第17話 雅と初めての喧嘩

 昨日の後輩ちゃんの胸が夢にまで出てきて、中々起きられなかった。起きたら夢が終わってしまう、と夢の中の俺が必死に拒んでいた様だ。

 時計を見ると朝十時。遅刻だ。スマホを見ると、雅からメールが入っていた。『アンタ、何やってんのよ? 早く来なさいよ』という内容だった。雅が俺を求めている。是が非でも登校しなくてはならない。待ってろ、ヨメちゃん。


 準備をしてから出発し、学校に着いたのは午前十一時。すぐさま声を掛けられる。


「また遅刻じゃない」


 雅が腕を組みながら椅子に座っている。腕の上には少し胸が乗っている様に見える。成長したのかな。


「いや、寝過ごしちゃったよ」

「いつもの事ね。また変な夢でも見てたんじゃないの?」

「そ、そんな事ないさ」


 直感の鋭い質問に、エスパーかと感じた。


「昨日、どうだった?」

「はぁ。ホント最悪だったわ。お姉ちゃんと買い物に行くと碌な事が無い」

「楓さん、何を買ったの?」

「アンタの喜びそうなモノよ」

「流石、師匠」

「何が師匠よ。アンタ達、ホントに相性良いわね。結婚したら?」

「ダメだっ! 俺には雅が居る!」

「……あっそ」


 少し頬を赤らめながら目を瞑っている。


「アンタの方は?」

「俺? 俺は電気屋まで買い物に」

「へえ。なに買ったの?」

「えっ、ああ、イヤホンだよ」


 昨日は鏡花の事やおっぱいマウスパッド、そしてロリビッチの事など秘密にしなければならない事が多く、言葉選びに苦労する。


「へえ。良いの見つかった?」

「ああ、良いのが買えたよ」

「私も音楽聴いたりするから、今度貸してよ?」

「それだったら、片耳ずつ二人で付けよう!」

「い、イヤよ! アレ、よくカップルがするヤツでしょ?」

「カップルじゃないか!」

「違うわよっ!」


 もうデレているものだと思っていたのに。そんな話の中、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。


 時間は過ぎ、昼休みがやってきた。俺と雅は一緒に食堂で昼ご飯を食べる事にした。教室を出てすぐの廊下で、


「あっ」

「ひっ!」


 俺達は野々宮副会長と遭遇する。会うのは二度目だ。


「あのぉ」

「こ、来ないで下さい!」


 嫌がる野々宮さんは今にも泣き出しそうだ。


「誰?」


 雅が俺に聞いてきた。雅は一度も会った事が無い為、俺が自己紹介をする。


「この人は生徒会副会長の野々宮月乃さんだ。前に呼び出し食らった時に、会ったんだ」

「あっ! 男性恐怖症の……」


 野々宮さんはお辞儀をしてこちらを窺っている。謝ろうと決めていた俺は、


「あの時はすみませんでした!」

「……いえ」


 暫しの沈黙。


「鏡花さんからお二人の事は聞いています」

「えっ、鏡花は俺の事なんて?」

「……変な本を読んではいるけど、根は悪い人じゃないって」


 ――鏡花、ナイスフォローだ! やはり、持つべきものは友達だな!


