第24話 雅とふたりで買い出しへ

 車は走り出し、一時間のドライブが始まった。俺は少し質問してみる。


「鏡花と野々宮さんは知り合って長いの?」

「ああ、高校入学してすぐに二人共生徒会に入ったから、それからの付き合いだな」

「へえ。生徒会って優秀な人しか入れないって聞くし、凄いね」

「そんな事ないさ」

「けど、鏡花は毎回主席じゃないか」

「まあ、一応な」

「保健体育なら主席なんだけどなぁ」


 俺の言葉に皆が冷める。雅が左隣から野次る。


「アンタ! 野々宮さんが居るんだから止めなさいよ!」

「あっ、ゴメン。野々宮さんも勉強できるの?」


 俺の問いに、


「い、一応、鏡花さんの次です」

「へえ、凄いね! 今度勉強教えてよ?」

「……ムリです」

「そっか。ところで、野々宮さんって呼ぶの他人行儀だから、月乃ちゃんって呼んで良い?」

「えっ!? や、止めて下さい!」

「そう? じゃあ、月乃にしようか?」

「もっとイヤです!」

「えーーー、じゃあ、何が良いの?」


 呼び名を考えていると、雅が言い出す。


「私達は月乃って呼ぶから、アンタだけ月乃さんって呼びなさいよ」

「えっ、何で俺だけそんな他人行儀な」

「ねえ、月乃は? それで良い?」


 黙ってコクリと野々宮さんが頷いた。


「分かったよ。じゃあ、月乃さんって事で」

「宜しくお願いします……」

「よろしく、月乃!」

「ひっ!」


 すぐにビクつかれ、


「だから止めなさいって言ってんでしょうが!」

「すみません」


 そうして俺だけ月乃さんと呼ぶ事に落ち着いた。何か物悲しい気が。


 それから暫く車を走らせていると、大きなトンネルに差し掛かった。すると、車に乗る前の会話を思い出した雅が、


「暗がりで絶対変な事しないでよ?」

「それはしてくれという事かい?」

「殴るわよっ!」

「ゴメン」


 結局、トンネルペロンタイムは出来ないまま過ぎてしまった。惜しい事をした。

 そんな中、小腹が空いてきたので、


「俺、お菓子を持ってきたから、みんなで食べよう」

「えっ、アンタ気が利くじゃない」

「そうだろ?」

「で、何を持ってきたの?」

「みんなが喜ぶものさ」


 そう言ってリュックの中から二つのお菓子を取り出した。


「ほら、ごらん! きのこの○と、たけのこの○だよ!」

「……」


 車の中が鎮まる。まさか、俺の思惑を見抜いているのでは。すると、鏡花と月乃さんが、


「わ、私はたけのこを貰うよ」

「わ、私も……」


 それに続き、雅も、


「私もたけのこ――」

「何を言っているんだ、雅! 雅はきのこだろ?」

「えっ、い、いや、私もたけのこ――」

「止めないか! きのこが可哀想だろ? さあ、俺のきのこをお食べ」

「やっぱり! アンタ、車から身投げしなさい!」

「そ、そんな殺生な……」


 そんな会話の中、運転席から声がする。


「ちょっとぉーー、佐伯くん。あなた以外、女の子しか居ないんだから下ネタ禁止よ!」

「そ、そんな! 千鶴先生まで。先生は大人なんだから好きでしょ?」

「えっ!? そ、そんな事は無いわよぉーー、ふふふ」


 何か怪しい。千鶴先生こそが正真正銘のビッチか。


「きのこの方はアンタが一人で食べなさい!」

「はい」


 きのこ大作戦は失敗に終わった。


 それから暫く走り、漸く目的地に辿り着いた。車から降り、羽を伸ばす。


「ああああ! 疲れたなぁ」

「そうね、車って狭いしね」

「でも、ここの空気、気持ち良いね」

「ねっ! 天気も良いし、最高よね」


 高台に作られたバーベキュー場から下の景色を二人で眺めていた。見終えて振り返ると、他の三人がニンマリしながらこちらを見ている。鏡花が、


「お二人、仲いいな」

「はっ! や、止めて鏡花! 私達そんな関係じゃ……」

「分かってるさ」

「待ってよぉーーー」


 先にバーベキュー場へと向かう三人を俺達は追いかける。


 暫く歩くと、開けた場所に出る。家族客が多く、かなりの人混みだ。空いているバーベキュー台を探すのに一苦労する。千鶴先生が、


「あっ! あそこが空いてるわ」


 その言葉を受け、皆でその台まで移動した。場所を取られない様に。無事に確保できた所で、千鶴先生が仕切る。


「それじゃあ、二班に分かれて準備をしましょう。買い出し班とバーベキュー台の準備班ね」


 千鶴先生は手続き等の用事があるらしい。つまり、必然的に二人二班に分かれる事になる。もう決まっているだろうに。


「じゃあ、俺は雅と――」

