第41話 雅と永遠の愛を誓って

 トイレから帰ってきた俺に美優が声をかけてくる。


「どないやった?」

「ああ、トイレをしていたようだ」

「そっか。事故とかやのーて良かったな」

「そうだな。けど、中でコツコツという音がしていたんだがな」

「んっ? コツコツ?」


 腕を組み、考え事をしているようだ。だが、何か閃いたようでいたずらっ子のような表情を浮かべている。余計なことをしないと良いのだが。


 ようやく雅がトイレから出てきた。


「ごめん、遅くなって」

「雅ぃ~、何してたん?」

「えっ、別にぃ。ただのトイレよ」

「ふーん。ほなコレは?」


 そう言って美優は雅が左手に持っていたスマホを取り上げる。


「あっ! 返して!」

「ちょっくら拝借」

「ちょ、やめなさいよっ!――あっ!」


 神社の境内は玉砂利が敷き詰められているため、足場が不安定である。そのため、雅はつまづき、膝を打つ。


「いったぁ~!」

「雅! 大丈夫か! おいっ! 美優、何をしているんだっ!」

「いやいや、さっき言うてたコツコツの正体を調べてんねん」

「なんだって! 分かったのか?」

「もうちょっとや。で、雅の誕生日は?」

「えっと、確か一月十日だったかな」

「ほうほう」


 美優がスマホを弄っている。


「ちょ、やめなさいっ! その番号は!」

「あっ、ロック解除~」

「ちょっとぉーー! ホントに怒るわよっ!」

「やっぱり! こーんなこと調べてたんやな。スマホをタップする時、爪が当たるとコツコツ言うんや」

「くっ!」


 そのコツコツだったのか。しかし、何を調べていたというのだ。


「美優、何を調べていたんだ?」

「いや、和哉には言わんとこ」

「な、なぜだ!」

「雅が可哀想やから」

「意味が分からん」


 そのまま雅にスマホは返された。


「なんで言わなかったの?」

「言うたやん。雅が可哀想やからって」

「……ありがと」

「へへ。ほな行こか」


 結局、何のことか分からぬままグループワークに戻る事になった。俺は気になって全然集中できないのだが。


 境内の奥まで行くと、拝殿が見える。厳かな雰囲気だ。

 拝殿の前には説明の立て札があった。


「なになに。昔、絶対に結ばれる事のない男女が神の力によって愛を深め、結ばれた。素晴らしい!」

「ただの迷信じゃないの?」

「だが、ここを見るんだ。愛を深め、と書いてある。つまり、この拝殿、もしくは本殿の中で、ナニをしたということになる。素晴らしい!」

「……罰当たるんじゃないの?」

「いやいや、神の力によって、ということだから、きっと神もそのくんずほぐれつを見てウハウハだったことだろう」

「……さ、さあ行きましょ」


 雅が拝殿の方へと歩いて行く。近くに祈祷所があり、御祈祷の受付をしているようだ。ココで赤い糸を頂くらしい。


「よしっ! 御祈祷しよう!」

「だからしないって言ったでしょ!」

「そんな……。折角、ここまで来たのに」

「ふんっ!」


 頑固な雅は譲らない。すると、後ろから美優が、


「ほな、うちと御祈祷してもらおーや?」

「えっ!?」


 また腕組みしてくる美優。先程言っていた作戦なのだろうが、胸が当たる。俺も男なのだぞ。


「ちょっと待ちなさいよ!」

「えっ、雅はせーへんのやろ?」

「けど……」

「ココで御祈祷したら結婚確定らしいで。みんな、お礼参りするんやて」

「……」


 美優に促され、祈祷所の中に入る。巫女さんが対応してくれた。


「縁結びの御祈祷ですか?」

「はいっ! 一本くーださい」

「少々お待ち下さい」


 巫女さんが奥から赤い糸を取ってくるのだろう。後ろを見ると、腕組みしている俺たちを鬼の形相で雅が見ている。このままでは逆効果だ。嫌われてしまう。


「なあ、美優。やっぱやめ――」

「(もうちょい我慢や)」

「(えっ)」

「(もうちょいで落ちるで)」

「(ホントか?)」


 こんなことで頑固な雅が落ちるだろうか。

 待っていると巫女さんが戻ってきた。


「これが赤糸になります。これをお互いの小指に巻き、永遠の愛を願いながら御祈祷をお受け下さい」

「は~い」


 巫女さんから赤い糸を受け取った俺たちは拝殿へと移動する。その時、


「ホントにするの?」


 雅が冷たく言い放つ。


