第28話 初めての手つなぎ
それから時間は過ぎ、皆が寝る時間となった。千鶴先生が、
「ご飯も食べてお風呂も入ったし、もう寝ましょう。さあ、みんな布団を敷いて」
だが、ここでひと悶着。雅が不服そうに、
「先生、和哉の隣はみんな嫌がると思いまーす」
「そ、そんな」
俺は絶句した。フィアンセにそこまで言われるとは。
「仕方ないわね。じゃあ、佐伯くんは一番端で、その隣に私が寝るわ」
「えっ」
先生の隣というのも悪くはない。あわよくば、間近くで巨乳を拝めるかもしれない。浴衣だからチラ見えもあるかもしれない。そんなことに夢を膨らませていた。
結果として、窓際から順に、俺、千鶴先生、鏡花、月乃さん、雅という並びが出来あがった。なぜ、雅と一番離れてしまうのか。とても辛い。
そんなことを言っていても仕方がないため、横になる。先生の胸も気になったが、長い一日の疲れから強烈な睡魔が訪れる。俺は秒で就寝してしまった。
――ッ!
目覚めると、まだ外は暗く、朝を迎えていない。尿意を感じた俺はトイレに向かうことにした。一番端の寝床のため、皆を避けて行かなければならない。とても面倒な話だ。千鶴先生、鏡花、月乃さん、皆よく寝ている。とても可愛い寝顔だ。写真に収めたかったが、持って来てはいなかった。
ふと、一番端の布団に目をやると、その主が不在だった。雅は一体どこへ行ったのだろう。俺はトイレに行くことも忘れ、雅を探すことにした。
暗がりの通路を歩くと、中庭を見渡せる場所にひとりの浴衣姿の美少女が見える。雅だ。
「雅、なにしてるの?」
「えっ、ああ、アンタか」
だが、そこでデジャヴを感じる。のぼせたあとに見た夢と同じ景色。この流れだと、このあと露出プレイが。
すっくと立ちあがり、雅がこちらを振り向く。
「い、いけない! 露出プレイは!」
「はあ!? バカじゃないの! それより見て」
「えっ」
雅が天を指差すと、そこには満月が輝いていた。とても大きく見えた。
「うわあ、すごいな。大きい」
「でしょ? なかなか寝つけなかったから散歩してたの。そしたら、見つけたのよ」
「都会じゃなかなか見られないね」
「そうねぇ」
とてもロマンチックな光景だ。すかさず俺は提案してみる。
「なあ、混浴に行かないか?」
「はあ!?」
「今なら真夜中だから誰もいない」
「絶対イヤ!」
「タオルを巻いて入ればいい」
「イヤよ! もしタオルが取れたら大惨事じゃない」
このままでは断られてしまう、と感じた俺は、
「じゃあ、俺先に行ってるから! 必ず来てね!」
「あっ! ちょっとぉーー」
混浴場がある場所まで走っていく。いつも期待に応えてくれる雅なら必ず来てくれると信じて。
だが、混浴場の前に到着してから早十五分。一向に雅は現れない。そのまま部屋に帰って寝てしまったのだろうか。俺も戻ろうとした時、向こうから人の気配を感じた。
「まだ待ってたんだぁ」
「遅いよ、雅」
「行く、なんて一言も言ってないわよ」
「そ、そうだね……」
俺は下を向き、悲しみをあらわにする。すると、
「混浴はムリだけど、足だけなら」
「えっ! それでも良いよ」
「ふふ、さっ、行くわよ」
陽気に雅は混浴場に入って行った。足だけでも混浴できる。純情な俺たちにはそれくらいがちょうど良い、そう思いながら俺も後を追った。
混浴場の中に入ると、隅の方で雅がひとりしゃがみ込んでいる。真っ赤な顔をして。
「ねえ、なにしてるの雅? 入らないの?」
無言で人差し指を浴場の方に向ける。意味が分からず、そろりと覗いてみると、今、まさに男女がくんずほぐれつしていた。
「(なっ! なんということだ! こんな夜更けにけしからん!)」
「(もう行きましょうよ?)」
「(でも、生の本番シーンなどなかなか)」
「(もう良いからっ)」
「(ちょっと待て。あのふたりどこかで……。あっ、受付に居た女性仲居と男性従業員じゃないのか?)」
「(うそっ!?)」
「(ははん。夜の接客というわけか)」
「(なに上手いこと言ってんのよ! さっ、早く!)」
雅に急かされ、混浴場を後にする。
