第25話 とんでもない棚ぼたが
皆の所に戻ると、すぐに鏡花が声を掛けてきた。
「二人共、遅かったな。何かしてたのか?」
「な、何もしてないわよ! 買い出しに行っただけよ」
「そうか。その割には顔が赤いが……」
「放っといて!」
雅が真実を語ろうとしない。ならば俺が、という気持ちで、
「いやあ、夫婦と間違われたんだ!」
「えっ!?」
三人が同時に声を上げる。皆、驚きの表情だ。
「い、いや、ちが。アンタ、紛らわしいこと言わないで!」
「本当の事だろう? あの女性店員は夫婦だと言っていた」
「違うっ! カップルだって言ったのよ!」
「じゃあ、夫婦には見えないまでもカップルには見えたという事になる」
「くっ!」
すかさず鏡花がアシストを施す。
「おめでとう。お似合いだよ」
「いやいやいや、止めて鏡花。私はこんな男……」
「ははは、ごめんごめん。さあ、食材をテーブルに置いてくれ」
俺達はテーブルに食材の入った袋を置く。雅はずっと下を向いたままだ。
千鶴先生が皆に指示を出す。
「それじゃあ、食材を切ってバーベキューを始めましょう」
「先生、俺料理できないんで、手本見せて下さい」
「えっ!? 私も出来ないんだけど……」
「えっ!?」
場がシーンと静まり返る。皆、キョトンとした表情だ。千鶴先生が焦りながら、
「な、何よ! 大人だったらみんな料理が出来るなんて思わないで」
「じゃあ、結婚後はどうするんですか?」
「家事が得意な旦那を貰えば良いのよ」
「……」
「何で黙るのよ。だ、誰か料理できないの?」
その言葉に手を上げたのは鏡花と月乃さん。という事は、
「雅、料理できないのか?」
「え、ええ。悪い?」
「いや、楓さんが上手だから、てっきり……」
「くっ! それ言われるのが一番腹立つのよ! ふんっ! アンタ、料理が上手な人と結婚すれば?」
「ダメだっ! 雅以外には考えられないっ! 俺は夜の相性が良ければそれで良い!」
言った傍から、周りが凍り付く。鏡花が震えた声で、
「ま、まさか、二人はもう……」
「ち、違うわよっ! まだ、してないわよ!」
「えっ! まだ、って……」
「はっ! い、言い間違えたのよ! こんな男とは絶対にしない!」
「じゃあ、夜の相性というのは?」
雅の代わりに俺が答える。
「この前、相性占いをやってみたんだ。そうしたら、夜の相性が百点だったんだ!」
「そ、そうか。おめでとう」
「ありがとう!」
真っ赤な顔の雅があたふたしながら、
「勝手に話を進めないで! あんな占いインチキよ!」
「インチキなどではない! きっと当たっている筈だ! それじゃあ今、試してみよう!」
「バカじゃないの!」
そんなやり取りを千鶴先生が遮る。
「ねえ、夫婦喧嘩は後にして。早くバーベキューしましょうよ」
「ふうふ!? 千鶴先生まで!」
「ふふふ、ごめんごめん。じゃあ、夏目さんと野々宮さん、お願いできる?」
二人は頷き、袋から食材を出した。調理道具は、手続きをした際に渡される。その道具を使い、器用な手つきで食材を切り分けていく。俺は月乃さんの背後に回り、
「へえ、良い手つきだ!」
「ひっ! は、離れて下さい!」
「――ッ!」
月乃さんは余りの動揺に、包丁をこちらに向けながらそう言った。
「止めるんだ! 月乃さん! このままでは火○サスペンスが始まってしまう!」
「す、すみません。取り乱しました」
「分かれば良いんだ。さあ奥さん、包丁をこっちに渡すんだ!」
「はい?」
すかさず雅が横槍を入れる。
「アンタは刑事かっ!」
「アタっ!」
肩を叩かれる。まるで夫婦漫才だ。二人でNS○でも目指してみようかな。
二人の活躍のおかげでバーベキューの準備はすべて整った。後は焼いていくだけだ。
野菜、肉の順番で焼いていく。どんどん焼きあがっていく。皆が自分の小皿に取り分ける中、
「雅、俺が取ってあげよう」
「えっ、ありがと」
「良いんだ。待ってて」
俺は格好良い所を見せる為、雅の小皿にブツを取る。それを雅に渡してあげた。
「なっ! 何よコレ!」
「どうしたんだい?」
「何でウインナーばっかりなのよ!」
「好きだろ?」
「ウインナーが好物なんて一言も言ってないわ!」
