第10話 雅とふたり、監禁された世界で
鏡花と知り合えた日の放課後、俺は雅に声を掛ける。
「ねえ、今日の放課後、時間ある?」
「えっ、何よ急に。早く帰りたいんだけど」
「いや、雅へのプレゼントを郵便受けに入れたかったんだけど、今日都合が悪いんだ」
「じゃあ、明日にしなさいよ」
「ダメだっ! 俺は今日渡したいんだっ!」
「何でそこまで
理由など無い。ただ、エロ小説ファンとしては一秒でも早く読みたいと思うだろうから渡すなら早い方が嬉しい筈だ。
「そこでだ。人気の無い体育館裏で渡したい。ついて来てくれるね?」
「えっ、嫌よ。面倒くさい」
「良いのか、雅? 早く読みたくないのか?」
「……分かったわよ。さっさとしなさいよ!」
俺の提案通り、雅を連れて体育館裏を目指した。向かっている途中で、
「ところで、今日なんの用事があるのよ?」
「ああ、とても重要な案件だ。俺が心から慕う萌え絵師さんのサイン会があるんだ」
「……」
「エロ小説の挿絵を描いてる人なんだけど、あの激しい本番の――」
「もう良い、止めてっ!」
話を途中で遮られ、少しの悲しみはあったが、体育館裏に辿り着く。
「さあ、早く渡しなさいよ」
「せっかちだな、雅は。余程読みたかったと見える」
「うるさいわねっ! 早く!」
そんなやり取りをしていると、体育館裏左手から人の声が聞こえてきた。
「ちょ、マズいわ。隠れてっ!」
「えっ!?」
雅の指示で体育館裏右手に移動する。今現在、体育館と体育倉庫の間に居る。その場にヒッソリとしゃがむ。グラウンドに目をやると、今日は一人も使用者が居ない。不思議だ。
現れたのは男女二人だった。カップルだろうか。
「(こんな人気の無い所で何してんのよ)」
「(俺達も人のこと言えないんじゃないか?)」
「(……)」
小声で話をしながら男女の様子を眺めていた。すると、二人はキスをし始めた。とても激しいヤツを。
「(――ッ!)」
「(おい、雅。見てみろ。あれがディープキスなるものか……。映像では見ているが、実際に見るのは初めてだ。素晴らしい)」
「(……)」
「(何してるんだ、雅。見てみないかっ!)」
雅の方を見ると、口に手を当て、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。こういう情景への免疫は無かった様だ。
長い長いキスを終えた二人は体育館裏右手へと移動してきた。そう、俺達が居る方へ。
「(マズい! 何でこっちなんだ)」
雅を立たせ、二人で体育倉庫の中に入った。体育用具が所狭しと置かれ、とても隠れやすかった。俺達は跳び箱の陰に身を潜めた。だが、その男女は体育倉庫前で長話をしており、なかなかこの場を離れてくれない。
「(ふざけんじゃないわよっ! 早く帰んなさいよ!)」
「(まあ待て。これから先程よりも激しい保健体育の授業が始まるかも知れん)」
「(はあ!? そんなの誰も見たくないわよっ!)」
「(本当に?)」
「(……ええ)」
「(ちょっと間があったね)」
「(うるさいっ!)」
そうこうしていると、ようやく男女は体育倉庫から離れてくれた。だが、まだ予断は許さない為、少し様子を見る。
「(そういえば、俺達こんなくっ付いたの初めてだね)」
「(――ッ!)」
今まで男女に気を取られて気付かなかったが、跳び箱の陰でしゃがむ俺達の互いの腕は接していた。
「(イヤっ! 離れて、変態っ!)」
「(イタっ! 痛いよ、雅)」
怒った雅が俺を殴ってくる。すると、急に体育倉庫の扉が閉められた。雅とやり取りをしていた為、誰が閉めたのかは見ていなかったが。その後、ガチャリという鈍い音が響いた。
「えっ、今の音。まさかっ!」
雅が慌てて扉へと駆け寄り、扉を引いてみる。だが、びくともしない。どうやら鍵を掛けられた様だ。
「ちょっとふざけないでよっ! 誰かぁぁぁぁああああ! 助けてぇぇぇぇええええ!」
雅の大声空しく、誰も助けに来る気配は無い。
「大丈夫だ、雅。俺が付いてる」
「だから嫌なのよっ! こんな密室で二人だなんて……」
「大丈夫、何もしない。俺は紳士だ」
「プレゼントにあんな本選んどいて良く言えるわね」
