第12話 看病してア・ゲ・ル

 ――ッ!


 目を覚まし、暫しボーっと天井を眺めている。昨晩、雅の入浴シーンを想像しながら眠りに就くと、一緒に風呂に入るという夢を見た。将来的には何としても正夢にしなければ、とたぎる気持ちを抑え、時計を確認すると朝十時。盛大な遅刻となるだろう。だが、焦る事は無い。ここまでオーバーしているんだ。諦めてゆっくり登校するとしよう。


 学校に到着したのは午前十一時。休み時間を見計らって教室へ入ると、スポットライトを浴びるが、すぐ消灯する。しかし、なぜ皆目を背ける。何か理由があるのだろうか。まあ、知りたくないが。


 自分の席に向かうと、隣の席が空席だ。その事を不思議に思い、一人の女子生徒に尋ねてみる。


「ねえ、鈴城さんは?」

「今日は休みみたいよ」

「そう」


 親切に教えてくれたのだが、欠席の理由が分からない。昨日、ゴリマッチョから呼び出しを食らったので必ず来る様に、と雅の方から念を押していたのに。というか、入室の際には目を背けるのに、なぜ話し掛けると普通に返答してくれるのだろう。まあ、そんな事はどうでも良い。心配なのは雅の事だけだ。


 理由がわからぬまま、昼休憩の時間を迎えた。だが、呼び出しを食らっている為、昼食を摂っている場合ではない。雅が休みの為、仕方なく一人で生徒指導室へと向かう。場所は西館一階職員室の隣だ。


 生徒指導室の扉をノックすると、


「入れっ!」


 野太いゴリラの遠吠えが聞こえる。


「失礼します」


 生徒指導室の奥の椅子にドッシリと腕を組んだゴリラが構えている。どうやらドラミングはしない様だ。


「おい、もう一人はどうした?」

「今日は休みみたいです」

「そうか、仕方ないな。じゃあ、お前の分だけ書け。もう一人には明日書かせるから」

「その事なんですが、実は俺が原因なんです。なので、二人分、始末書を書かせて貰って良いですか?」

「良いには良いが……。お前、案外律儀な男だな」


 俺はゴリマッチョから始末書を二枚受け取った。書く内容が多い為、一枚一時間は掛かる。だが、雅の分まで書いておけば、更なる株上昇を狙える。上場も夢ではない。


「だが、昼休み中に終わらんからと言って、授業中に書くなよ?」

「はい。決してそんな事は」


 生徒指導室を後にし、購買部でパンだけ購入した。


 昼休憩が終わり、午後授業が開始された。千鶴先生の数学の授業だ。

 俺は早速始末書を書き始める。


 ――ゴリラの言う事なんて守ってられるか。授業なんてどうせ聞いても分からないさ。


 俺はいつも通り数学の授業を捨て、私用をこなす。寝ているよりは勉強している感が出るだろう。

 結果として、午後授業全て始末書書きで潰れたのだが。


 放課後になったが、雅の事が気になって職員室に向かった。丁度千鶴先生が居たので、


「千鶴先生、聞きたい事があるんですが」

「何?」

「鈴城さんの欠席理由は何ですか?」

「ああ、風邪って聞いてるわ。高熱なんですって」

「何ですとっ!」


 俺は千鶴先生に挨拶をしてすぐ学校を後にした。トイレを我慢する小学生かの様に必死で家路を急いだ。


 ――きっと俺のせいだ。昨日、雨に濡れたからっ! くしゃみはそれが原因だったんだ!


 雅の家の前に到着し、玄関ベルを鳴らす。


『はい、どなた?』

「あっ、俺雅さんの友達です。風邪で休んでるって聞いてお見舞いに来ました」

『あら。だけど、雅ちゃんは誰も入れないでって言ってたけど』

「佐伯和哉って言って貰えたら分かります! 永遠の愛を誓い合った関係です!」

『えっ! ちょっと雅ちゃんに聞いてくるわ』


 玄関ベルに応答しているのは誰だろう。両親は仕事で不在が多いと言っていたから、変人だと言っていたお姉さんだろうか。話口調からは全く変人には思えないが。


『あのぉ、名前を言ったら余計に帰ってって言ってるわ』

「そ、そんな……。あの、お姉さんですか?」

『そうですけど』

「隣の佐伯です。医師の両親の遺伝子を引き継いだバカ息子です」

『それだと、良い遺伝子なのかどうか……』

「どちらにせよ、この遺伝子が将来雅さんの中に入るんです」

『まあ! あなた達そういう関係だったの! 今開けるわ』


 何とかお姉さんを説得する事が出来た。ついに雅の家の玄関が開け放たれた。


「さあ、入って」

「ありがとうございます」


 雅のお姉さんが開けてくれたのだが、その容姿に驚愕する。どえらい美人だ。とても妖艶な感じがする。雅と同じく金髪だが、こちらはゆるふわパーマのロングヘア。ザ・お姉さま、と言った感じだ。更に、雅とは対照的に脅威のバスト。暫し見惚れていると、


