第8話 エロい落し物の拾い主

 久しぶりに補習を回避し、喜びに浸っていたある昼休み。俺は校内放送で呼び出しを食らった。


『ピンポンパンポン! 生徒会からの御呼出しです。佐伯和哉くん、佐伯和哉くん、今すぐ東館四階の生徒会室までお越し下さい』


 校内放送が鳴り止む前に、クラスメイトが俺を見てくる。一番嫌なスポットライトだ。


「アンタ、何かしたの?」

「いや、身に覚えがない。生徒会との関わりなんて全くないし。まあ、生徒会長は綺麗だけど」

「生徒会長の容姿は関係ないわよ」

「あれっ、雅。嫉妬してるの?」

「はあ!?……今すぐって言ってたから急いだら?」

「そうだね。行ってくる」


 教室を後にする。教室が西館三階に位置している為、非常に遠い。真ん中にある講堂には連絡通路なる物は存在していない。造っておいて欲しかった。今度、生徒会の目安箱に投書してやろう。いや、今から行くんだから直接言ってやるか。愚痴を心で呟きながら生徒会室を目指した。


 やっと生徒会室に到着し、扉をノックする。


「ああ、入ってくれ」


 誰かの声が聞こえ、俺は扉を開けた。見ると、生徒がふたり存在している。一人は大きなテーブルに備え付けられた椅子に腰かける青みがかったポニーテールの女子。生徒会長だ。もう一人は部屋の隅に立っている黒髪お下げで眼鏡の女子。誰かは分からないが、眼鏡越しでも分かる美しさ。清楚という名に相応しい。


