第27話 部屋に響く喘ぎ声
雅の最後の言葉がよく聞こえない。和哉と言ったのだろうか。イルカのような聴力があれば、と悔しさを感じていた。
このままではのぼせてしまう。そんな時、
「なあ、雅。和哉のこと、ホントはどう思っているんだ?」
鏡花がストレートな質問を雅にしている。好き、愛してる、と言ってくれるのだろうか。
「言いたくない」
――なんという焦らしプレイ。雅、早く言って楽になるんだ。
「恋する乙女の顔だぞ、雅」
「ち、違うわよっ!」
「ははは」
鏡花、もう一押し頼む。俺の親友としての力を見せてくれ。
と、その時、急に酷い眩暈に襲われる。
――ぐわっ! 気持ち悪い。し、昇天してしまうのかっ。
意識が遠のきそうになる中、近くで入浴していたオジサン達から声をかけられる。
「おいっ! 兄ちゃん! 大丈夫かっ!」
「は、はい……」
「おいっ! のぼせてっぞぉぉーーー! 誰か手伝え!」
「……」
そのままオジサン達に担ぎ運ばれる。全裸みこしだ。ワッショイ。
脱衣場で仰向けになる俺。オジサン達のご厚意でお股にタオルが乗せてある。ありがたや。
徐々に周りが騒がしくなる。女性仲居まで入ってきて、てんやわんやである。
――ああ、雅以外の女性に裸を見られちゃった。前は隠してあるけど。
ひとりの仲居から声をかけられる。
「お客様、大丈夫ですか?」
「なんとか……」
「どうしましょう……」
徐々に薄れゆく意識の中、かつて西館屋上に向かう際に思ったことと同じことを考えていた。
――ああ、最期は女の子の、いや、雅のお胸に包まれながら迎えたかったな。
その時、
「アンタ! なにやってんのよっ」
マイハニーの声が聞こえた。
「あのっ、この人どうしたんですか?」
「おお、俺たちと一緒に風呂に入ってたみてえだが、のぼせちまったようだな」
「バカね! なにやってんのよっ」
「お嬢ちゃんたち、この兄ちゃんと同部屋かい?」
「そうですけど」
「よしっ! 俺たちが部屋まで運ぶから案内してくれ」
「わ、わかりました!」
最後の力を振り絞り、俺は雅に訴えた。
「み、みやび……」
「えっ、なに?」
「お、お胸を俺の顔に……」
「いぃぃやぁぁああああ! 変態っ!」
雅の叫び声の中、俺は意識を失った。
――ッ!
目が覚めると、そこは旅館の通路だった。
――暗いな。夜か。なんでこんなところに? 風呂で倒れたと思ったんだけど。
不意にうしろから話しかけられる。
「和哉」
振り返ると、そこには浴衣姿の雅が立っていた。とても色っぽい。
「ああ、雅か」
「どうしたの?」
「いや、俺にも分からないんだ。風呂で倒れたはずなんだけど」
「なに言ってるのよ? お風呂なんて入ってなかったじゃない」
「へっ? そうだったかなぁ……」
「ねえ、そんなことより」
徐に浴衣の帯を緩め始める雅。
「な、なにをやっているんだっ」
「ここで、しよ?」
「そ、そんな。誰か来るかもしれないのに」
「良いじゃない」
どうなっているのだろう。雅が淫乱と化している。お酒でも飲んだのだろうか。こんな所でナニをする――すなわち、露出プレイに興じれば、逮捕は必至だろう。
「み、雅。どうかしてるよ?」
「なんでよ?」
「こんな雅……」
俺はため込んだ息を一気に吐き出すかのような大声で叫んだ。
「ただの淫乱娘じゃないかああああああああ!」
――あたっ!
