第30話 雅にキスを求めると
自室に戻って時計を見ると正午。
朝から色々なことがあったので、とても一日が長く感じられる。
両親は休日だというのに病院の仕事に向かったようだ。医師というものは本当に忙しいらしい。俺にはとても無理だと感じた。
ちょうど両親不在のため、雅に電話を掛けてみる。
『なに?』
「あっ、雅。今日時間ある?」
『あるけど、なによ?』
「こっちに来ないか?」
『さよなら』
「ちょっと待ってっ。変なことしないから。ちょうど両親が居ないんだ」
『すっごく矛盾してるじゃないっ』
「いやいや、二人きりだからって何もしないよ」
『ホントに?……まあ、やることなかったし、良いわよ』
「やった。じゃあ、待ってるよ」
『はいはい』
雅が来てくれることになった。隣同士とは本当に便利だ。
雅には何もしないと言ったのだが、ある良案が俺の中にはあった。この日のために用意したあるものだ。
俺は雅が来る前に準備を整え、万全の態勢で雅を待つ。
玄関ベルが鳴り、俺は出迎える。扉を開けて、
「やあ、待ってたよ」
「ねえ、なにか暇つぶすものでもあるの?」
「うん。良いものがあるんだ。さあ、上がって」
俺に促されて靴を脱いで上がる雅。怪しむ表情ではあったが。
自室に入り、キョロキョロと辺りを見渡す雅。
「なんにもないじゃない」
「コレだよ」
俺が見せたのは韓国ドラマのDVD。以前ダビングしておいた恋愛ドラマだ。
「わあ、コレ見たかったのよ。すっごく感動するらしいのよ」
「そうらしいね。俺も見たことないから一緒に見よう」
「ええ。アンタにしては上出来じゃない」
「どういたしまして」
だがしかし、これには巧妙な罠が仕組まれている。孔明の罠ならぬ、淫乱の罠が。
「じゃあ、スタートするよ」
「ええ。楽しみだわぁ」
パソコンに映像が映し出される。自室にテレビはないため、DVD関連は全てパソコンで視聴している。今、ふたり並んで椅子に座って見ている。
「しんみりした始まりねぇ。こういう恋愛がしてみたいわぁ」
家事の間に休憩している主婦のようなことを言っている。
今現在は確かに韓国ドラマが流れている。だが、このDVDには二つの作品がつなげて録画されている。もう一つは激しい本番エロ動画だ。ちょうど再生時間十一分十一秒の所で切り替わるように設定されている。
作戦はこうだ。九分ほど経った所で、雅だけを残して俺が腹痛でトイレに行く。腹痛のため処理に時間がかかることにして十五分ほど経ってから戻る。そっと扉を開け、中の雅がどうしているかを確認してみる、というものだ。我ながら素晴らしいアイデアだ。
普段、隠す雅でも一人きりなら見てしまうかもしれない。停止を押したタイミングで再生時間が止まるので、十一分十一秒付近で止まっていれば見ていない。だが、時間がかなり経過していた場合はガン見、というわけだ。
「あっ、この主役の俳優かっこいい。こんな人と結婚したい」
俺の隣でとんでもなく失礼なことを述べる雅。今に見ておれ。
そうこうしていると、再生時間九分のタイミングが到来する。俺の俳優魂に火をつける。
「あっ、いたたっ」
「えっ、どうしたの?」
「ちょっと……お腹が痛い。……トイレに行ってくるから見てて」
「大丈夫? 止めとこうか?」
「いや、良いよ。……あとで見られるから」
「じゃあ、堪能させてもらうわね」
「……うん」
俺は腹を抑えながら部屋を出る。ふふ、存分に堪能するがいい。
一階に下り、念のためトイレに籠る。
そこからちょうど十五分が過ぎた。今頃、パソコンがハッスルしている頃だろう。雅は見るのか、見ないのか。胸のワクワクが収まらない。
そろりそろりと自室に向かう。そして扉の前にしゃがむ。イヤホンなしで流していたため、音漏れするはずだが、音が漏れてこない。やはり恥ずかしさのあまり停止させたのか。
少し残念に思いながらそろーっと扉を少しだけ開けてみる。すると、パソコン画面を食い入るように見る雅の姿が。
――あらっ、あの恥ずかしがり屋のミヤビ姫が目に焼き付けておじゃる。
それを確認して扉をいったん閉め、作戦がバレないように扉をノックしてから中に入る。
「いやあ、お腹が痛すぎて大変だったよ」
「へっ、あ、ホント? だ、大丈夫で良かったわね」
明らかに動揺している。当然、すぐに停止ボタンを押したようだ。確認すれば、再生時間は三十分辺りになっていることだろう。約二十分、堪能していたことが分かる。
「あっ、止めといてくれたの?」
「えっ!? ええ、そうよ」
「じゃあ、再生してみよう」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って」
「えっ、なに?」
雅がマウスを取り上げる。ワイヤレスのため、どこへでも持ち運べる。
「韓国ドラマを見るんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ、マウスを貸して」
「……できない」
「なんで?」
真っ赤な顔で下を向いている。少し罪悪感はあるものの雅の真実を解き明かす為なのだ。許して欲しい。
――だが、甘いな雅。キーボードでも操作できるんだ!
