第40話 雅と赤い糸を結ぶため

 グループワークをする日曜日がやってきた。

 待ち合わせ場所はいつも通り駅前。午前十時集合としている。


 雅と一緒に向かおうと考え、電話を掛けてみる。


「あっ、おはよう」

『おはよ。私、今日すっごく不安なんだけど』

「俺も同じ気持ちだよ。まあでも、悪い子じゃなさそうだし」

『そうなんだけど……ゲームがね』

「災いしてるね」

『ええ……』


 美優のゲームオタクっぷりには手が焼ける。確かに、最近はユーチューバーなどの影響で、女性でもゲームをする時代になった。男子主流というのはすでに過去の話だ。だとしても、美優のプレイスタイルはガチ過ぎる。


 俺たちは不安だらけの中、ふたりで駅を目指すのだった。


 待ち合わせ時間の少し前に着いたが、美優の姿はまだ無い。


「あの子、ちゃんと来るんでしょうね?」

「信用はできないタイプだね」

「もっと早く行動して他の子を探すべきだったわ」

「まあまあ。もう少し待ってみよう」


 それから暫く。待ち合わせ時間から十分ほど過ぎた。


「ほら、やっぱり来ないじゃない」

「一度、電話してみるよ」


 腕を組んで怒っている雅。何とか宥め、美優に電話を掛けてみる。


「あっ、何してるんだ! グループワークは?」

『ごめんごめん。行こう思たら、緊急クエスト入ってん』

「はあ? なんだ、その緊急クエストっていうのは?」

『滅多に発生せえへんから、もうちょっと待ってて。終わったら家出るから』

「まだ家に居るのかっ! そんなものは今すぐやめて、早く来るんだっ!」

『あっ、やったー! 激レア素材落ちたぁ~』

「おいっ! 聞いてるのかっ! こっちのテンションも落ちているんだっ!」

『おっ、うまいこと言うねえ~』

「うるさいっ! 早く来いっ!」

『へ~いへい』


 そう言い残し、電話は切られた。


「どう? 来るの?」

「まだ家でゲームをしているようだ」

「帰りましょ」


 キレた雅が帰路に就く。


「いや、ちょっと待って。もう行くって言ってたから」

「ったく。アンタ以上の遅刻癖と知り合っちゃったじゃない」

「そうだね」


 それから十五分過ぎ、ようやく美優の姿を確認する。


「ちょっと、アンタ! 遅いのよっ!」

「ごめんごめん。怒らんといてや」

「こっちは三十分近くも待ってたんだから」

「ごめんて。可愛い顔が台無しやで?」

「うるさいっ!」


 やはり、このふたり相性は最悪だ。というより、美優と相性が良い人間を探す方が大変だろう。

 美優の私服姿は、黒のシャツにデニムの短パンと男の子っぽいものだ。雅の白ワンピとは全然違う。


「じゃあ、グループワーク始めるぞ」

「で、どこ行くん?」

「まだ決めてないが」


 そこから三人で悩んだ。古い場所と言われてもどこを調査すれば良いのやら。


「そうだ! 赤糸あかいと神社はどうだ?」

「あそこ、縁結びの神社やろ? ふたりで行ってきいや」

「俺だってふたりで行きたいさ。けど、行ってくれそうにないからグループワークにかこつけて、あわよくばを狙うのさ」

「……心の声、ダダ漏れてんで」


 赤糸神社とは、この地域で有名な縁結びの聖地だ。今までにも誘おうとしたが、内容を知っている雅に断り続けられている。ちょうど良いチャンスじゃないか。


「イヤよっ! 行かないから」

「雅。これはグループワークとして行くんだ。縁を結びに行くんじゃない」

「ホントに?」

「ああ。調べ終わったあとに、ついでにして帰ろう」

「さよなら」


 いつものように冷たい表情で歩いて行く雅。その背中に美優が投げかける。


「あれぇ~、ええんか? うち、和哉と縁結ぼっかなぁ~?」

「――ッ!」


 唐突な投げかけに雅の足が止まる。俺は美優の意図していることが分からない。美優は俺のことを好いているのか。


「あそこで縁結んだカップルは必ず結婚してるらしいで。うち、和哉で我慢したるわ」

「我慢せんで良いっ! 俺には雅が居る!」

「けど、可能性ゼロの相手追いかけるより、こっちの方が楽やろ?」

「なっ!」


 美優が俺の腕に自らの腕を絡ませてきた。振り返った雅はそのことに気づく。


「は、離れなさいよ!」

「けど、和哉も満更でもないんちゃう?」


 美優が胸を腕に押し当ててくる。あまり大きくはないが、柔らかい。


「なっ! やめなさいって言ってるでしょ!」

「あっ!」


