第18話 触らせようとした理由

 美術部の場所が分からない為、鏡花に先導されながら向かう。部室等は主に建物四階に設置されている。例に漏れず、美術部も東館四階に存在していた。


 鏡花が扉をノックすると、中から女子生徒の声が聞こえる。


「どうぞ」


 それを聞き、鏡花が扉を開ける。


「――ッ!」


 中を見た瞬間、俺の頭は真っ白になる。雅との喧嘩の種を蒔いたロリビッチがそこに居た。


「くっ!」


 それを見た雅もとても嫌そうな顔をしている。

 そのロリビッチが鏡花に尋ねた。


「何か御用ですか?」

「ああ。この部の事で生徒会から通達がある」


 最初は動揺したが、落ち着いて見てみると、部員は二名。どちらも椅子に座り、絵を描いている。ロリビッチじゃない方の女子生徒もとても小さい子だった。こちらは一般的なロリ体系。茶色のショートヘアのクールな感じの子だ。

 今度はクールな子が鏡花に問う。


「何ですか?」

「言いにくいんだが、部を存続させるには四名以上の部員が必要だ。この部は現在二名だから、このままでは今月中に廃部となる」

「今月って、あと数日……」

「ああ」


 暗い空気が教室中を覆う。

 ロリビッチとクールな子が二人で話し始めた。


「最近、二人辞めちゃったからなぁ。仕方ないよ」

「……それで良いの?」


 残念そうにクールな子がそう呟いた。


「仕方ないよ。足りないんだもん。部活じゃなくても描けるよ」

「……」


 最悪な空気の中、俺はどうしても気になっていた事を尋ねた。


「ねえ、昨日の事なんだけど……」

「えっ、昨日? 電気屋さんでの事ですか?」

「そうさ」


 その言葉に、雅は俺の背後へと寄ってきた。鏡花は何の事だか分からないと言った表情だ。


「何でしょう?」

「……キミは、ビッチなのか?」

「はい……?」


 俺がその単語を口にすると、俺以外の四人全員が呆然としている。ここは極寒かと思う程だ。


「ちょ、アンタ、何を聞いてるのよ! そこじゃないでしょうが!」

「何で! ビッチかどうかが重要な所だろ?」

「違うわよっ! 何で胸を触らせようとしたのか、でしょ?」

「それがビッチという事だろ? 違うのか?」


 その言葉を聞き、クールな子が立ち上がり、一言。


「若菜。またやったの?」


 ――また、とはどういう事だ。やはり普段からヤリまくりという事なのか。世の全ての男が憧れる『どこでもヤル』なる女の子か! そんなひみつ道具がこの世に……。


「勘違いさせたならゴメンなさい。若菜は無知で天然なんです」

「へっ!?」


 俺と雅は同時に声を上げる。


「それって、どういう……」

「性に対して疎すぎるって事です。まあ、言ったら、小学生の心のまんま成長した高校生、みたいな」

「胸を触らせるというのは?」

「何が悪い事なのか、分かってないんです。中学の頃も同級生の男子に触らせてて、私が何度助けた事か。相手が喜んでるから嬉しいって言うんですよ」

「そ、そんな素晴らしい事が――アタっ!」


 言いかけた言葉を遮る様に、雅が俺の肩を叩く。


「それじゃあ、何。悪気は無いって事?」

「すみません。ほら、若菜も謝って」


 怒る雅に対し、頭を下げる二人。

 不思議そうな顔で旧ロリビッチが、


「ねえ、何で頭下げるの? みんな何で怒ってるの?」

「まさか、こんな子が世の中に居るなんて。ったく、仕方ないわね。許してあげるわ」

「良く分かりませんけど、ありがとうございます」


 雅の態度を見て、俺は嬉しくなり、


「俺の為に怒るなんて、雅は俺の彼女も同然だね」

「ば、バカじゃないの! 私達付き合ってないから!」


 雅の言葉を聞いて、鏡花が驚きながら、


「えっ、二人は付き合ってないのか?」

「鏡花までなに言ってるのよ?」

「余りに仲が良いからそうなのかとずっと思っていたが」

「違うわよっ! ただ、家が隣ってだけよ」

「えっ、家が隣同士なのか? 凄い偶然だな」

「ええ、最悪の偶然よ」

「まあ、でも、余り喧嘩するなよ?」

「……」


 話の趣旨がズレ始めている事に気付いた鏡花が話を戻す。


「兎に角、このままでは廃部になってしまう。どうする?」


 また教室は静まり返る。俺は何かの縁を感じ、


「俺と雅が入部したら存続できるのか?」

「ちょ、アンタ、私は入らないから!」


 俺の問いに鏡花が答える。


「ああ、部員が四名になれば存続可能だ」

「じゃあ、これも何かの縁だし、入部するよ」


 旧ロリビッチとクールな子がこちらをキラキラした目で見ている。

 鏡花が聞いてくる。


「良いのか、和哉?」

「ああ。幽霊部員とかでも良いんだよね?」

「それは構わないが……」