「じゃあ、キーボードで再生するよ」
「あっ、や、やめてっ!」
雅がキーボードの上に体を乗せる。キーボードの上にお胸が乗っている。俺はその時、キーボードになりたいと本気で思った。
「何をしているんだ! 韓国ドラマを見よう!」
「ホント、待って! お願い!」
「……仕方ないなぁ」
「ふう」
雅が安堵したのも束の間、
「と見せかけてっ」
俺はキーボードのキーを押しかける。
「イヤっ、やめてっ!」
だが、雅が俺の左腕を思いっきり引っ張り抵抗する。その拍子に雅がつまづき、俺たちはベッドに倒れ込んだ。雅が下、俺が上、という向き合った伝統的な構図で。
「はっ!」
雅は赤面太郎と化し、口をあわあわさせている。俺は静かな口調で尋ねる。
「雅、エロ動画を見たんだね?」
「アンタ、知ってて……。サイテー」
「ねえ、どうだった?」
「知らないっ」
暫くその体勢のまま時間が過ぎる。
「早くのいてっ」
しびれを切らした雅が両手で俺の胸を押し返す。力はそれほど強くない。嫌がっているようではなさそうだ。それを確認して俺は賭けに出る。
「雅、キスして良い?」
「はあ!? ムリよ」
「ダメなの?」
「……ダメ」
やはり、それほど嫌そうな感じを受けないため、もう一押ししてみる。
「雅と思い出、つくりたいんだ」
「――ッ!」
俺の目を見て固まる雅。すると、驚いたことに黙って目を閉じた。それは、して良い、ということなのか。
「し、して良いの?」
「……」
なんの返事もない。閉じた目はぎゅーっと厳しく閉じられている。強張り無理をしているかのように。また悩む。ここで唇を奪って良いのか。
考えていても埒が明かないため、俺は覚悟を決め、雅の顔に近づいた。そして、
「ちゅ」
「――ッ!」
俺がキスをしてすぐ、雅は目を開け、俺を見た。
「な、なんで……」
不思議そうな顔をする雅。それもそのはず。俺がキスをしたのは唇じゃない。おでこだったから。
「また無理してそうだったから。今日のところはおでこちゃんとチュッチュしておいたよ」
「……」
俺は雅から体を離し、ベッドからおりた。雅はおでこに手を当てて、暫く横になったままでいた。
「唇にした方が良かった?」
「そ、そんなわけないでしょ。あーー、助かったぁ、唇奪われなくて。私、ファーストキスだったし」
「俺もだ。ファーストキスはもっと濃厚な関係になってからにしよう」
「しないわよっ」
そう言って起き上がり、ベッドに座る雅。
「しかしまあ、ヒッドイ仕掛けだったわね」
「ふふ。でも、見たのは雅だよ?」
「まあね。私の負けね」
「興味はあるんだね」
「べ、別にぃぃーー」
「俺たちもいずれああいうことする時が来るのかなぁ?」
「ないでしょ」
「未来は分からないさ」
「……」
希望はある。雅が完全に俺を受け入れてくれた時、本当の意味で一つになるんだ。
「あーー、汚なっ。消毒するから帰るわ」
「酷いぞ雅」
「ふふ、じゃあねーー」
そう言い残し、雅は隣家に帰って行った。温泉旅行に続き、また良い思い出が増えるのだった。
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