「せや。和哉と愛を誓うんや」

「和哉は? それで良いの?」

「えっ、俺は……」

「(合わせーや)」

「美優とする!」

「――ッ!」


 俺の言葉を聞いてすぐ、雅の体は震え、左手で右腕を押さえている。


「う、裏切るんだっ!」

「で、でも、雅は俺とはしたくないって」

「だったら、他の子としようってこと?」

「……そうさ」

「えっ」

「全く叶わない相手を追うより、良いかなって」

「……」


 最悪な修羅場。居たたまれなくなる。そんな空気、お構いなしに、


「さ~和哉。左手の小指に巻いて~。うちは右手に~」

「あ、ああ」


 俺と美優はお互いの小指に赤い糸を巻き始める。とその時、


「そんなのイヤっ!」

「――ッ!」


 突然、雅が割って入り、赤い糸は奪われた。


「なにするん、雅? うちらの愛を邪魔するん?」

「……私がする」

「えっ?」

「私が和哉とするっ!」


 そう言って少し涙を浮かべながら自分の右手小指に赤い糸を巻き始める雅。


「でも雅。御祈祷したら絶対結婚だって」

「私は信じてないからっ! 信じてないけど一応やるのっ! 今までのカップルが結婚してても初めての破談だってあり得るだろうし」

「そ、そんな」

「良いからっ! アンタも早く巻いて!」

「えっ、うん」


 不安なことばかりだが、俺も左手小指に赤い糸を巻きつけた。


「じゃあ、御祈祷してもらってくるよ」

「ほいほーい。うちは外で待ってるわ。ちゃんと受けてきーや」


 手を振って俺と雅を送り出してくれた。やはり作戦の上で動いてくれていたようだ。美優のおかげで御祈祷できることに、俺は心から感謝していた。


 拝殿に入ると、御祈祷してもらう客は俺たちしかいなかった。


「静かな部屋だね」

「そうね。なんか神秘的」


 待っていると、奥から神主が現れる。こちらにお辞儀をされたので、お辞儀をし返した。


「それではこれより、縁結びの儀を執り行います。頭をお下げください」


 そう言われ、頭を下げると、お払い棒でシャンシャンされる。厄が取り払われている気がする。


「それでは祝詞をあげますので、永遠の愛を心の中で御唱え下さい」


 俺は目を瞑り、雅との永遠の愛を誓った。左横を見てみると、雅も両眼を閉じ、必死に何かを考えているようだった。まあ、永遠の愛は誓っていないだろうが。


 十五分ほどの御祈祷は終わった。付けていた赤糸を外し、お納めする。

 その代わりの物として赤糸のレプリカを一本ずつ渡された。大事な物に巻いておくとご利益があるそうだ。


 その後、拝殿から二人そろって出る。


「どうやった?」

「ああ、良い気分だった」

「そっか。良かったなぁ」


 ニコッとしてくれた美優。本当はとても純粋な人間なのかもしれない、そう感じた。


「雅も良かったやんか」

「べ、別にぃ。和哉がどうしてもっていうからやってあげただけよ」

「素直やないなぁ。さっき、スマホで縁結びの――」

「あーーーーーー! ちょっとっ! 言わない約束でしょ!」

「そやった。ごめん。忘れてた」

「ったく。お願いよ?」

「ほーい。ナイショやな」


 ふたりがコソコソ話をしている。何の話かは知らないが、とにかく結婚が確約されるらしい御祈祷を雅と受けられたことで俺の胸はいっぱいだった。こんな幸せなことがあるだろうか。神様、必ずご利益を与えて下さいよ。


「ところでグループワークは?」

「そうだった。全然調べてない。説明の立て札や境内の雰囲気などをメモしておかないと」

「そうね。じゃあ、三人で手分けしてメモしてきましょ」

「おーーー!」


 雅の案に従うように、三人はバラバラになり、それぞれが赤糸神社について調べるのだった。


 暫くして再度集まると、かなりの収穫があった。


「これならレポート書けそうね。良かったわあ」

「うちも助かったわ。一人やったら課題出来ひんかったし。ふたりに感謝してるで」

「ふふ。途中はいざこざあったけど、私もまあまあ楽しかったわ」

「雅はもっと素直にならんとな」

「なによ~」

「にゃははは」


 ふたりがじゃれ合っているのを見ると、犬猿の仲は解除されたことがわかる。俺たちはまた一人、良い友達に恵まれたらしい。

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