「あの、呼ばれた理由は?」

「コレだ」


 生徒会長がテーブルに置いたのは、この前俺が本屋で買った新作のエロ小説。学校に持って来て読んでいたが、どこかで落としたらしく、ずっと探していた。


「会長が拾ってくれたんですか?」

「ああ。ウサギ小屋の近くに落ちていたのでな。栞に名前が書かれていたぞ」


 日直の時に出会ったテク子を気に入った俺は、頻繁にウサギ小屋に足を運んでいた。その時に持っていたエロ小説を横において餌をあげていた事を思い出した。


「コレ、探してたんですよ。いやあ、本当に助かりました。それじゃあ」


 品を手にし、すぐその場を立ち去ろうとしたのだが、


「ちょっと待て! 返すとは言っていない」

「えっ、どういう事ですか?」

「キミ、こんな物を学校に持って来て良いと思ってるのか?」

「でも、小説を持って来てはいけないなんて校則ありませんよ。みんな、持参して読んでますよ?」

「内容が、だ」

「えっ、会長読んだんですか?」

「読んでない。表紙の絵とタイトルから推測しただけだ」


 表紙にはデカデカと『今日から私は○奴隷』と書かれている。美少女が首輪をし、犬の様なポーズを決めている表紙絵だ。

 だが、没収されるわけにはいかない。没収されればこの手に戻る事は無いだろう。


「で、でも、中身が品性に欠けるかどうかは分かりませんよ?」

「本当にそうか?」


 生徒会長の顔は鬼の形相だった。奥に居る女子生徒も軽蔑する様な眼差しでこちらを見ている。


「すみません。如何わしいです」

「はぁ、やはりな。まあ、正直に言ってくれた事に免じて、今回だけは目を瞑ってやろう」

「あ、ありがとうございます!」


 そのまま帰ろうと思ったのだが、生徒会長とお近づきになるチャンスだと考え、


「あの、生徒会長って確か、夏目鏡花さんですよね?」

「そうだが」

「何組なのかなぁ、って」

「三年A組だが」

「じゃあ、隣ですね。俺、三年B組なんで」

「そうか」


 淡々と話をする夏目会長。雅と違い、全然話が盛り上がらない。隣に立つ女子生徒も気になり、


「あの、そちらは?」

「ひっ!」


 俺が近付くと、悪魔を見る様な目で避けられた。先程のエロ小説を見たからだろう。


「そっちは生徒会副会長だ。重度の男性恐怖症なんだ」

「えっ、じゃあ、何でこの学校に?」


 女子校に行けば良かったのにと感じたのだが、


「仕方なかったんです。第一志望の女子校に落ちたんです。後は全部共学しか無くて……。だから、一番女子率の高い桜秀高校を選んだんです」

「へえ。けど、他の男子は知らないけど、俺は安全だよ?」


 そう言って、ジリジリと近付くと、


「あんな本読んでて良くそんなこと言えますね」

「エロ小説を読んでても中身は紳士なのさ」

「止めて! 近寄らないで! ケダモノっ!」

「すみません」


 強烈な言葉を浴びせられる。名前だけでも、と思い、


「あの、お名前は?」

「……」


 全く返事は帰ってこなかった。渋々、帰ろうとすると、


野々ののみやつきです」

「えっ!?」

「私の名前です」

「あっ、宜しく」

「私は三年C組です」

「じゃあ、また会いに行くよ」

「来ないで下さいっ!」

「はい……」


 一応、自己紹介は出来たので、二人に挨拶をして生徒会室を後にした。程無くしてチャイムが鳴り、昼食を摂れずままとなる。焦りで連絡通路の件はすっかり忘れていた。


 放課後、家が隣というよしみで一緒に帰ろうと提案したのだが、雅は用事があると言って先に帰ってしまった。窓から手を振り、正門を出る雅に挨拶をする。さながら、仕事に行く旦那に家のベランダから妻が手を振っているかの様に。雅は一瞬こちらを見て以降、ずっと無視していたが。


 手を振り終えてすぐ、誰かに声を掛けられる。


「おい、佐伯」


 声の主を探すと、そこには夏目会長の姿があった。日に二度も会うとは何かの縁を感じる。


「あっ、夏目会長。さっきはどうも」

「ああ。ちょっと聞きたいんだが、あの金髪の女子生徒とは仲が良いのか?」

「はい。良い友達です」

「そうか。あの子も佐伯と同じB組か?」

「そうですよ」

「あの子、どこかで……」


 夏目会長は何かを一人で呟き、考え込んでいる。雅の事に興味があるのかと思い、


「あの子は鈴城雅って言います」

「いや、名前は知らないんだがな」

「どこかで会った事あるんですか?」

「まあ……」

「そうですか」


 謎は解決しないまま、夏目会長と別れを告げた。やる事も無く、ひとり家路を急いだ。


 歩いている途中に、ふとある案を思い付く。それは、雅の好感度を上げる為、プレゼントを買ってみようという事だ。その為、本屋に寄って帰る事にした。


 本屋に入ると懐かしさを感じる。ここで雅と初めて会ってから急展開したのだ。あれからまだ数日しか経っていない。俺は思い出を噛み締めながら、二階へと歩みを進める。


 今日は過激本エリアの客が少なかった。ゆっくり物色できる。棚を調べていると、兄妹モノが沢山見つかり、どれにしようか非常に迷う。だが、雅好みだと直感で感じた物をプレゼントに選んだ。


 タイトルは『お兄ちゃん、夜のオカズを召し上がれ』。


 我ながらベストチョイスじゃないか。雅の喜ぶ顔が目に浮かぶ。購入後、商品を鞄に詰め、家を目指した。




 それから時間が経過し、現在午後九時の自室。


「そうだ。雅に初メールを送ってみよう。今まで電話しかしなかったからな」


 急に思い立ち、『愛してる、顔を見たい、カーテンを開けて(ハート)』とスマホに打ち込み、送信。暫くすると、スマホの着信音が鳴る。雅から電話が掛かってきた。


「はい、もしも――」

『ちょっとっ! 変なメール送ってこないで! 誰かに見られたらどうするのよ!』

「付き合っていると説明すれば良い」

『付き合ってないでしょ!』

「ねえ、カーテンは開けてくれないの?」

『開けない』


 こちらはカーテンを開けて待機している。いつも期待に応えてくれる雅なら、と待っていると、ゆっくりとカーテンが開く。ちょっとだけよ、あんたも好きね、というフレーズが脳裏を過った。


「開けてくれたね」

『たまたまよ。たまたま開けただけ』


 雅は下を向き、こちらを見てくれない。それより雅がパジャマを着ている。白のふわふわパジャマだ。お人形さんみたいだ。撫でくり回したい。


「素敵なパジャマだね。似合ってるよ」

『止めて! 見ないで』


 そう言いながら手で体を隠している。だが、カーテンを閉めない所を見ると、嫌がっているわけでもなさそうだ。


「それはそうと、今日の放課後、雅に手を振ってた時に夏目会長から声を掛けられたんだ」

『へえ、何て言われたの?』

「雅とどこかで会った事があるみたいだったな」

『えっ、どういう事? 私は夏目会長と会った事ないわよ?』

「百合展開のフラグ、とか?」

『止めてよっ! 私、そっちの趣味は無いわ』

「雅には俺が居るもんね?」

『そういう意味じゃないっ!』


 俺はずっと雅を窓越しに見ていたが、雅はやはりこちらを見てくれない。


「ねえ、雅。お互い顔を見て、おやすみって言おう」

『イヤっ!』

「良いから」


 そう言うと、ようやく雅はこちらを見てくれた。


「おやすみ、雅」

『――ッ! はいはいっ!』


 そう言って雅は電話を切り、すぐさまカーテンを閉めるのだった。

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