 幽霊部員なら帰宅部と変わらない。何の支障もない。あわよくば、ヌードモデルとして雅をひん剥く事も可能かもしれない。


「雅も幽霊部員なら良いだろ? 籍を置くだけだ」

「まあ、それなら」

「ありがとう。雅は将来、もう一つ籍に入る事になるだろうけどね」

「えっ?……はっ! ば、バカ言ってんじゃないわよ!」


 意味を理解したのか、赤面少女ここにあり。


 俺達の決定に部員二人が歓喜している。両手を握り合って喜んでいる。良い事をしたと感じた。

 二人がこちらに歩み寄り、旧ロリビッチが話しかけてきた。


「先輩方、ありがとうございます!」

「ああ、良いよ」

「自己紹介しておきます。私はももわかって言います。二年E組です」

「宜しく。俺は佐伯和哉。こっちは鈴城雅だ。どっちも三年B組だ」


 雅を見ると、軽く頭を下げている。パイ揉み事件が解決し、機嫌は直っている。若菜ちゃんの自己紹介が終わり、クールな子が後に続く。


「私はやまことと言います。若菜と同じ二年E組です」

「ああ、宜しく」


 和やかな雰囲気で自己紹介は終わった。生徒会長である鏡花は全校生徒に知られる身である為、自己紹介をする必要は無い。とても便利だ。

 それより、二人はE組と言っていた。だが、若菜ちゃんのそれはE以上だろう、等と考えていた。ビッチかと思ったが、天然なので発育したのだろう。ストレスの無い子は成長すると聞くし。もしや雅は欲求不満と言う名のストレスを抱えているから成長が遅いのか。それを解決してあげれば、等と不埒な事ばかり考えていた。


 少し理性を失いかけた俺は、さらりと質問をする。


「ところで、美術部ではヌードは描かないの?」

「えっ!?」


 またも周りの空気が凍る。


「アンタ、サイッテーね! そんな物描くわけないでしょ!」

「えっ、でも芸術の一つだよ?」

「それはプロの画家の話でしょ! 学校だったら景色とか物とかでしょうが!」

「ああ、なるほど。じゃあ、雅のヌードは俺が直々に描くとしよう」

「誰が脱ぐもんですか!」


 その様子を見た琴音ちゃんが、


「お二人、ホントに付き合ってないんですか?」

「はあ!? ないない!」

「でも、カップルにしか……」

「止めて! こんな男、関係ないわ!」


 雅の言い方は酷かったが、愛情の裏返しだろう。見れば、顔が赤い。嫌がる人間ならあんな表情にはならない筈だ。


 鏡花がこの後の用事を思い出し、


「さあ、そろそろ保健体育部の方に行くぞ」

「ああ、そうだったね。本命が残っていたんだった」

「あちらは部員が一人だから、恐らく廃部だろうがな」

「一人!?」

「ああ。最初は四人だったらしいが、すぐに辞めていったらしい。理由は知らないが」

「惜しい事を――」


 言葉を遮るかの様に、俺の腕を雅が引っ張る。


「さあ! 行くわよ!」

「い、痛いよ、雅! あっ、二人共またねええぇぇ!」


 引きずられながら後輩二人に挨拶をして美術部室を後にした。


 そこから移動してすぐ、三つ隣の部屋が保健体育部の部室だった。ノックをすると、


「入りたまえ!」


 野太い男の声が聞こえた。素晴らしい保健体育の研究を期待して扉を開けると、


「な、何だコレは!?」


 その部屋の光景を見て、声を上げる俺。部室にはベンチプレスの様な体を鍛えるトレーニングマシンばかりが数多く置かれている。その中で仁王立ちしている男が一人。


「あなたが保健体育部の唯一の部員ですか?」

「ああ、そうだ!」

「あのぉ、ココって何する部なんですか?」


 とても興味があった俺は唯一の部員に聞いてみた。


「よくぞ聞いてくれた! ここでは体を鍛え、生活習慣病を防ぐ為の研究を行っている。このマシンで実践している所だ」

「何っ! それだったら保健体育部とは言えない! 今すぐボディービルダー部にすべきだ!」

「いいや! 違う! ボディービルダー達は見せる為の筋肉を鍛える! ここでは病気を防ぐ為に鍛えるのだ!」

「くっ!」


 俺が思っていた保健体育部と違う。これ程の絶望感を味わったのは初めてだ。鏡花が言っていた部活内容通りじゃないか。そりゃあ、他の部員が辞めていく筈さ。なんてこった。


「じゃあ、子作りの仕方の研究は?」

「そんなもの必要ない! 筋トレあるのみだ!」

「失礼しました」


 俺はそう言い残し、足早に部屋を後にした。続いて二人も教室を出てきた。暫く歩き、保健体育部の部屋には聞こえない所に着き、


「おい、和哉。どうしたんだ? まだ廃部勧告をしていないが」

「あんな部は廃部だっ! 何が保健体育部だ! 鍛えるのはムスコだけで充分だっ!」


 怒りを言葉に変え、そう叫ぶ俺であった。


「サイテーーー」


 冷めた声で二人がそう言っていた。

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