どういたしましてっ」


 真っ赤になりながら作業に加わっていった雅。俺も後に続いた。


「なあ、和哉。そっちぃやりぃや」

「美優っ、一番汚れている所を譲るなっ」

「せや、ゲーム持って来てんけど、したらあかん?」

「ダメだっ。水に濡れて壊れても知らんぞ?」

「防水のヤツ持ってきてん」

「お前な」


 喧嘩をする俺たちに鏡花が割って入る。


「ほら、和哉。このホースで流してくれ」

「よし、分かったっ」


 俺は股の間からホースを器用に出し、放水し始める。


「美優っ。くらえっ。放尿バスターっ」

「汚っ。やめぇやぁ」

「ほれほれ~」

「きゃっ!」


 調子に乗っていると、月乃さんにかかってしまった。俺の放尿が。


「ご、ごめんなさい。大丈夫?」

「え、ええ、何とか。あのぉ、眼鏡を……」


 水圧で飛ばされた眼鏡を必死に探している。まるでの○太くんのように。


「月乃さん、そっちじゃないよ」

「えっ、こっちですか?」

「――ッ!」


 視力を失った月乃さんが俺の足を触っている。あの男性恐怖症の月乃さんが。

 皆、その姿を驚愕の様子で観察している。


「ち、違うよ。もっと右だよ」


 足とは違う所にある眼鏡の位置を示す。


「あっ、ありました。どうも」


 スク水姿の月乃さんがアヒル座りで俺の股間の方を向いている。そのまま眼鏡を掛ける。


「――ッ!」


 視界を取り戻した月乃さんが一瞬で気を失った。


「月乃さーーーーんっ!」


 俺の叫び声が轟いていた。

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