第44話 ストリップショーふたたび

 無事、意識を取り戻した月乃さんは千鶴先生に介抱され、椅子に座っている。


「そういえば先生は水着じゃないんですか?」


 気になったので尋ねてみる。


「ああ、私は着てないわよ。毎年、生徒会のメンバーと生徒たちがやってくれているから」

「そうですか……」


 折角、ムチムチスタイルを拝めると思っていたのに。だが、着ていないとすると、放尿バスターをお見舞いすれば下着が透けるのでは、と考えていた。


「佐伯くん、絶対にかけないでね。かけたら成績落とすわよ?」

「くっ」


 教師の特権を乱用された。ただでさえ悪い成績。これ以上落ちようものなら留年もあり得る。渋々、作戦は諦めることにした。


「ふぅ、疲れてきたなぁ。みんな、いったん休憩にしよう」


 鏡花が皆に指示をする。

 その指示を受け、プールから上がり、ベンチへと腰を下ろす。

 周りを見渡すと、向こうの方で美優と月乃さんと先生が固まっているのが見える。鞄に入れて持ってきたのか、美優がゲームをプレイし、その様子をふたりが見ているといった状況だ。というより、先生はそれを許しているというのか。俺の放尿バスターは許さないのに。


 そして、こちらは雅と鏡花、そして俺の三人が固まっている。


「いやあ、思っていた以上に大変だね。男だけど疲れてきたよ」

「和哉はもっと運動する必要があるな」

「いや、スポーツは苦手なんだ。それに部活に入ると雅との時間が減るしね」


 隣の雅にそう告げる。


「あら、良いわよ? 私は減っても」

「そうして俺との時間が減り、オモチャとの時間が増えるんだ」

「バカっ!」

「オモチャってなんだ?」


 生真面目な生徒会長が尋ねてくる。


「いや、俺より雅の方が詳しいはずだよ?」

「ちょ、アンタ……。いや、電源を入れて走らせるオモチャなのよ。私ったらそんな物で遊んで子供みたいだわ、ははは」

「電源を入れると振動するんだ」

「そうそう振動、ってバカっ」


 終始タジタジの説明だったが、鏡花が気付くことはなく、難を逃れた。




 その後、大掃除後半戦は進み、全てのヘドロは消え失せた。


「終わったわね。綺麗になったじゃない。つるっつるだわぁ」

「いやいや、雅のお肌の方がつるっつるだよ?」

「うるさいわねっ」

「あっ、剃り残しがっ」

「えっ!?」

「うそ~~」

「バカっ、待ちなさいっ」


 走って逃げると雅が追いかけてくる。青春ラブコメのようだ。


「ねえ、あなた達もう付き合ったら?」


 呆れ顔で千鶴先生が告げる。


「そうなんですよ。まだまだって雅が焦らしプレイをするんです」

「そんなこと無いわっ」

「えっ、じゃあ、付き合ってくれるの?」

「もうちょっと待ちなさいよっ」

「は~ぃ……」


 焦らし過ぎる雅にテンションは下がりっぱなしだった。




 その後、プールに水を張り、一番プールに入れることになった。


「じゃあ、みんなで準備体操をしましょう」


 先生が前で見本を見せ、それを俺たちが真似る。皆が横並びになっているため、大きく手を回すと右隣の雅と当たる。


「ちょっと、もっと小さく回しなさいよ」

「ごめん」


 ジャンプをする体操の時、横を見ると雅の胸がちょっと揺れている。


「もうっ、見ないでっ」

「ごめん」


 そんな体操の最中、雅の足元に黒光りが現れた。大掃除のあとだから出てきたのだろう。カサコソと雅の足元に近付いている。


「雅、足に」

「えっ、なによ?――ッ! きゃあああああああああ!」


 慌てふためく雅は逃げ道を無くし、うしろのプールに飛び込んだ。


「へっへーーん。ここまで来れば平気よ」


 プールの真ん中の方まで軽やかに泳ぐ。


「ちょっとぉーー、鈴城さんっ。体操しないと危ないわよぉーー」

「大丈夫――ッ!」


 突然、ジタバタし始め、もがき始めた。


「あっ、水が冷たすぎて足がつったんだわっ」

「な、なんだって! 雅、今行くぞっ」


 先生の推測を信じ、俺は勢いよくプールに飛び込み、中央の雅の元へ泳いでいく。あまり泳ぎは得意ではないので時間がかかった。


「か、和哉……たす……けて」


 何とか間に合い、プールの中で雅をお姫様抱っこする。


「大丈夫かっ」

「あああああぁぁぁ、怖かった、怖かったのぉぉ」


 普段、強がりな雅が俺の首元に手を回し、泣いていた。死ぬ思いだったのだろう。


「雅、俺が必ず守る。これからもずっと」

「和哉ぁ」