プレゼントの話が出て思い出した。鞄は体育館裏に置いたままだが、プレゼントは手に持っていた。
「やったぞ、雅。プレゼントはここにある」
「そんなモノ役に立たないわよ。スマホは鞄の中だし……」
「俺、ポケットにスマホ入れてるよ?」
「えっ、やるじゃないアンタ。見直したわ。それで学校に電話して助けて貰いましょ」
「そうだね。じゃあ早速――」
ポケットから取り出したスマホの画面はどのボタンを押してもまっくろくろすけだ。
「バッテリー切れみたいだ」
「何ですって! やっぱアンタ使えないわね」
「あっ! 授業中ずっとスマホでエロ画像見てたんだ。ああ、なるほど」
「何がなるほどよ。良くさっき紳士とか言えたわね」
だが、俺は嬉しかった。雅と二人でこんな密閉空間に。俺達の保健体育の授業が幕を開けるかも知れない。
「ねえ、アンタ。行く所があったんじゃないの?」
「はっ! そうだった。萌え絵師さんのサインは譲れないっ! おーーーーーい! ここから出してくれぇぇぇぇええええ!」
「ちょ、アンタ。止めなさいって。怪我するわよ」
俺が扉を殴る蹴るしながら必死に助けを求めても、誰も来る事は無かった。確かに今日のグラウンドには誰も残っていなかったが、誰か気付いても良い筈なのに。絶望の中、床に手をついて下を向く。
「ううううぅぅぅぅ……グスン」
「ちょっと泣かないでよ。仕方ないじゃない」
雅が俺を慰めてくれた。その優しさで俺のHPは回復した。
「そうだな、諦めよう。また明日もサイン会あるのだから」
「えっ!? 明日もあるの?」
「そうだよ。二日間限定開催さ」
「明日もあるんだったら何で泣いてんのよ?」
「今日と明日の二日間サイン会があるんだけど、貰える絵が違うんだ。二枚とも欲しかったんだよ」
「そ、そう」
「一枚目の絵は騎○位で――」
「もう良い、止めてっ!」
「……ねえ、雅。一つ聞いて良い?」
「何よ」
「俺の言うセリフ全部理解して遮ってるよね?」
「ば、バカなこと言わないでっ! 全然知らないわよ、何のこと?」
「ミヤビちゃんは天邪鬼だね」
「黙りなさいっ!」
それから少し時間が経った。
「暇だね、雅」
「……」
「あっ、そうだ。プレゼントの本、一緒に読もうか? 俺も読んだこと無いから」
「い、嫌よ。アンタと二人でなんて」
「じゃあ、先に読んで良いよ」
俺は茶色の書店袋から品物を出して、表紙を上にして雅に渡した。雅は一応受け取った。
「さあ、どうぞ」
「……でも」
「今更なにを躊躇ってるの? スケベな事は良い事さ」
「私はスケベじゃないっ!」
そう叫ぶ雅の手にはエロ小説が握られている。相当な矛盾を感じるが、触れないでおこう。
雅が本を読み始めて少し経つ。
「どう? 面白い?」
「ど、どうかしら。分かんないけど……」
椅子に座って本を読む雅の足が時折震えている。
「ムラムラしてるの?」
「ち、違うわよ。放っといて!」
「そう」
それから暫く経ち、雅の足の震えは増していく。
「我慢できないなら手伝おうか?」
「ち、違うわよっ! ふざけないでっ!」
「でも、心配なんだ。さっきからお股辺りが震えてるじゃないか。体調が悪いの?」
「……と、トイレよ」
「えっ!?」
「こ、このままじゃマズいわ」
「分かった! 俺が口で受け止めるよっ!――」
「サイッテ―! 他の策を探してっ!」
そう言われ、体育倉庫内を隈なく探してみる。すると、玉入れ用の玉が入ったバケツがあった。
「このバケツから玉を取り出したらイケるんじゃない?」
「えっ、でも……」
「さあ、出すんだ」
「ちょっと待ってよ。限界近いのは確かだけど、音が丸聞こえじゃない」
「大丈夫だ。手で両耳を塞ぐから」
「……する瞬間、耳から手を放すんじゃないでしょうね?」
「……分からない。耳が手と絶交したら手は逃げて行くかも知れん」
「……ホント……サイ……テー……ね」
雅の顔を見ると、酷く汗をかいている。限界が近付いているのだろう。ここからの判断は雅に委ねる事にした。
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