「それじゃあ……」

「許します」

「あ、ありがとう!」


 俺が喜びながら近付くと、


「ひっ!」


 やはり怖がられる状況に変わりは無かった。そんな中、雅が、


「私からも一応フォローするけど、ホントに悪いヤツじゃないから。まあ、変わってるけど」

「変わってるとはどういう事だ!」

「いや、言葉通りだけど」

「そんな!」


 その会話を見ていた野々宮さんの顔に少しだけ明るさが見えた。


「また、何かあったら生徒会に来て下さい」

「えっ、良いの?」

「……頻繁には来ないで下さい」

「はい……」


 そう言って野々宮さんは廊下を歩いて行った。


 野々宮さんと別れた後、食堂を目指した。中庭を通っていると、見覚えのあるピンク髪の子を発見する。


「あっ!」


 俺が声を上げると、その子はこちらを振り向いた。


「あっ! 昨日の先輩!」


 その言葉を聞いてすぐ雅が、


「誰よ? 昨日ってイヤホン買ったとしか聞いてないんだけど?」

「あっ、いや、そのイヤホンコーナーで困ってたから助けてあげたんだよ。まさか同じ学校だったなんて」


 その子がこちらに近付いてきた。ブレザー制服の上着からでも分かる程の巨乳。脅威だ。


「イヤホンを一緒に選んでくれたんです。助かりました。オムライスも御馳走になって」

「ははは。喜んで貰えて嬉しいよ」


 俺の後ろから小さな声で雅が呟く。


「(お胸の大きな子にお優しい事で!)」

「――ッ!」


 雅もすでに気付いている。彼女の持つ脅威に。俺は背中に変な汗をかく。


「それじゃあ、私はこれで」

「あ、ああ、またね」


 お辞儀をして彼女は食堂の方へと歩いて行った。


「それじゃ」

「えっ!?」


 雅が一人で食堂の方へ歩いて行こうとするので、


「ま、待って! 一緒に食べよう」

「さっきの子と食べれば?」

「し、嫉妬してるのか?」

「全然。どうぞご勝手に」

「待ってくれ! あの子とは何でもないんだ!」


 そう言うと、雅は立ち止まり、振り返った。かなり怒っている。


「雅、何を怒っているんだ?」

「……何で言わなかったのよ?」

「えっ?」

「何であの子のこと隠したのよ!」

「いや、雅が気にするかなぁって」

「やましい事があるから隠すんでしょ! 私、嘘つかれた事に怒ってるの!」

「……ゴメン。確かに俺が悪かった。正直に言うよ。あの子に胸を触ってみるか、と言われた」

「えっ!?」


 雅は相当ショックを受けている様だ。両腕が震えている。


「あの子、恐らくロリビッチなんだと思う」

「へ、へえぇぇ。で、初めて触ってみてどうだった? 私と違って、さぞ良かったでしょうね」

「でも、触らなかったんだ」

「……何でよ?」

「確かに触ってみたいと思った。柔らかそうだなって」

「だったら!」

「けど、どんな女の子を見ても雅の顔がチラつくんだ。雅を超える人なんて居ないんだよ!」


 俺はその場にしゃがみ込み、下を向いた。雅からの返事は無い。嫌われたのだろう。俺の命を懸けた初恋は、ロリビッチによって踏み潰された様だ。


 そう思っていると、不意に頭を撫でられる。


「ちょっとは見直したわ」

「えっ!?」


 見上げると、雅が赤い顔をして横を向いている。


「あの胸を前にして良く踏み止まれたわね」

「言っただろ。雅を超える人なんて居ないって」

「……ばか」


 傍から見たら完全にバカップルだろう。俺達はその後、二人仲良く食堂で昼食を摂った。


 時間は過ぎ、放課後がやってきた。雅と二人で帰ろうと支度をしていると、教室後ろの扉から鏡花が入ってくるのが見える。


「二人共、ちょっと良いか?」

「何?」

「いや、生徒会の仕事でやり辛い物があって。人数が居た方が良いから手伝ってくれないかなと思って」

「鏡花の頼みなら良いよ。何の仕事?」


 俺は鏡花の頼みを承諾し、仕事内容を聞いてみた。


「いや、それが廃部勧告なんだ」

「えっ!?」


 その言葉から察するに、何かの不具合がある部活に廃部を言い渡す仕事だろう。誰だって分かる。


「それは辛いね」

「ああ。校則で部員数が決められているんだが、三人以下の部が廃部となる。今、二つの部が条件を満たしていない」

「何部なんだい?」

「美術部と保健体育部だ」

「――ッ!」


 その言葉に驚きを隠せない俺。二年以上もこの高校に通っていながら、保健体育部なる素晴らしい部があった事を知らなかった。何故入部しておかなかったんだ、と後悔の念を抱く。


「アンタ、やらしいこと考えてるでしょ?」

「えっ、いや、そんな事は。その保健体育部とは一体どんな活動を?」

「やっぱり!」


 呆れ顔の雅。鏡花が説明し始める。


「部の申請時には、生活習慣病予防などの研究、及び、実践と書かれていたな」

「いや、それは違うな! 恐らく、子作りの仕方などの研究、及び、本番だろう!」

「……最低な発言だな」

「あっ」


 時すでに遅し。二人共軽蔑の眼差しを俺に向けている。


「とりあえず、美術部から行きましょ」

「そうだな」


 二人は俺を無視し、教室を出ていく。


「待ってえええぇぇぇ!」


 俺は慌てて二人を追いかけるのだった。

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