 ふたりの世界に入っていた俺たちは、さながらトレンディドラマの主役のようだ。俺の顔は今、レオ様のようであったはずだ。


「雅、誓いのキッスを」

「えっ、今ぁ」


 いつもよりも気が緩んでいるため、許してくれそうだ。今なら、


「ちょっとーーー、大丈夫なのーーー」


 遠くから先生の声がする。またしても邪魔をするというのか。


「えっ、ちょっと」


 周りの様子に気付き、雅が冷静になり始めている。駄目だ、このままではすかされてしまう。ガッと行かねば。


「雅、早くキッスを」

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁああああああああ!」

「イタっ!」


 キスするどころか激しいビンタをお見舞いされるのだった。助けたというのにこの仕打ち。

 足のつりが治ったのか、ひとりで颯爽と泳いで行ってしまった。




 その後、皆でプールを満喫し終え、更衣室に戻る。戻りかけた時、


「和哉、ちょっと残って」

「えっ」


 それだけ伝え、雅が走って行った。皆が帰った後に何かするということなのか。

 ドキドキした気持ちのまま制服に着替える。

 着替え終えて外に出ると、雅以外のメンバーが帰っていく姿が見えた。生徒会はこのあとも用事があるらしいし、美優はゲームがしたかったのだろう。恐らく、女子更衣室には雅しかいない。ゆっくりと向かっていった。

 女子と書かれた扉をノックする。


「雅、いるのか?」

「入って」


 少し遅れて返答があった。その言葉を受け、扉を開ける。すると、制服姿の雅が見えた。


「さっきのってどういう意味? 着替えたんだし、もう帰ろ?」

「ちょっとそこ座って」


 訳が分からず、置かれた青のベンチに腰を下ろす。


「どうしたんだ?」

「さっきはごめんね。助けてくれたのに」


 下を向いてモジモジしている。可愛い。


「なんだ、そんなこと。いつも言ってるだろ? 恥ずかしがって怒ってることくらい分かってるって」

「お礼……したいの」

「えっ」


 ふたりきりのお礼ってキッスか。頭がおかしくなってきていた。


「あの続き、見たい?」

「続きって?」

「ストリップショー」

「えっ!?」


 まさかのお礼だった。俺がお預けにされたことを気にしていると思って。


「見たいっ」

「分かった。言っとくけど、この下は水着だから」

「えっ、まだ着替えてなかったの?」

「これしようと思ったから」

「雅……」


 家で見たように制服の上着のボタンを外していく。先程見たはずなのに何故かドキドキする。

 上着は脱がれ、スカートだけの姿になる。


「凄く綺麗だよ」

「ありがと。じゃあ、下も」


 スカートのファスナーを下げ、するりとスカートが落ちる。全身水着姿の雅が目に映る。


「最高だよ」

「まだ……だから」

「えっ」

「これはさっき見たでしょ?」


 ということは水着を全部脱ぐのか。生まれたままの姿を見せるというのか。あまりの予想外の出来事に失神寸前になってきた。


「ぜ、全裸になるの?」

「ち、違うわよ。……触らせてあげる。どこでも良いわ……一回だけ」

「えっ!?」


 それは胸でも股でもということか。だが、急に提案されても迷い過ぎる。触りたいのは全部なのだから。一ヵ所だけと言われても。


「ほら、早く」


 恥ずかしいのか、とても急かしてくる。


「……分かった。決まったよ」

「じゃあ、どうぞ?」

「目を瞑ってくれないか?」

「えっ!?」


 見られながら触るのはこちらも辛い。


「……分かった」


 素直に目を閉じてくれた。


「じゃあ、行くよ?」

「ええ」


 お互いの鼓動が聞こえてくるようだ。大きく横に手を広げている雅の体に手を伸ばす。決めたその場所に向かって。


「あぁっ!」


 俺が触ったのは脇。


「ど、どうしてそんなとこ……」

「布の上からじゃなくて直に雅の温もりを感じたかったから。それに脇って貴重だよ? 服を着てる時は触れない場所だから」

「そう。アンタが納得してるんだったらそれで良いわ」

「けど、もう一ヵ所良い?」

「ダメに決まってんでしょーがっ」

「ははは、やっぱり」


 素晴らしいプール掃除だった。でもそれは、雅が居たからだろう。俺は雅の居る所ならどこでも素晴らしいんだ。


 こうして俺と雅の高校三年の春は過ぎていった。

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