「わ、私、月乃とこっちするわ」

「バカを言うんじゃない! 雅、こっちに来ないか!」

「い、イヤよ! 何かされたら」

「こんな人混みでは何も出来ないだろ? 俺を信じろ!」

「……ホントに?」

「ああ! そういう事をする時は人気の無い所まで移動するさ」

「いぃぃやぁぁああ!」


 雅が月乃さんの背後に回り込む。俺が近付くと、


「ひっ! は、離れて下さい!」

「はい。すみません」


 俺は何故か月乃さんには頭が上がらない。すぐに謝ってしまう。鏡花が、


「じゃあ、私が和哉と買い出しに行こう」

「えっ!?」


 雅は突然の一言に驚き、声を出す。鏡花が続ける。


「ホントに良いんだな、雅?」

「えっ、な、なに言ってんのよ。鏡花が行きたいんなら行ってくれば?」

「なら、行こう和哉」


 そう言って俺を促す鏡花。歩き始めてすぐに、


「あーー、二人で買い出しなどに行ったら何かされるかもしれないな」


 そう言って鏡花が目で俺に合図を送る。その事を理解した俺は、


「そ、そうだな。雅にその気が無いなら、鏡花に乗り換えようかな?」

「えっ!?」


 また驚きの声を上げる雅。俺の言葉に明らかに動揺しているようだ。もう一押しだ。


「和哉、胸など触ったりするなよ?」

「いや、分からんな! 俺も男だからな」


 その会話を遮る様に、


「ちょ、ちょっと待って!」


 その雅の言葉に皆が静まる。鏡花が最後の締めに入る。


「どうしたんだ? 行きたくないんだろ?」

「……ぃく」

「えっ?」

「私が買い出しに行くっ!」


 雅の言葉を聞き、俺は天にも昇るような気持ちになる。鏡花は雅の肩をポンと叩き、


「それじゃあ、二人共よろしく」

「え、ええ」


 鏡花は頭が良い上に、人の心を察する能力にも長けている。流石、長年生徒会長をしているだけの事はある。鏡花のアシストによって、俺は雅と買い出し班になる事が出来た。雅が向こうに歩いて行ったのを見てから、鏡花に親指を立てて感謝を伝えた。鏡花も笑顔で親指を立て返してくれた。


 先に歩く雅に追いつき、


「ねえ、どうして一緒の班になってくれたの?」

「べ、別にぃ。鏡花がイヤそうに見えたから」

「鏡花は進んで行くと言っていたよ?」

「じゃあ何! アンタは鏡花の方が良かったの?」

「野暮だよ雅。いつも言ってるだろ? 雅を超える人なんて居ないって」

「――ッ!」


 今、雅の顔がまるで火を帯びているかの様だ。相当恥ずかしいらしい。


「さ、さあ、行くわよ!」

「うん!」


 俺達は食材が売られている売店を目指した。


 少し歩くと、そこはあった。かなりの人混みだ。

 このバーベキュー場はとても広い為、特別に食材販売所が設けられている。その為、家から食材を持参する必要がない。とても便利なのだが、皆、同じ事を考えている為、買う時は苦労すること請け合いだ。


「相当混んでるじゃない」

「雅、気を付けろよ! 人混みに紛れて誰かが触ってくるかもしれん」

「そんな事するのアンタだけでしょ」


 俺達は千鶴先生から渡されたメモを見ながら食材をカゴに入れていく。かなりの量だ。カゴを持つ手が辛くなってきた。だが、女の子に持たせるわけにはいかない。俺は必死に耐えた。

 レジに着くと女性店員が、


「これで全部ですか?」

「はい」

「コレ一つに纏めると相当重たくなるので、二つに分けましょうか?」

「いいえ! 全て俺が運びます!」

「そ、そうですか」


 不安そうな表情の店員に対して、


「私も持つので二つに分けて下さい」

「雅、そんな必要は無い! 俺が一人で――」

「私にも手伝わせてよ」

「――ッ!」


 あらっ、可愛い、俺はそう思った。雅が俺を助けようとしてくれている。その言葉を受けて女性店員が、


「それじゃあ、大きい方と小さい方を作りますね。彼女さんは小さい方を持ってあげて下さい」

「――ッ! わ、私彼女じゃないです!」

「えっ、そうなんですか?」


 雅が要らない事を言うので、すかさず、


「はい! この子は彼女じゃなくて妻なんですっ!」

「えっ!? お、お若いのに……」

「ええ、ヤル事は早いんですっ!」


 そんなやり取りに、


「ふざけないでっ! は、早く行くわよっ!」

「あっ、痛いよぉぉぉーーーー!」


 レジに作られた袋を二人で分けて持ち、雅に引っ張られて店を後にした。女性店員が苦笑いをしていた事が印象的だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る