第20話 急に帰れない事態に

 昼食を食べ終え、動物園の散策へと戻る。次に出会ったのはナマケモノである。


「ねえ、アンタに見えてくるんだけど」

「し、失礼だな! あんなにダラダラしてないさ」

「そうかなぁ」

「そうさ。夜なんて、それはもう激しい方さ」

「そんなこと聞いてない!」


 ナマケモノの檻から離れ、別の場所へ移動しようとした際、一人の女の子と出会う。まだ小学校低学年くらいか。見ると、目に涙を浮かべている。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」

「へっ!? おかあさんとはぐれちゃったの」

「そうか。それは大変だ。お兄さんが一緒に探してあげよう」

「いいの?」

「ああ、当然だよ」


 その子の手を取り、三人でその子の母親を探す。傍からは、若夫婦が子供を連れて動物園に来たかの様に映るかもしれない。将来はこうなりたいものだ。


「ねえ、雅はどこに居ると思う?」

「そうねえ。こういう場所じゃあ、迷子センターがあるんじゃないの?」

「それだ!」


 入口で渡されたパンフレット内の地図を確認すると、迷子センターと書かれた所があった。俺達はそこへ向かう事にした。歩きながら女の子と話す。


「お母さんと二人で来たの?」

「ううん。おとうとと、さんにん。おとうさんは、おしごと」

「そうか。それはそうと、キミは何の動物が一番好き?」

「ぞうさん!」

「なんと! それは素晴らしいチョイスだ!」


 俺が言った傍から雅が口を挿む。


「ちょっと、子供の前で変なこと言わないでよ?」

「えっ? 変な事って?」

「……ま、まあ良いけど」


 俺はその子に続けた。


「キミのお父さんのぞうさん――」

「ああああ! ストップストップ! アンタ、ふざけないで!」

「すみません。今のは失言でした」

「ったく」


 俺達のやり取りが終わり、急にその子が言い出した。


「まだ、おとうとはちっちゃいから、おかあさんのおっぱい、のんでるの。おねえちゃんもでるの?」

「えっ!?」


 不意を突かれた雅は顔を赤くして焦っている。その隙を俺は見逃さなかった。


「そうだよぉ。お姉ちゃんも出るんだ。飲んでみるかい?」

「調子に乗らないのっ!」

「イタっ!」


 厳しめに肩を叩かれた。今は出ないが、出た暁には俺が全て飲み干してやる、そう誓った。


 そうこうしているうちに、迷子センターに到着する。そこには先に到着していた母親が不安そうに座っていた。傍らには乳母車が置かれている。その子の弟が乗っている様だ。


「あっ、あきちゃん! どこ行ってたのよ」

「おかーーーさん!」


 二人は感動の再開をしている。人助けが出来て本当に嬉しかった。


「お二人共、本当にありがとうございました!」

「いえいえ、当然の事をしたまでですよ」


 深々と頭を下げる母親に挨拶をし、その場を後にする。その際、


「まって! おにいちゃんとおねえちゃん!」

「んっ! なんだい?」

「これあげる」


 その子が差し出したのは小さな白いお花。どこかで摘んできたのだろう。雅の分と合わせ、二輪ある。


「ありがとう。大事にするよ」

「じゃーーねーー」


 手を振るその子にも挨拶をして、今度こそ、その場を後にした。


「アンタ、良いとこあるじゃない」

「えっ、そう? 俺、昔から困ってる人を放っておけないんだ」

「……そう」


 少し間があった様だが、気のせいだろう。


 それから色々な動物を見て回り、時間は閉園ギリギリとなった。


「もうそろそろ帰ろうか」

「そうね。結構、楽しかったわね」

「そうだね」


 楽しく会話をしていた最中、突如、強めの雨が降り始めた。


「ちょ、何よコレ」

「兎に角、売店まで走ろう!」


 酷い雨の為、流石に帰れず、売店に入った。俺達は少し濡れてしまった。売店の少し年配の女性店員が声を掛けてきた。


「お客さん、災難だったね」

「はい。今日、天気悪いなんて言ってなかったのに」

「テレビのニュースを見ると、これからもっと酷くなるらしいよ」

「えっ! そうなんですか? どうしよう……」


 女性店員と話しながら雅の顔を見たが、とても不安そうである。


「これからもっと酷くなるんじゃあ、早めに駅まで行った方が良いわね」

