第19話 雅と一緒に交尾を眺めて

 若菜ちゃん達が所属する美術部に入部した日から暫く経ったある日。俺は雅に提案する。


「ねえ、今週日曜日どこか行こうよ」

「良いわよ。先週はお姉ちゃんのせいで潰れちゃったしね」

「えっ、嬉しいな! まだ行き先は決めてないんだけど。雅はどこ行きたい?」

「そうねぇ。楽しい所が良いわね」

「えっ! じゃあ、凄く気持ち良くなれる所があるよ!」

「……どこよ?」

「ラブホテ――」

「却下!」

「えっ、でも、とーーっても楽しいよ?」

「楽しいのはアンタだけでしょうが!」

「きっと雅も大きな声を出して喜ぶさ」

「……う、うるさいわね! 別の所にして!」

「今の間は何?」

「し、知らないっ!」


 別の所と言われても、と考えていると良案が浮かぶ。だが、サプライズの気持ちを込めて当日まで内緒にしておこうと考え、


「よしっ! 良い場所を思い付いた」

「どこよ?」

「そんな軽蔑の目で見ないでくれ! 大丈夫。俺も雅も好きな所だから」

「だから、どこって?」

「サプライズにしよう! 当日着くまで内緒にしておこう」

「じゃあ、行かない」

「待って! 大丈夫だから。家族連れも沢山行く所だから」

「ホントに?……なら良いけど」


 だが、一つだけ雅にお願いがあった。聞き入れてくれるかどうかは分からないが、俺のテンションが上がるか下がるかが掛かる重要なポイントだ。


「ねえ、一つお願いがあるんだけど」

「嫌な予感しかしないけど、言ってみて」

「当日、必ずスカートを穿いてきて欲しいんだ」

「はあ!? 理由を教えなさいよ!」

「理由は……言えない」

「なら、却下ね。パンツスタイルで行くわ」

「頼む! お願いだからスカートで来てくれ!」

「……い、一応検討するけど、保証は出来ないわよ?」


 そう言ってはいるが、雅なら必ず期待に応えてくれると信じている。俺は胸躍る気持ちを抑え、


「ありがとう。それじゃあ、今週日曜日に駅前に朝九時集合ね?」

「偉く早いわね。そんなに遠いの?」

「うん。電車で一時間の所さ」

「ふーん。分かったけど、アンタが起きられるんでしょうね?」

「大丈夫。学校は遅刻するけど、休みの日は早く起きられるから」

「それじゃあ、まるで小学生じゃないの」


 笑いながら雅はそう言った。近頃、こんな表情を目にする機会が多くなった。俺に気を許している証拠だろう。兎に角、日曜日に出掛ける約束を交わす事が出来た。




* * * * * *




 学校で約束を交わした日から数日が過ぎ、日曜日がやってきた。約束通り、朝七時に起床する事が出来た。家が隣なので、一緒に行こうと言ったのだが、両親が在宅の為、疑われるからと言われ、別々に集合場所へと向かう事になった。

 俺は動きやすい服を着て、高画質で撮影可能なデジカメをリュックに詰めた。準備万端で家を後にした。


 駅前に着いたのは午前八時四十五分。またも十五分前行動である。雅はまだ来ていない。

 だが、殆ど時間差なく、雅も到着する。


 向こうから歩いてくる雅の服装を確認する。


 ――よしっ! スカートだ。……けど、ロング!


