第7話 俺の部屋でふたりきり
正式に雅と友達になって数日が過ぎた。下の名前で呼び合う事も板に付いてきた。周りからは、何故あの二人が、という目を向けられた。だが、決してカップルと間違えられる事は無かった。何故かは分からないが。
雅は相変わらず厳しかったが、以前よりは俺への当たりが緩んでいる気がする。
HRの時間になり、千鶴先生が入室してくる。
「今日は重大発表があります」
重大発表という言葉から嫌な予感しかしない。皆、同様に不安そうな表情だ。
「明日、数学の実力テストを行います。三十点以下、つまり赤点だった人は補習ね」
皆の不安は的中する。教室中に絶望の声が
「さあ、補習の予定を空けておかないと」
「何で決定事項なのよ?」
「全教科苦手だけど、数学は特に苦手なんだ。二年の時も毎度補習入りだった。先生からは常連客だと褒められたよ」
「それ、褒めてないわよ。私で良ければ教えよっか?」
「えっ、ホントに?」
「別に、それくらいなら」
「じゃあ、今日の放課後、俺の家でしよう」
「何でよっ! 図書館で良いわ」
雅はいつも俺の家に来たがらない。だが、今日こそ逃がさない。どうしても来させる策を講じなければ。
「図書館で勉強していたらカップルと間違えられるかもしれない」
「教室で話してても疑われないのに?」
「くっ!」
次だ、次。何か方法は無いのか。神様、俺に力を。
「そうだ。雅が好きそうなエロ小説を手に入れたんだ。見せてあげるよ」
「要らない」
「……美味しい洋菓子が――」
「なに言われても行かないから」
「くっ!」
仕方ない。最終手段を使うしかない。こんな卑劣な策を講じなければならないとは、俺も落ちたものだ。
「もし学校内で勉強すれば、雅の好きなエロ小説のタイトルを叫んでしまうかもしれない」
「――ッ!」
「そうなれば噂は広まり――」
「じゃ、じゃあ、教えるって話は無かった事で――」
「待つんだ雅。どうしてそこまで避ける。俺の家がそんなに嫌か?」
「アンタの両親夜遅くまで帰ってこないんでしょ? アンタの家に二人だけとか、ホテルと変わんないじゃない」
「俺を信じるんだっ! 何もしないっ!」
「男はみんなそう言うのよ」
「信じてくれ! 俺は紳士だ。下心など無い!」
「本屋で頻繁にその筋の小説買っておいてよく言えるわね」
「信じてくれええぇぇ、グスン」
下を向き、泣きそうになりながら震える声で訴える。まあ、嘘泣きだが。その姿を見たクラスメイトは雅が泣かせている様に感じ、こちらを凝視している。
「えっ、ちょ、ちょっと泣かないでよ。みんな見てるじゃない」
――よしっ! もう一押しだ。
「雅いいいぃぃぃ! ああああぁぁぁぁ!――」
「ああ、もう分かったわよ!」
「えっ!? ホント?」
「……アンタ、一つも涙出てないわね」
「そ、そんな事は」
「まあ、良いわ。アンタがそこまで言うなら信じてあげる。但し、何かしたら殺すわよ?」
「はい」
狂気の沙汰に、そう答えておいた。だが、頭の中は夢いっぱいだった。
放課後が来ると、打ち合わせ通り、俺の家を二人で目指す。
「案内するから付いて来て」
「はいはい」
暫く歩くと、
「私の家と方角が一緒なんだけど」
「そうなの? 奇遇だね」
「そ、そうね」
それからまた暫く歩き、もうすぐ家に到着しつつあった。
「もうすぐだから」
「えっ、この辺なの?」
「そうだけど。何?」
「い、いや、何でも……」
明らかに雅の様子がおかしい。不安そうな表情をしている。
「さあ、ここだ」
「えっ!? ここって……」
「えっ、俺の家を知ってるの?」
「知ってるも何も、私の家の隣じゃないっ!」
「何だってえええぇぇぇ!」
こんな奇跡があるだろうか。これはもう結婚するしかない。
「ご両親に挨拶しよう!」
「今は居ないわよ」
「じゃあ、帰宅されたら――」
「もう! 止めてよ!」
雅に止められ、仕方なく俺の家に足を向けた。玄関を開け、雅を招き入れる。
「私の家と対称的な構造ね」
「そうなの? じゃあ、同棲してもすぐに慣れるね」
「しないわよ!」
「俺はほぼひとり暮らしみたいなものだから、いつでも歓迎するよ?」
「だから、しないって言ってんでしょうが!」
怒る雅を連れ、二階の自室を目指す。自室の扉を開けるや否や、
「何、この部屋……」
「良いだろう。美しい光景だろう」
エロ小説は当然の事ながらアニメポスターやフィギュア、ゲームなど、あらゆる物が置かれている。さぞ、感動している事だろう。
「ごちゃごちゃした部屋ね」
「ちょ、な、何やってんのよ!」
「えっ? 誘ってるんじゃ――」
「バッカじゃないのっ! 帰るわっ!」
「ま、待って、冗談だよ。それじゃあ、数学教えて」