「けど、傘を持って来てないよ?」

「そうね。どうしようかしら」


 見かねた女性店員が一本だけ傘を持って来てくれた。


「今、一本しか無いんだけど、カップルだったら大丈夫だわね?」

「は、はい! 俺達カップルなんで大丈夫です!」


 雅の方を向いたが、弁解はしてこなかった。認めてくれている様に感じる。


「じゃあ、相合傘しながらお帰り。傘はあげるから、返しに来なくて良いよ」

「ありがとうございます!」


 女性店員に挨拶をして店を後にした。俺達は二度目の相合傘をしながら駅を目指す。


「雅、相合傘も慣れてきたね」

「ま、まあね」

「ささ、雅。雨がきついからもっと寄ってごらん」

「ちょっと! 暑苦しいわね」


 そう言いながらも俺と離れようとはしない雅。満更でもない様だ。


 雨の中、五分程歩くと、駅に到着する。到着した時、時刻は午後六時。売店の女性店員のおかげで余り濡れずに来る事が出来た。感謝しなければならない。


「無事に辿り着けて良かったね。電車に乗って帰ろう!」

「ええ」


 切符を買う為に改札口近辺へと移動したのだが、その際に衝撃の事実を知る。


「えっ!? 電車が止まってる?」


 電光掲示板を見ると、大雨の為、運休しているサインが出ていた。


「嘘でしょ!? 帰れないじゃないの!」

「と、兎に角、駅員さんに聞いてみよう!」

「そうね」


 駅員さんに尋ねてみると、


「今現在、酷い雨の為、電車は動いておりません」

「いつ動きますか?」

「天気予報を確認していますが、今後の方が激しくなる様なので、明日朝まで動かせないかもしれません」

「そんな……」


 一緒に聞いていた雅も肩を落としている。だが、よく考えると、これは神が与えたチャンスなる物ではなかろうか。このままいけば雅とベッドインなのでは。


 駅員さんに挨拶をし、離れてから話を切り出す。


「仕方ない。今日、初夜を迎える事にしよう」

「バカじゃないの! 何としても帰るわ!」

「ムリだ! 諦めて、二人とも卒業を迎えるんだ!」

「絶対にイヤ! そうだ、歩いて帰るっていうのはどう?」

「甘いな。ここまで快速電車で一時間掛かったんだ。歩けば、恐らく半日は掛かるだろう」

「そ、そんな……」


 こんな事もあろうかとダウンロードしておいたアプリを開く。


「ちょっとなに見てんのよ?」

「緊急チャンスの時の為に入れておいたアプリだよ。その名も『ラブホンGO』だ!」

「ふざけたアプリ見てる場合じゃないわよ!」

「ふざけてなどない! このアプリで、ここから一番近くの回転ベッドに行き着けるんだ!」

「そんな所死んでも行かないわよ!」

「あっ! ここ空いてる」


 予約ボタンを押す寸前で雅にスマホを取り上げられる。


「返すんだ、雅! 我儘言うんじゃありません!」

「別の策を駅員さんに聞いてくる」

「ふっ、無駄な事を」


 一応、俺も雅の後を追った。駅員さんに尋ねた所、ここから歩いてすぐの所にネットカフェがあるらしい。俺にとっては要らない情報だったが。


「まあ、ホテルよりはマシよね」

「だが、椅子で寝る事になるからゆっくり休めない。やっぱりベッドで戯れないと」

「どっちにしても、ゆっくり寝られないじゃない!」

「えっ! 今夜は俺を寝かさないと言いたいのかい?」

「バカっ! 兎に角、ネットカフェに向かうわよ」

「けど、ネットカフェは狭いよ? くっ付いちゃうよ?」

「別々の部屋を取るから大丈夫」

「くっ!」


 ここで食い下がるわけにはいかない。


「待つんだ雅! 興味ないか? 回転ベッドだぞ?」

「全く」

「真っ赤なベッドの空にはお星さまがチラついているそうだ」

「一人で見てくれば?」

「ふ、風呂も付いている。ネットカフェでは入れないぞ?」

「一日くらいどうって事ないわ」

「そ、そうだ! 胸だ。胸を揉むと大きくなるらしい。俺が一緒に頑張るから」

「くっ! アンタ、触れてはならないこと言ったわね?」

「あっ」


 俺は思い出した。雅に胸の話をするのはNGだったという事を。怒り心頭の表情で一人歩いて行ってしまう雅。


「あっ! 待って、ミヤビちゃーーーーーーん!」


 必死に後を追いかけるのだった。

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