「雅、良い所だったのにっ」
「あんなものずっと見てたらおかしくなるわ」
「ムラムラしちゃう?」
「バカっ、とにかく足湯の件は無かったことで」
そうだった。もう少しで足だけでも混浴できたというのに。あのふたりめ。許すまじ。
俺はしゃがみ込んでショックを受けている。せっかくの機会を逃したのだから。
「ほら、早く帰るわよ」
振り返ると、雅が手を差し伸べている。俺はその手を取り、立ち上がった。
しばらく握ったままにしておいた。
「ねえ、いつまで握ってんのよ」
「ごめん」
だが、初めて握ったその手を簡単に放したくなかった。
「だから、いつまで――」
「お願い。このまま部屋まで帰ってくれないか?」
「はあ!? ムリよっ」
「頼む! 部屋の近くで放すから」
「……部屋までだから」
「うん!」
雅が承諾してくれたので、部屋までだけの手つなぎデートが始まった。より感触を味わうため、にぎにぎしてみる。
「やっ、やめて気持ち悪い」
「雅の手、スベスベだね。こんなに触り心地の良いものがこの世にあったなんて」
「ふふ、おおげさね」
手をつなぎながら雅が笑ってくれた。元来た道を戻ったのでは最短ルートで到着してしまう。それを避けるため、途中で曲がる。
「ちょ、ちょっとぉ」
「ちょっとでも長くこうしていたいんだ」
「……しょうがないわねぇ」
歩きながらネットカフェでの一件について聞いてみた。
「ねえ、ネットカフェでやった乳首当てゲーム。アレ、ホントはどうだったの?」
「えっ!? 変なこと思い出さないでよ」
「ねえ、当たってたの?」
「……ギ、ギリギリよ。惜しかったわね」
「そっかぁ。いつか実際に見て位置を確認しないとね」
「そんなの見せないから」
そう言っているが、以前と比べると明らかに緩い言い方になっている。怒鳴る感じが鳴りを潜めている。
暫く歩くと、トイレの看板が目に入った。
「あっ、俺、トイレするために部屋を出たんだ」
「ふふ、今思い出したの?」
「ははは」
笑いながら歩いていると、トイレの中から鏡花が出てきた。こちらにすぐに気づき、
「あっ」
そう声を上げる。それもそのはず、今現在、俺と雅の手は繋がれているのだから。
「やっ、こ、これは違うのっ!」
そう言ってすぐさま手を払いのける雅。いつも助けてくれる鏡花だが、今回はタイミングが悪かった。
「ス、スマン。私はなにも見ていない。良いから続けてくれ」
「待って鏡花。私たちそんな仲じゃ……」
「そんな仲以外で手は繋がないぞ?」
「そんなことないわよ。ささ、鏡花も和哉と繋いでみて」
「えっ、私は」
雅に促され、俺と鏡花は手をつないだ。すぐさま鏡花が、
「うわっ! 和哉、手ベトベトだぞ?」
「えっ、そんなはずは……。これは雅の方の汗だよ。きっと、雅の手がおもらししたんだ」
ふたりで雅を見ると、
「な、なに言い出すのよ! 私じゃないからっ!」
「ちょっと良いか?」
「い、いや、鏡花、止めて!」
鏡花が雅の手を確認する。
「和哉以上にベトベトだな。そんなに緊張したのか?」
「――ッ! し、知らないっ!」
そう言って部屋まで走って行ってしまった。もうちょっと一緒に手をつないで居たかったのに。
「和哉、すまなかったな」
「鏡花のせいじゃないよ。それに、バーベキュー場でも沢山アシストしてくれたしね」
「お前たち、どっちも奥手だな。じれ恋ってヤツだな」
「そんな! 俺は奥手じゃないぞ。何度も好きだと直接言っている」
「けど、雅が許可しないとなんにもできないんじゃないのか?」
「た、確かに。鏡花には参ったね。なんでもお見通しだ」
「まあ、ラブコメアニメをよく見るからな。男女の心情についてはなんとなく、な」
「そっか。とにかく、今日はありがとう」
「どういたしまして」
帰り際、にこりとしながら俺の胸に軽くトンと手の甲を当てて鏡花は部屋に戻って行った。異性としてではなく、人としての格好良さを感じていた。
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