勉強机ではなく、ベッドの横に置かれたテーブルの上に教科書を広げる。
「ったく。それで、どこが分からないの?」
「まずはここだ」
「こんな初歩から? これは時間掛かりそうね」
「泊まっても良いよ?」
「隣なんだから帰るわよ!」
「でも、これで窓越しにいつでも会えるね」
そう言って俺はカーテンを開け、窓の外を眺める。ほら、と隣の家の窓を指差して。
「で、でも、あの部屋が私の部屋とは限らないわよ?」
「ホントは?」
「……私の部屋だけど」
「やっぱり」
「やっぱりって何よ!」
「雅は顔に出やすいんだよ。嘘が下手なのさ。お兄さん、全部お見通しだよ?」
「ぐっ!」
完敗したといった表情だ。家が隣と言うのはとても都合が良い。今後は連絡も取りやすいし、恋人への階段をまた一歩
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何?」
「この家って別の人が住んでなかった?」
「ああ、それは俺の爺ちゃんだ。だいぶ前に婆ちゃんが死んでから一人で住んでたんだ。けど……」
俺は目を瞑り、下を向いた。
「あっ、ゴメン。嫌なこと思い出させて……」
「いや、爺ちゃんはピンピンしてるよ」
「じゃあ、何でそんな顔したの!」
「ふふふ。足が悪くなったから高齢者向けマンションに入居したんだ」
「へえ。一人で大変ね」
「でも、ピチピチの看護師が常駐してるらしくて違う所が元気になったって言ってたよ」
「……流石、アンタのお爺さんね」
「それで空き家になったから住んで欲しいって言われて、父さんが承諾したんだ。だから、今年の四月にこの近くのマンションから引っ越してきたのさ」
「だから、隣でも今まで会わなかったってわけね」
爺ちゃんのおかげでフィアンセの隣に住む事になった。ありがとう、爺ちゃん。
「父さんが医師になった時、爺ちゃん凄く喜んだらしいよ。鳶が鷹を生んだぞってね」
「医師ってエリートだもんね」
「でも、爺ちゃんはこうも言ってた。ワシはバカだが、エロテクではワシの右に出る者はおらんってね」
「……アンタ、お爺さん似じゃないの?」
「よく分かるね。親戚にもしょっちゅう言われるよ」
「……」
爺ちゃんに似ている事に心底感謝している。エロ小説を買いに行ったから雅とお近づきになれたのだから。ありがとう、爺ちゃん。
「ところで、雅の家は今お留守なの?」
「大学通ってる姉が帰ってきてると思う。両親はどっちも弁護士で忙しいから殆ど居ないわ」
「へえ、優秀な両親なんだね。そうだ! 俺、お姉さんに挨拶してこようかなぁ?」
「ダメ、絶対ダメっ!」
「えっ、何で?」
「あの人は、両親に似て頭は良いんだけど、両親と違って相当な変人なの」
「けど、将来的には俺の義姉になる人だし」
「ならないわ! 兎に角、止めてっ!」
「分かったよ」
その後も勉強は続き、数学について少しは理解を深めていった。俺が練習問題を解いている間、暇を持て余し、部屋の物を物色し始める雅。
「普通の漫画も持ってるのね。読んで良い?」
「良いよ。好きなの選んで」
漫画が置かれている棚はとても低く、予想通り雅は四つん這いになって探している。
――こんな事もあろうかと、棚を低くしておいて正解だったな。
突き出すお尻は最高の芸術作品だった。徐々に下へと下がる俺の頭。
「ねえ!」
「――ッ! アタっ!」
不意に声を掛けられ、酷い音と共に頭を机で強打した。机よりも遥かに下の床スレスレまで頭は下がっていたらしい。スカートの中を拝む事は叶わなかったが。
「アンタ、何やってんのよ?」
「ははは、消しゴム落としたんだ」
「机の上にあるわよ?」
「ははは……」
「さよなら」
「待って! 見えなかったから!」
「そういう問題じゃないわよ! それで、解き終わったの?」
「まだです」
「早くやりなさい!」
今度こそ、解く事に集中しようとした矢先、
「ちょ、何よコレ!」
「――ッ!」
雅の手に握られているのはお宝本。胸の大きな女性ばかりが取り上げられている物だ。巧妙に隠した筈だが、よく見つけたな、と感心せざるを得ない。
「そ、そんな物あったかなぁ?」
「さよなら」
「待って! 見ても良いよ?」
「要らないわよ! それに、この表紙が腹立つわ」
その理由は、雅の体形にあるのだろう。素晴らしいスタイルの持ち主だが、胸だけは少しだけ寂しい様に感じる。まあ、着痩せしていて脱いだら凄いのかも知れないが。
「俺は雅の胸が一番好きだっ!」
「嬉しくないっ!」
雅に大いに罵られた。だが、勉強の甲斐あって次の日のテストでは久しぶりに赤点を免れたのであった。
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