 颯爽と歩いてくる雅に忠告を入れる。


「お待たせ――」

「雅! 何でロングなの! ここはミニでしょ?」

「そう言うと思って、わざとロングを穿いてきたのよ。スカートで来ただけでも有難く思いなさい」

「くっ!」


 俺の予定が微妙にズレ始めている。だが、まだ大丈夫だ。チャンスはある。


「じゃあ、電車に乗ろうか」

「分かったわ」


 駅内に入り、目的の電車を探す。随分遠い場所への移動になる為、快速電車に乗る必要があった。運よく、もうすぐホームに到着するらしく、足早にホームを目指した。

 ホームに到着してすぐ、電車が着き、俺達はそれに乗った。日曜日という事もあり、車内は随分と混んでいた。


「雅、痴漢に遭わない様に、俺の前に立つんだ」

「イヤよ。そっちの方が誰かさんに痴漢される可能性高いじゃない」

「くっ!」


 また一つ予定がズレる。


 電車で一時間程移動し、目的の駅に着いた。


「それで、もう教えてくれるんでしょ?」

「まあ、すぐ分かるよ。ここから歩いて五分位だから」


 俺達と同じ場所に向かう客と一緒に道なりに目指す。暫く歩くと、それはあった。


「動物園かぁ、良いじゃない」

「でしょ? ここの動物園はウサギの様な小動物と触れ合えるコーナーが設けられてるんだ」

「えっ、私触りたいわ」

「だろ? ここを選んで良かったよ」


 そう、その触れ合いコーナーにてスカートが必須となるのだ。まあ、ロングだったら厳しいかもしれないが。

 受付で高校生チケットを二枚購入し、入園する。家族連れが多く、とても賑わっていた。


「動物園なんて何年振りかしらね」

「俺もだよ。テク子みたいなウサギ、居るかな?」

「あの子は特別でしょ」

「まあ、あのテクニックはね」


 そんな話をしながら、小動物コーナーを目指した。雅の御戯れを見る為に。


 小動物コーナーに着くと、多くの客が触れ合いコーナーに入ろうとする為、順番待ちとなっていた。


「かなり混んでるわよ。止めとく?」

「何を言うんだ! それじゃあ、来た意味がない!」

「えっ、でも、見る場所は沢山あるでしょ?」

「ダメだ! 触れ合わないと」

「そ、そう」


 それから三十分程待って、ようやく雅の番が回ってきた。


「えっ! アンタは入らないの?」

「うん、雅だけで良いんだ。俺は柵の外で見ておくから」

「そう」


 雅が柵の中に入り、ウサギの居る場所で腰を下ろす。


 ――よしっ! とうとう俺の力を発揮する時が来たな!


 リュックの中から持参したデジカメを取り出し、ゆっくりと雅の正面に移動する。


「雅、どう?」

「ええ、とっても可愛いわよ。ほら!」


 雅がウサギを抱きかかえ、こちらに見せている。ウサギ同様、とても可愛らしい。いつか小動物ごっこでもしてみようかな。俺はその様子を写真に収める為、極限まで下へとしゃがむ。


「ねえ、どうしてしゃがんでるの? おなか痛いの?」

「だ、大丈夫! 気にしないで」


 雅は、膝の上に乗せるウサギを選ぶ事に必死になり、足元を構っていない。膝が少し開いてきた。


 ――ダメだ、やはりロングが邪魔だ! くそっ! このままではパンチラチャンスが来ないまま終わってしまう!


 そんな中、俺に加勢するウサギが一匹。雅のスカートに噛み付き、引っ張り上げている。


 ――よしっ! キミ、良い仕事してますね!


 俺は必死に生足の奥を窺い、シャッターを切る。だが、不意に雅が立ち上がった。すると、冷めた目つきで、


「ははーん。そういう事」

「えっ!? な、何の事?」

「私、もう柵から出るから」

「ま、待って! まだ撮れてないよ」

「撮らなくて良いのっ!」


 雅を怒らせるわ、写真は撮れないわで最悪だった。


「もう少しだったのに」

「ホント、ロング穿いて来て良かったわぁ」

「くっ!」

「ぷっ、ははは。アンタ、そんなに見たかったの?」

「そりゃあ、好きな人のだから」

「その努力に免じて許してあげるわ。だけど、御愁傷様」


 笑って許してくれた事がとても嬉しかった。最初のデートと比べてカップルらしい感じがする。まだ友達であってカップルではないのだが。


「お腹空いてきたし、ご飯食べようか?」

「そうね」


 動物園には粋な場所は無く、売店で弁当を買うぐらいしかなかった。


「レストランみたいな所が無いな。雅、ゴメン」

「何で謝るのよ。動物見ながら食べましょ」

「うん!」


 二人で弁当を選び、空いているベンチを探した。唯一空いていたのはゴリラの檻の前のベンチだった。


「ここしか空いてないね」

「ご、ゴリラねえ。まあ、仕方ないわね」


 ゴリラを見て食事をしていると、何故か去年の担任を思い出す。だが、急にとんでもない光景を目の当たりにする事になる。雄雌対で入れられた檻の中で、押っ始まってしまった。


「見て! 生の交尾だ!」

「――ッ! もう! 御飯中に最悪の気分だわ」

「この後、あなた達も行いなさい、というゴリラからの思し召しじゃないか?」

「ふざけんじゃないわよ! そんな事するわけないでしょ!」


 真っ赤な顔で怒る雅の右手は、箸を持ちながらワナワナと震えている。


「ゴメン、冗談だよ。人間はあんな激しいのは無理だよ」

「そういうこと言ってるんじゃないのよ!」

「俺達のソレはもう少し先さ」

「一生ないわよっ!」


 交尾を見ながらの食事なんて乙だなと思っていた。

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