第9話 まさか百合展開なのか!?

 昨日のパジャマ姿の雅とのやり取りを思い出すとニヤニヤが止まらない。毎日しようと決意する。今日も雅の方が先に登校している。一緒に登校したいと頼み、一度だけ待って貰った事がある。だが、寝坊癖のある俺は大いに寝坊を決め、雅を激怒させた。それ以来、一緒に登校した事は無い。地雷を踏んでしまった。酷く惜しい事をした。いつか挽回せねばならない。


「おはよう、雅」

「……」


 珍しく返事が無い。昨日の今日で照れているのだろう。


「昨日のパジャマ姿、可愛かったよ」

「――ッ! アンタねえ、もう二度とあんな事しないでっ! あの後、なかなか寝付けなかったんだから。おかげで寝不足よ」

「そ、そんなに俺との妄想が捗って――」

「違うわよっ!」


 冷たく雅はそう言い放った。突然、俺の俳優魂に火が付き、


「酷いじゃないか、雅。一緒に夜を過ごした仲だというのに!」

「ちょ、ちょっとアンタっ!」


 周りを見ると、皆一様に驚き顔だった。俺達は今、スポットライトを浴びている。まさにスターの様だ。


「私達、何でもないからっ!」


 そう雅が言うと、疑いながらもクラスメイトが散る。


「バカじゃないのっ! 誤解されるじゃない!」

「そうなったら、本当に結ばれれば良い」

「イヤよ! アンタとなんか」


 やり取りをする中で、ある事を思い出す。昨日買った雅へのプレゼントを学校に持って来ていたのだ。今、渡さずしていつ渡す。いつやるか、今でしょ、という言葉が頭の奥底に響き渡っていた。


「ほら、機嫌直して。今日はプレゼントを持ってきたんだ」

「えっ、アンタが? きっと今日は土砂降りね」

「きっと喜んでくれると思うんだ」

「誕生日でもないのに何のプレゼントよ?」

「友達同士のプレゼント交換みたいなもんだよ」

「まあ、折角持って来てくれたんだし、受け取ってあげるわ」


 昨日本屋で買った代物を雅に手渡す。今はレジで貰った茶色の書店袋に入れられている。


「何かしら? 良い物だったら嬉しいけど」

「絶対気に入るさ」

「どれどれ――ッ!」


 袋からブツを出すと、すぐさま袋の中に戻し、


「アンタ、なに考えてんのよっ! 何でこんなモノ学校に持って来るのよ!」

「えっ、好きだろ?」

「えっ、まあ嫌いじゃ――いや、そうじゃないのよ。抜き打ちで持ち物検査にでもなってみなさいよ。クラスメイトから変態扱いされるわ」

「えっ、じゃあ、今は俺が預かって、放課後に体育館裏とかで渡すよ」

「それじゃ、麻薬の取引みたいじゃない。こんなモノ要らないわ」

「えっ、折角買ったのに」

「ふんっ!」

「雅、本当に要らないんだね? じゃあ、俺のコレクションの中に――」

「い、家に帰ったら、うちの郵便受けに入れておいて」

「分かった! 喜んでくれて嬉しいよ」


 雅は目を閉じて真っ赤な顔をしていた。頭から湯気が立ち込めていてもおかしくない。


「ねえ、今日の昼休み、ウサギ小屋に行こうよ」

「えっ、またぁ!? アンタ、好きねぇ」

「テク子が俺を呼んでいるんだ」

「分かったわよ」


 雅は渋々承諾してくれた。待っててくれ、テク子。


 昼休み、昼食をサッと済ませ、俺達はウサギ小屋へと向かう。


「やあ、テク子。お待たせ」


 テク子はかなり懐いてくれている様で、俺が近寄っただけで柵の際まで寄ってくる。


「偉く懐かれてるわね。私にはあんまり懐かないのに」

「そりゃあ、雌だからね。本能がそうさせるのさ」

「……」


 餌箱から人参の切れ端を取り、テク子に差し出す。


「さあ、今日も見せてくれよ」


 すぐさまテク子は上質なテクニックを見せる。


「やっぱり凄いよ」

「確かに、前より上達してる……」

「そうだろ? テク子、このお姉さんもいつかコレをする時が来るんだよぉー」

「ば、バカじゃないの! あんな事できるわけないでしょ!」

「えっ、人参を食べるって事だよ?」

「――ッ! もうヤダぁ、アンタとしゃべってると調子狂うわ」

「ははは」


 雅の恥ずかしがる顔を見てご満悦の俺。


 そんな背後から急に声を掛けられる。


「ちょっと、良いかな?」


 振り返ると、そこには夏目会長が立っていた。最近、本当に縁がある。俺に気があるのだろうか。


「良いですよ」

「いや、佐伯にではなく、そちらのキミに」


 夏目会長が指差したのは雅だった。


「えっ!? 私ですか?」

「ああ。ちょっと生徒会室まで来てくれないか?」

「良いですけど……」


 まさか、気があるのは俺にではなく雅に。本当に百合展開なのか。そうなれば、夏目会長が恋敵になってしまう。だが、雅はそっち系の趣味は無いと言っていたし、大丈夫だ。しかし、少しの不安から、


