第13話 肉食系お姉さま

 再び扉が開かれた。


「またまたお邪魔しまーす。雅ちゃん、お粥作ったから食べて」

「あ、ありがと」


 お姉さんが雅の為に卵粥を作って持ってきた。料理が出来る様だ。家庭的な上に肉食系。脅威だ。

 俺はお姉さんからトレーを受け取った。


「熱いからふーふーして食べさせてあげてね。口移しでも良いわよ?」

「出てって!」

「ああーーん」


 お姉さんは懲りないらしい。だが、頼まれた事は守らねば。


「じゃあ、俺の口の中で冷ますから」

「やっ、止めてよ! そんな物食べられないわ」

「じゃあ、あーんしてあげる」

「要らないっ! 一人で食べるからっ!」

「残念」


 卵粥が乗せられたトレーをベッド横のテーブルに置く。雅はお椀によそい、一人で食べる様だ。絶好のチャンスだったのに。


「何が残念よ。ったく……あちっ!」

「あっ、火傷したの? 雅ちゃん、やっぱりふーふーしましょーねー」

「気持ち悪いわね! あっち行って!」

「はい……」


 雅がお粥を食べている間、再び本棚に目をやると、一冊だけガラス扉の中に仕舞われたエロ小説を発見する。それは、昨日俺が雅にプレゼントした物だった。


「大事にしてくれてるんだね」

「そんなんじゃないわよ! 一応入れただけ」

「嬉しいよ」

「……」


 雅が食べ終わると、再びお姉さんが登場する。


「再び、お姉ちゃん登場ーー」

「今度は何よ」

「汗かいてるから着替えなさい。それと、タオルで体も拭いてね。お願いね、佐伯くん」


 お姉さんは俺に雅のパジャマとタオルを渡す。


「ふざけないで! 出てって!」

「ああーーん」


 お姉さん退場。


「さあ、風邪をこじらすといけないから、体を拭こうか」

「止めて! あっち行って、変態!」

「さあ、パジャマを脱ぐんだ!」

「そ、それ以上近寄ったら絶交よ!」


 その言葉で静止する俺。絶交はマズい。


「アンタが帰った後で着替えるから置いといて」

「分かったよ」


 雅の指示で勉強机の上に着替えを置いておく。雅の目を盗み、サッと匂いを嗅いだが、洗剤の匂いしかしなかった。なんと悔しい事か。


 ふと、雅のベッドの下に茶色の箱が置かれている事に気付き、


「雅、これは?」

「あっ、や、触らないでっ!」

「えっ、何で?」

「良いから! その箱だけはダメ!」


 怪しいと感じ、箱を手に持つ。


「だ、だから止めてって! 絶交よ!」

「あれっ、何かガタゴト言ってる」

「――ッ! 開けちゃダメ! お願い!」


 箱を持って立ちながら雅を見ると、うるうるした目でこちらを見ている。今にも泣き出しそうだ。その涙、ペロペロしたい。そんな事より、それほど知られたくない物が入っているという事なのか。