「あの、雅ちゃんのお見舞い……」

「あ、ああ、そうでしたね。お邪魔します」


 お姉さんの案内で雅の部屋の前まで来た。鍵が締まっている。お姉さんが横に立つ中、俺は必死に説得する。


「雅、俺だ。お見舞いに来たよ。ここを開けてくれ」

「帰って! 入ってこないで」

「心配なんだ。雅を失うんじゃないかって」

「薬飲めば治るから帰って!」


 看病もしたいが、部屋にも入りたい。俺は説得する事に更なる熱を入れる。


「俺のせいなんだろ? 俺が昨日、雅をビショビショにしたから」

「あらっ!」


 横からお姉さんの声が聞こえるが、続ける。


「そりゃあ、あんな場所で放尿すれば風邪だって引くさ」

「まあっ!」


 お姉さんの顔を見ぬまま、続ける。


「俺がもっと早く雅のお股の疼きに気付いていれば――」

「ちょっとアンタ、止めてっ!」


 雅の怒鳴り声と共に、鍵が開き、扉は開かれた。寝癖交じりの髪に真っ赤な表情の雅。これは熱からなのか、怒っているからなのか。着ているパジャマは以前窓越しに見たふわふわ白パジャマ。むしゃぶりつきたい。


「早く入って!」

「ねえ、お姉ちゃんも聞きたいんだけど」

「お姉ちゃんは出てって!」

「いけずぅーーー」


 雅はお姉さんを追い出し、扉を閉めた。余程、姉妹の中が悪いと見える。


「そんなすぐ追い出さなくても」

「良いの! それで何しに来たのよ」

「お見舞いだよ。本当に心配したんだよ。千鶴先生から風邪だって聞いて」

「そ、そう」


 雅はふらふらになりながらベッドに戻った。他の事に気を取られ、見ていなかったが、とても可愛らしい部屋だった。女の子の香りがする。クンカクンカ。


「綺麗な部屋だね」

「普通よ」


 辺りを見渡すと、勉強机の傍らにあのクマさんが座っている。


「あっ、コレ俺が取ってあげたヤツだ。大事にしてくれてるんだね」

「ま、まあね」

「まだ、縛ってあげてないんだね」

「そのままで良いのよ!」


 クマさんはとても嬉しそうに座っている。この家に貰われて良かったね。


「今日、サイン会に行くんじゃなかったの?」

「あっ! そんな事すっかり忘れてたよ。けど、どうでも良いんだ。俺には雅よりも大事な物なんて無いから」

「……」


 雅が急に下を向いた為、表情を窺う事は出来なかった。


 本棚に目を向けると、真面目な本だけでエロ小説が見当たらない。


「ねえ、エロ小説は?」

「言ったでしょ。ちょっと買ってみただけで少ししか持ってないって」

「ホントかなぁ?」

「え、ええ……」


 歯切れが悪い。これはどこかに隠している筈だ。本棚をよくよく見ると、一列しかない様に見えて、奥に隠れてもう一列存在している。


「奥に何かあるね」

「ちょ、触らないで!」


 固まるほど窮屈に入れられた手前の列は、一冊の本を力ずくで抜く事でもろくも崩れ去った。


「あっ」

「イィィーーーヤァァーーー! 見ないでっ!」


 後列の全てがエロ小説だった。絶景と言えよう。兄妹モノばかりなのかと思ったが、別のジャンルもある。


「こ、これは!」

「えっ!? な、何? どの本を見たの?」


 俺は興味をそそられた一冊を手に取り、雅の方へと表紙を向ける。


 タイトルは『私はMっ子、マグロちゃん!』。


「ち、違うの! 信じて!」

「やっぱり襲われたかったんだね」

「違う、違う! たまたま買っただけよ!」

「俺は受けの子、好きだよ?」

「だから、信じて!」

「……まあ、今は信じる事にしよう」


 雅が可哀想になり、その本を本棚へと片付けた。


「でも、随分と集めたんだね」

「や、ち、違うのよ。お姉ちゃんが置いていった物もあるのよ」

「えっ、お姉さんもエロ小説読むの?」

「そ、そうなのよ」


 話の途中で扉が開く。


「お茶とお菓子どうぞ」


 お姉さんが気を利かせてくれた。


「あっ、どうもすみません」

「いえいえ」


 部屋から出る間際にお姉さんが、


「それと雅ちゃん、嘘はいけないわぁ。お姉ちゃんはリアルの恋愛好きだからその手の小説は読みませーーん」

「――ッ! もうっ! 出てって!」

「ああーーん」


 そう言い残し、お姉さんは出て行った。とすると、


「やっぱりこれ全部、雅の?」

「やだ、もうぅーー」

「恥ずかしがる事ないさ。女の子だって興味があって当然だよ」

「嬉しくないわよ」

「お姉さんがリアルの恋愛好きって言うのは?」

「あの人は経験豊富なのよ。ああ見えて肉食系なの。アンタも気を付けた方が良いわよ?」

「そ、そうなのか!」

「何でニヤニヤしてんのよっ!」

「い、いや、俺は雅一筋だよ」


 そう言いつつも、お姉さんの豊満ボディを想像する俺であった。

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