「あの、俺も同行して良いですか?」

「ああ、構わないぞ」


 その返事を受け、夏目会長に先導されながら生徒会室を目指す事になった。


 東館四階の生徒会室の前まで到着すると、


「入ってくれ」


 夏目会長が扉を開けてくれた。


「失礼します」


 俺達は同時にそう言い、部屋の中に入る。部屋の中には誰も居ない。


「今日、野々宮さんは?」

「月乃は病欠だ。何でも、佐伯の事を考えると吐き気がするのだそうだ」

「えっ!?」


 ――それって、まさか想像妊娠! 俺のフェロモンがそこまでの域に達していたとは。


「まあ、昨日佐伯が部屋を出た後、凄く嫌がっていたしな」

「アンタ、昨日なにしたのよ?」


 急に現実に引き戻された。想像妊娠ではなく、ただ嫌われているだけ。人を病欠にさせるほど悩ませていたとは。反省しなくては。


「落としたエロ小説を拾って貰ったんだけど、野々宮さん、男性恐怖症らしくて」

「それは酷い災難だったわね。って、アンタ昨日それで呼び出し食らったの? 理由言わないからおかしいなぁとは思ってたけど」

「今度、野々宮さんに会ったら謝るよ」


 そんな会話の中、真面目な顔に戻った夏目会長が雅に切り出した。


「鈴城さんと言ったか。私の事、覚えていないか?」

「えっ!? 全然……」

「だろうな。私も最初は気付かなかったから。ほら、小さい頃にキミが住んでたマンション近くの公園で――」

「あっ! まさか……。小さい頃に何度か遊んだ女の子って、夏目会長なんですか?」

「そうだ。数える程しか遊んでいない上、名前も聞いていなかったからな。それに、こんなに綺麗になってたら分からないさ」

「いえ、夏目会長には叶いません」


 話の内容には付いて行けないが、どうもこのままでは百合展開を迎えてしまう。何としても阻止しなくては。


「だ、ダメですよ夏目会長。雅は俺のモノです!」

「はあ!? ふざけないで! いつアンタのモノになったのよ!」

「雅、俺達のラブロマンスを教えてあげるんだ!」

「そんなもの無かったでしょ!」


 俺達の馴れ合いに割って入る形で夏目会長が言う。


「生憎、私は同性の恋愛には興味ない。まあ、異性にも余り興味は無いが」

「えっ、そうなんですか? 百合展開じゃないんですね?」

「安心しろ」

「やった! 雅、結ばれても良いって!」


 何も言わずに雅が睨んでいる。相当キレている為、話を変えよう。


「と、ところで、二人の出会いを説明してよ」

「私、小学校に入学するまでは違う地域に住んでたのよ。住んでたマンションの近くに公園があって、そこで夏目会長と出会って、何度か遊んだ事があるのよ」

「へえ」


 思わぬ二人の関係性に驚いた。まさか美少女同士が知り合いなんて。最強じゃないか。


「そういえば、夏目会長ってアニメキャラの人形大事そうに持ってませんでしたか?」

「えっ!? あ、ああ、あの頃はな。今はもうそんな歳じゃないからな、ははは……」


 普段の夏目会長よりも若干焦りの色が見える様な。気のせいかな。


「アニメと言えば、この前雅と一緒に『魔女っ娘 萌子ちゃん』を見に行ったんですよ」

「えっ!? へえ、そうか。私は知らないなぁ……」


 やはり怪しい。何かを隠している気がする。


「ああ、あのアニメ映画ね。内容は良かったけど、服装がね」

「アレが良いんじゃないか! 萌っ娘が学ラン姿とかだったら悲惨だろ?」

「まあ、そうかもしれないけど」


 俺と雅の話を遮り、


「こ、この話は止めよう。兎に角、昔のよしみという事で友達にならないか?」

「えっ、勿論OKよ。これからは雅って呼んで」

「私の事も鏡花と呼んでくれ」


 二人だけズルい。俺だって、という欲から、


「俺も友達になりたいです!」

「ま、まあ雅の友達なら良いだろう。宜しく、佐伯」

「和哉で良いですよ。宜しく、鏡花」

「急に馴れ馴れしいな。まあ良いか、宜しく」


 雅に続き、二人目の友達が出来た。順調にリア充の階段をのぼっている。


「ねえ、鏡花。雅との昔の思い出とかないの?」

「えっ、そうだなぁ……雅が公園に落ちてる本を拾って――」


 鏡花が話し始めてすぐ、


「あああああ、ストーーーップ! きょ、教室に戻りましょ。鏡花、また今度ね」

「えっ!? 鏡花、その本のタイトルは?」


 結局、本のタイトルを知る事なく、生徒会室を後にした。その事は残念だったが、鏡花が恋敵では無かった事に心から安堵していた。

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