「分かったよ。雅の嫌がる事はしちゃいけないな。これはベッドの下に戻しておくよ」

「あっ、ありがとう和哉。アンタの事、見直したわ」

「どういたしまして」


 お互い微笑み合いながら見つめていると、お姉さんが再入場してきた。


「ねーえー雅ちゃん、この前お姉ちゃんが貸した大人のオモチャ返して欲しいんだけど」


 お姉さんの言葉に俺と雅は固まっている。


「あっ、それそれ」


 お姉さんは俺が手に持つ箱を指差し、それを奪って行った。


「それじゃあ、ごゆっくりーーー」


 お姉さんが出て行って静寂が訪れる。


「……雅」

「イィィーーーーヤァァーーーー!」

「気にしないで。雅はもう大人のレディーなんだから。使って当然だよ」

「ち、違うのっ! あれはお姉ちゃんが勝手に置いていっただけ。一度も使ってない! ホントよ?」

「……気持ち良かった?」

「し、信じて! 使ってないんだから! もうやだ、あの人。絶対わざとよ」


 雅が使用したかどうかは定かではないが、お姉さんを毛嫌いしている理由は察した。何故か俺は親近感が湧くのだが。似ているというかなんというか。


 よく見ると、雅の掛布団が振動している。大人のオモチャはお姉さんが持って行った筈なのに。


「ねえ雅、今オモチャ使ってるの?」

「はあ!? んなわけないでしょ! トイレに行きたいのよ!」

「ああ、そうか。行けるかい?」

「大丈夫よ」


 おもむろにベッドから雅が立ち上がり、トイレに行こうとすると、


「雅、ふらふらじゃないか!」

「けど、トイレに」

「倒れたらどうするんだ! 尿瓶を持って来る!」

「い、要らないわよ!」

「じゃあ、オムツを穿くかい?」

「どっちもイヤっ!」


 このままでは雅の膀胱が決壊してしまう。俺は最後の手段を口にする。


「じゃあ、俺が口で受け止める!」

「またそれ!? バカじゃないの!」


 俺は大きく口を開け、


「さあ、中に出すんだっ!」


 そう言った時、


「あなた達、なに考えてるの! もしデキたらどうするのよ!」


 お姉さんが盛大に勘違いをして入室してくる。


「佐伯くん、お姉さんがお裾分けしてあげるから手を出して」

「えっ、はい」


 手を出すと、手のひらに正方形の何かが置かれる。ゴム的な何かが。


「ありがたく頂きますっ!」

「よろしい。じゃあねーー」


 お姉さんが退出してすぐ、


「ねえ、なに渡されたのよ?」

「雅、とうとうこれを使う日が来たんだ」


 雅に手に入れた物を見せる。


「うわっ! サイテー! お姉ちゃん、何てモノ持って来るのよ」

「さあ、さあ」


 俺がジリジリとそれを手に歩み寄ると、


「へ、変態! 止めなさいよ!」

「けど、風邪を引いている時に行為に及ぶと治りが早いって聞くし」

「そんな事、聞いたこと無いわ!」

「それに、かの有名サッカー漫画でも、ボールはともだち、って言ってたし」

「それは別のボールよ!」

「雅、ダメなの?」

「ダメよ! 弱ってる女の子にそんな事して良いと思ってるの?」

「そ、そうだね。止めておこう」


 俺はそう言って先程頂いた戦利品をポケットに入れる。


「何、ちゃっかり仕舞ってんのよ」

「いつか使う日が来るかなぁと思って」

「そんな日は来ないわ」

「まあ一応ね」

「……」


 その後、雅は無事に一人でトイレに行く事が出来た。

 時間が遅くなってきたので、そろそろ帰る事にする。


「もう遅いし、そろそろ帰るよ」

「あっ、今日はありがと」

「早く良くなってね」


 雅の部屋を出ると、隣の部屋から静かに手招きされている。忍び足でそちらに向かうと、


「さあ、入って」

「はい」


 お姉さんの部屋に通された。襲われるのか。部屋を見ると、雅の部屋と同様、とても綺麗に整頓されている。几帳面な家系なのだろう。羨ましい。


「あなた、チェリーちゃんね?」

「えっ、何故それを?」

「お姉さんの千里眼がそう言ってるわ。でも、安心したわ」

「何故ですか?」

「雅ちゃんは凄く奥手でね。全然彼氏が出来ないのよ。でも、本棚のコレクション見たでしょ? 興味はあるのよ」

「はあ」

「けど、姉心からすると変な男に弄ばれるのは嫌なのよ。その点、佐伯くんなら安心だわ」

「ありがとうございます」

「お姉さんが、これからも全力でサポートしてあげます」

「宜しくお願いします。未来のお姉さん」

「ふふふ」


 俺とお姉さんはとても相性が良い。だからと言ってなびく事は無い。俺は雅一筋だから。


「自己紹介しておくわね。私は鈴城すずしろかえで。あなた達より二つ上の大学二年よ。宜しくね」

「俺は佐伯和哉です。宜しくお願いします、お姉さん」

「そのお姉さんっていうのはよそよそしいわね。楓さんって呼んで」

「分かりました、楓さん」

「私は和くんって呼ぶわね」

「えっ!?」


 和くんという呼び方から、幼馴染が想像されるが、楓さんの様な悩ましげなお姉さんからそう呼ばれるのも悪くない。いや、実に良い。楓お姉さま、一生ついていきます、そんな言葉が脳裏を過った。


「嫌だった?」

「いえ、是非そう呼んで下さい」

「分かったわ、和くん」

「あはぁ」


 癒しに浸っていると、隣の壁が叩かれる。


『ちょっと! 隣の声丸聞こえなんだから! お姉ちゃん、変なこと教えないで!』

「はいはい、ごめんなさーい。だけど、壁に耳でも当ててない限り、聞こえない筈だけど?」

『うるさいわね! 放っといて!』


 盗み聞きしていた様だ。じゃあ、今俺が悶えていた事も。恥ずかしい。


 玄関まで楓さんが見送ってくれる。


「それじゃあ、またね、和くん」

「はい、楓さん」

「あっ、一応、連絡先教えて。もし、雅に何かあったら伝えるから」

「はい」


 俺は楓さんと連絡先を交換する。


「それと忠告。雅ちゃんを泣かさない事、良い?」

「それは絶対に守ります!」

「よろしい。お姉さん、良い弟を持って感激です」

「じゃあ、雅の看病お願いします」

「らじゃー」


 楓さんと別れ、家に帰ろうとすると、


「ところで、和くん。初めて私を見た時、胸ばかり見てなかった?」

「えっ!? そ、そんな事は」

「和くんは大きい方が好きなの?」

「そ、それは……はい!」

「素直でよろしい。でも、雅ちゃんと一緒の時に他の子ばかり見ない様にね?」

「その事なんですが、いつも胸の話題になると雅が怒るんです。そんなに……アレなんですか?」

「まあ、私には叶わないでしょうね」


 ――それは誰だって分かるさ。


「まっ、実際に見てみれば分かるんじゃない?」

「絶対見せてくれませんよ!」

「それを努力で何とかするのよ。男の子でしょ?」

「はい! 頑張ります!」


 思わぬ事からとんでもない知り合いが出来てしまった。エロの師匠的存在の義姉が。

 俺は雅の胸を見る為――じゃなかった、今度こそ告白を成功させる為に奮起する事を自分に誓うのだった。

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