 雅が割って入り、腕組みは解除された。


「……行くわよ」

「なんや?」

「私も赤糸神社に行くっ!」

「そっか。ほな、三人で行こか」


 なぜか雅も行ってくれることになり、俺たちは赤糸神社の調査をグループワークの成果として提出することに決めた。


 駅前から歩くこと二十分、赤糸神社に到着する。


「私、ここ来るの初めてだわ」

「俺もだ。良い思い出作ろう」

「バカっ! しないって言ってるでしょ!」

「ごめん」


 うしろで笑い声が聞こえる。


「ぷぷ、フラれてやんの」

「な、なにをっ!」


 美優の様子を見ると、家でゲームをひと段落させたからなのか、今はゲームをしようとしない。そのまま鳥居をくぐろうとするので、


「ちょっと待て! 手水舎で手を洗え!」

「なんそれ?」

「手を清めるんだ。しないと罰が当たるぞ」

「ほーい」


 俺たちは手水舎に集まる。父さんと母さんが厳格であるため、神社の作法には詳しくなった。


「アンタ、作法に詳しいのね」

「親から教わったからね」

「良いご両親ね」

「もうすぐ雅の両親にもなるんだ」

「ばかっ! それはないわ!」


 手を清め終わり、鳥居の前で一礼してから中に入る。中はそれほど広い神社ではないが、歴史は深い。そして、縁結びの力も深い。なんとしても雅と結ばなければ。


「ごめん、ちょっとトイレ」

「えっ、今度は雅の聖水で手を清めるのかい?」

「バカっ!」


 雅がトイレに行ったため、初めて美優とふたりきりになる。境内を右往左往しながら眺める美優に、先程の疑問を投げかけた。


「お前、俺のこと好きなのか?」

「はあ!? そんなわけあるか!」

「でも、さっき」

「ああ、あれ。ああでもせんと、雅来いひんやん」

「じゃあ、わざと」

「せや。ちゃんと縁結ぶんやでぇ~、このこの」


 肘で俺の胸をツンツンしてくる。性悪かと思っていたが、根はとても良いヤツのようだ。案外、三人目に美優を選んで良かったのかもしれない、そう感じていた。


「だが、縁を結ぶには祈祷所で渡される赤い糸をお互いの小指に巻き付け、御祈祷してもらわなければならない。ハードルが高すぎる」

「まっ、うちが何とかしたるわ」

「ホントかっ!」

「その代わり、頼みがあんねん」


 急に真剣な表情になる美優。掴みどころのないタイプのため、何を頼んでくるか分からない。相当怖いが、雅との縁結びに気持ちは傾き、


「……わかった。言ってみろ」

「来週、新作ゲームが出るんやけど、人気作やから一日前の夜から並ばなあかんねん。買って来てくれへん?」

「そ、そんなことか。お安い御用だ」

「ほんま! やったぁーー! おおきにぃ~」


 意外と普通の頼み事だった。安堵したのも束の間、


「それにしても雅、遅いな。トイレって、まさか大か!」

「それ、女子の前でぜーったい言うたらあかんで」

「えっ、美優でも気にするか?」

「ちょい、うちをどんな女や思てんねん。誰かて恥ずかしいわ」

「そうか。言わないでおこう」

「そーし」


 それでも雅は戻ってこない。


「ちょっと遅すぎる。俺、見てくる!」

「ええけど、覗かんときやぁー」

「分かってる!」


 その場に美優を残し、俺はトイレを目指した。


 トイレに入ると、誰の気配も感じない。歴史を感じるトイレだ。おそらくウォシュレットなど付いていないだろう。

 そんな中、一番奥の扉だけが閉められている。某有名な花子さんも一番奥じゃなかっただろうか。

 俺は恐怖を感じながら扉の前に移動する。すると、中からコツコツという音が聞こえる。


 ――やはり誰かいる。これは何の音だ?


 意を決して、扉を三度ノックしてみる。だが、返事はない。俺は震える声でこう聞いてみた。


「花子さんいらっしゃいますか?」

「――ッ!」


 ドンという音と共に扉が僅かばかり振動する。やはり、花子さんだと死を覚悟した時、


「和哉?」

「えっ、雅なのか?」

「ちょっと! なんで女子トイレにアンタがいるのよっ! 出てって変態っ!」

「いや、遅いから心配になって見に来たんだっ! また閉じ込められたのか!」

「違うわよっ! もう出るから先行ってて」

「わ、わかったよ」


 花子さんではなく、雅さんだった。俺はその事を確認して女子トイレを後にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る