「さあ、テク子の様にやってごらん!」
「やっぱり! 止めて! あんな事できないっ!」
鏡花が不思議そうな顔で、
「テク子って何だ?」
「和哉が気に入ってる学校のウサギよ!」
「へえ、そんなウサギが居るのか」
千鶴先生が話に加わってくる。
「あのウサギ、私が選んできたのよ」
「えっ、どういう事ですか?」
「あの場所、前はガランとしてて寂しかったのよ。そしたら、ウサギ小屋を作ってみようって事になってね。最初の三匹をペットショップで買ってきたのよ」
「そうだったんですか! 千鶴先生、ありがとうございます!」
「え、ええ。そんなに気に入ったの?」
「はいっ! あのテク――」
俺の言った言葉を消す様に、
「あああああ! ストップ! 可愛いから好きなんですよ。ねっ! 和哉っ!」
俺だけにしか見えない所から怒りの表情を向けている。仕方なく、
「そ、そうです……」
そう答えるほか無かった。スマン、テク子。お前のテクニックを自慢できなくて。
バーベキューは楽しく進み、終盤へと差し掛かった。その時、千鶴先生が、
「ちょっと食べ疲れたから風に当たってくるわ。みんな、ゆっくりしてて」
そう言い残し、歩いて行ってしまった。更に、残された中の二人が、
「じゃあ、私と月乃も向こうの景色を見てこようかな」
そう言って歩いて行ってしまった。この場に取り残されたのは俺と雅だけ。
「ちょっとぉぉぉぉおおおおお! みんな、変な気を遣わないでっ!」
雅の言葉は誰の耳にも届かなかった。
「やっと二人になれたね」
「売店でもなったでしょうが!」
「雅はまだ食べられるかい? それなら俺のウイン――」
「キっ!」
「イタっ! 痛いよっ!」
怒り狂った雅を止める事は出来ない。激しく叩かれた。
落ち着きを取り戻した後、俺達はバーベキュー台から少し離れ、高台からの景色を眺めることにした。
「綺麗ねぇ」
「そうだね。でも、雅の方が綺麗だよ」
「……止めて」
「ふふふ。でも、始業式の頃を思い出すと、不思議で仕方ないよ」
「えっ」
「今まで一人も友達が出来なかった俺に、こんな沢山友達が出来るなんて。全部、雅のおかげだね」
「私は何もしてないわよ」
「そうかなぁ……」
「ほんの少しでも、アンタに良い所があるって事じゃない?」
「ほんの少しって。酷いよ、雅」
「ふふふ。私はその良さ、ちょっとは分かってきたつもりよ?」
「えっ、俺の良い所ってどこ?」
「なーーいしょ」
「そんなぁ……」
雅が教えてくれる事は無かった。良い所とは一体。夜のテクニックはまだ披露していないし。全く見当が付かない。
そうこうしていると、鏡花と月乃さんが戻ってきた。
「もうっ! 鏡花。気を遣わないでよ」
「ははは。でも、ゆっくり話が出来たんじゃないか?」
「まあ……」
「良かったな」
「……」
最後に合流したのは千鶴先生だった。
「みんな、どうしたの? もう食べ終わったの?」
「はい。って、先生っ!?」
全員千鶴先生の姿に驚愕している。服装ではなく、右手のブツに。俺は先生を問い質す。
「何?」
「せ、先生、それ……」
「ああ、コレ? ビールよ。帰り際に自動販売機を見掛けたから」
「ヤバいですよ! 飲酒運転になりますよ!」
「し、しまったっ! 車で来てたの、忘れてた!」
悲惨な状況だ。飲酒の量によっては丸一日は運転できないと聞く。どれ位飲んでいるのか把握する為に、
「先生、ちょっと貸して下さい」
「えっ」
千鶴先生からビールを取り上げると、思った以上に軽かった。半分以上は飲んでいる。これでは恐らく、明日まで運転する事は困難だろう。
「どうするんですか!」
「困ったわねぇ……。まあ、明日も休みだし、どこかで泊まりましょ? 私、お金持って来てるから」
「えーーーーーーーー!」
全員の叫び声が響き渡っていた。
だが、焦りはしたものの、よく考えてみると、これは最高のシチュエーションなのでは。『えっ! これって雅と初のお泊まりなんじゃないのぉーーー?』と心の中でウキウキワクワクしている自分がそこに居た。
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