バチンという強烈な音で目が覚める。
「アンタ、なんて夢見てんのよっ! 寝言がダダ漏れよっ!」
「えっ、雅」
辺りを見渡すと、泊まっている部屋にいるようだ。先程まで見ていた光景は夢だったらしい。そこで怒りが沸いてきた俺は、
「雅! なんでもうちょっと待ってくれなかったの!」
「へっ!?」
「もうちょっとで、廊下での本番だったのにっ!」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁあああああああ! サイッテーーーーーーーー!」
「イタッ!」
再び、バチンという音を立て、雅が平手で頬を叩く。鏡はないが、おそらく、俺の顔にはモミジちゃんが顔を覗かせていることだろう。
突然、鏡花から質問される。
「ところで和哉。なんでのぼせたんだ?」
「えっ、あ、いや、あまりに良いお湯だったもので」
「覗いたりしてないよな?」
「そ、そんなことは決して」
すぐさま雅が、
「怪しいわね。私たちの裸、見たの?」
「見てない見てない。仕切り板に隙間なんてなかったから」
「なんで仕切り板のことに詳しいのよっ」
「えっ、いやあ、なんでかなぁ」
「ったく」
何とか許しを得られたが、俺には不安なことが一つ。
「なあ、雅」
「なによ?」
「俺のきのこを見たのか?」
「はあ!? 見るわけないでしょ!」
「じゃあ、なんで俺は浴衣を着ているんだ?」
「オジサン達が着替えさせてくれたのよ。運んでくれたのもオジサン達」
「そうか。見られてないのか、良かった……」
それを聞いて上から目線で雅が言う。
「あらっ、アンタにも羞恥心ってものがあったのね」
「違うんだ」
「えっ?」
「俺は雅と初めて一つになる時に、見せようと決めているから」
「なっ!」
俺の言葉に、皆の視線が雅一点に集中する。それに気付いた雅は、
「あ、あ、アンタ! みんなの前でなんてこと言うのよっ!」
「ごめん……」
鏡花が嬉しそうに、
「早くその日が来ると良いな」
「鏡花っ!」
「す、すまん……」
鏡花まで怒られる羽目になってしまうのだった。
それから少し経ち、女性陣だけで話が盛り上がっている。所謂、女子会だ。俺だけのけ者状態。仕方なくひとり寂しくテレビを見ることにする。
だが、どのチャンネルを見ても暗いニュースばかりだ。気が晴れない。
そんな時、リモコン上部に面白いボタンを発見する。PAY1とPAY2と書かれたそのボタンは、俺に押してくれと投げかけているようだった。俺は意気揚々とそのPAY1ボタンをペイと押してみた。すると、
『あ~~~~~~んっ!』
とんでもない喘ぎ声が部屋中に響き渡る。俺は驚きでリモコンを手放してしまった。
「あ、アンタ、なんてもの見せるのよっ! 早く消して!」
「リ、リモコンが……」
「あっ、あった。コレよ。ど、どこ押すのよ?」
焦る雅。叫ぶ女優。
あまりの出来事に動揺した雅は、俺が押したボタンのその隣、PAY2ボタンをペイと押した。
『あ~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!』
先程以上に激しい本番シーンが流れてしまう。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁああああああああ!」
「雅、そんなに見たかったのかっ!」
「違うわよっ! 早く消してっ!」
「貸して! そりゃ」
電源ボタンを押し、テレビをまっくろくろすけに。ようやく静けさが到来した。
だが、俺の周りを皆が囲む。
「佐伯くん! なにやってるの!」
「す、すみません。押しなさい、と神が」
「もう! 佐伯くんがこんなトラブルメーカーだったとはね」
「へへ」
「褒めてませんよ?」
「すみません」
千鶴先生は意外と怖い一面を持っているな、と感じていた。鏡花が、
「和哉、アレを見ろ」
「えっ」
俺が視線を部屋の隅に向けると、月乃さんが三角座りでブルブルと震えている。
「ご、ごめんなさい!」
「うっうっ」
「悪気はなかったんです」
「さっきのです」
「えっ」
「さっきのが男性恐怖症になった原因です!」
その言葉を聞きつけ、皆が周りに集まる。雅が月乃さんに尋ねる。
「月乃。それってどういうこと? 私たちで良かったら聞かせてよ?」
「……あまり思い出したくないんですけど」
「みんないるから」
「……わかりました」
皆、円を描くように座り、月乃さんの話を聞いた。怪談話をする時のようなスタイルだ。
「私にはふたつ年上の兄がいるのですが、私が中学二年の頃、兄は友達と一緒に部屋で変な動画を見ていたんです」
「まあ、定番よね」
「音が隣から聞こえてくるだけでしたが」
それを聞いて、俺は自分の意見を述べる。
「そこは音バレしないためにイヤホンを着用すべきだった。お兄さんはエチケットに欠けている」
「アンタ、そこじゃないでしょうが」
「そうなのか?」
また月乃さんが話し始める。
「私はダビング用のDVDに教育番組を録画しておいたんです。ダビング用なので真っ白のDVDでした。それが、なぜか兄のDVDとすり替わってたんです。見た目が同じなので気づきませんでした」
「へえ。お兄さんが部屋に勝手に入ったのかしら?」
「たぶん。気づかずに再生したら、即さっきみたいなシーンが映って。性に関して無知だった私は……衝撃を受けました。まさか……あんなモノを……あんな所に、と」
「酷い災難だったわね。それから男が怖くなった、と」
「ええ」
悲しい過去を背負っているようだ。
「まあ、今すぐは無理でしょうけど、ゆっくり克服していきましょ? 私たちも協力するから」
雅の言葉に月乃さんが表情を緩め、
「ありがとうございます、雅さん」
和やかなムードの中、
「そうだ! 男を克服するには男が必要な時もある。いざという時のために連絡先を交換しておこう」
「えっ!?」
「さあ、月乃さん」
「……わかりました。どうぞ」
なぜかすんなりスマホを渡してくれた。なぜかは分からないが。ついでに千鶴先生も、ということで、
「先生の番号も良いですか?」
「えっ、私?」
「はい。いざという時のために」
「どんな時?」
「男が恋しくなった時とか」
「私たち、先生と生徒でしょ」
「そういう作品、色々あるじゃないですか」
「いけません! でもまあ、良いですよ」
「ホントですか!」
なぜか千鶴先生もすんなりスマホを渡してくれた。
ふたりの連絡先を登録し、これで五人登録したことになる。俺のアドレス帳が賑わってきた。喜びに浸る俺であった。
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