第6話 彼女からの提案

 昨日の体の傷がまだ癒えない中、週初めの登校日を迎える。だが、学校に行けば鈴城さんに会える。その希望が俺を学校へと駆り立てた。


 だが、教室に入ると珍しく鈴城さんの姿が無い。始業式以来、俺が先に登校するなんて一度も無かったのに。もしかしたら、昨日の事を気にしているのかもしれない。


 そんな事を考えていると、鈴城さんが登校してくる姿を確認する。


「あっ、鈴城さん。おはよう」

「え、ええ」


 妙に歯切れが悪い。もしやと思い、


「まさか、昨日俺の事を考えて寝付けなかったの?」

「はあ!? そんなわけないでしょ」

「ねえ、昨日楽しかったし、また日曜日に出掛けない?」

「一日だけって言ったでしょ」

「そ、そうだったね……」


 今日の鈴城さんはいつになく冷たかった。昨日、何か負のフラグを立ててしまったのだろうか。結局、昨日の努力空しく、一日限定デートを上書きする事は叶わなかった。


 下を向いて悩んでいると、HRをする為に千鶴先生が教室へと入ってくる。


「みんな、おはよう。今日も休んでいる人は居ないわね。偉いわ」


 にこやかな千鶴先生とは対照的に、俺の心は土砂降りの中にあった。隣を向けば、窓の外を眺めて俺を無視する鈴城さんの姿が見える。昨日のデートが夢だったかの様に思えた。


「じゃあ、今日の日直を発表するわね。えーっと、佐伯くんと鈴城さんね」

「えっ!?」


 千鶴先生の発表を遮る程の勢いで鈴城さんが声を上げる。だが、俺にとっては好都合だ。やはり神は存在していた。またしても二人の時間を与えて下さったのだ。アーメン。


「鈴城さん、頑張ろうね」

「冗談じゃないわよ。何でよりによってアンタとなのよ」

「運命が導くのさ」

「……。アンタ、一人でやって!」


 その言葉はクラス中に響き、


「鈴城さん、ダメよ。二人で協力しないと。もう子供じゃないんだから拗ねないの」

「……はい」


 鈴城さんは千鶴先生に説得され、観念した様だ。


 HR後、


「千鶴先生から渡された日直日誌を見ると、放課後の用事が多いみたいだ。こりゃあ、なかなか帰れないなぁ」

「何で嬉しそうなのよ?」

「えっ、そう見える? 何でかなぁ」


 鈴城さんは嫌という言葉が顔に書かれている様だったが、本音は分からない。嫌よ嫌よも何とやらと言うし。


「兎に角、放課後残ってね?」

「分かったわよ。やれば良いんでしょ?」


 放課後までの日直の用事は授業終わりの黒板消しだけだった。何故か、六限までの全ての黒板消しを俺ひとりで受け持ったのだが。


 時間は過ぎ、とうとう放課後がやってきた。そう、お楽しみの時間というヤツが。他のクラスメイトが皆帰宅したのを確認し、


「さあ、鈴城さん。楽しもうじゃないか」

「なに言ってんのよ。日直の仕事で残るんでしょうが」

「そうだった。まずは教室の掃除か」

「はいコレ」


 鈴城さんは箒と塵取りをロッカーから取ってきてくれた。だが、両方とも俺に差し出した。


「鈴城さんの分は?」

「アンタ一人でやるのよ」

「えっ、そんなぁ……。けど、その間暇でしょ? エロ小説持って来てるんだ。読む?」

「要らないわよ。さっさと済ませて」

「はい……」


 俺はひとり黙々と掃除をする。鈴城さんを見ると、立って窓から外を眺めている。時折吹く風でスカートがなびいている。とても艶かしい。


「終わったよ」

「次は?」

「えーっと、ゴミ出しだね。東館の東にある焼却炉まで持って行くみたい」

「そう」


 見ると、掃除で発生したゴミ袋は二つ。大きくて重い方と小さくて軽い方だ。だが、俺は即答した。


「俺が重い方を持つよ」

「当然でしょ。男なんだから」

「そ、そうだよね」


 格好良い発言だったと思ったんだが。俺達はゴミ袋を提げて西館から焼却炉を目指す。


 途中の通りで一人の男子生徒に声を掛けられる。


「あのっ、鈴城さん。俺と付き合って下さいっ!」


 ――なんと厚かましい男。分をわきまえよ。


「ゴメンね。興味ないわ」


 告白されてすぐ、鈴城さんは返事をした。フラれた男はショックの余り、無言で走り去って行った。


 ――ははは、ざまぁないな。一瞬にして地の底よ。いや待てよ、何かデジャヴ感が。


 嫌な記憶が一瞬脳裏を過ったが、虫唾が走る為、脳内から消し去ってやった。


 焼却炉にゴミ袋を二つ入れ、隣の広場を見ると飼育小屋が併設されていた。看板にはウサギ小屋と書かれている。


「うわぁ、可愛いわね」

「ホントだ。この学校ウサギなんて飼ってたんだね。二年以上通ってて初めて知ったよ」

「私も。けど、前はこんなもの無かったわ。最近飼い始めたんじゃない?」


 ウサギが入っている檻の手前に人参が細長く切って置かれている。餌をあげて下さいと言わんばかりに。それに気付き、早速細い先端をウサギに向ける鈴城さん。


「わぁ、こっち来たわ。可愛いわねぇ。癒されるわ」

「そうだね」


 だが、驚いた事に、そのウサギはとんでもないテクニシャンだった。差し出された人参を噛み千切るでもなく、顔を前後させ、口から出し入れさせている。艶かしい。もしやと思い、看板を見ると、やはり雌だった。

 鈴城さんもその事に気付いた様で少し頬が赤い。


「このウサギ、なかなか……この舌使いはまるで――」

「それ以上言わなくて良い!」

「えっ、何で? 俺は、まるで子供がアイスキャンディーを舐める様だ、と言おうとしたのに」

「――ッ! アンタ、卑怯よっ! なかなかって言ってたじゃない!」

「鈴城さんは何と勘違いしてたの?」

「う、うるさいわね……」

「俺にもあげさせて」


 餌箱から人参を取り、ウサギへと差し出す。先程と同様に、順調に舐め回している。だが、不運にもウサギの歯が当たり、人参が切れてしまった。


「あっ、竿は噛んじゃダメでしょ!」

「あっ! アンタ、やっぱり!」


 ウサギもしくじったという表情で下を向いている。勇気付けなければ。


「さあテク子、もう一度挑戦してごらん」

「何その名前……」


 ウサギは俺の応援を受け、先程以上のテクニックを披露した。


「やぁ、お上手お上手!」

「もう! 教室に帰るわよ」

「えっ! 待って! テク子ぉぉぉぉおおおお!」


 鈴城さんに引きずられながらウサギ小屋を後にした。テク子の目がうるうるしている気がした。


 日直の用事が全て終わり、帰ろうとすると、


「ねえ、アンタ今日暇?」

「えっ!? 一緒に出掛ける? もう夕暮れだし、夜に行く所って言ったら――」

「そういう意味じゃない。ちょっと屋上に来てくれる?」

「えっ!? まさか鈴城さんから俺に告白――」

「それも違う。私あとで行くから先に行ってて」

「うん……」


 教室を出ようとした所で、また振り返って鈴城さんがこちらに話しかける。


「今度は間違えないでよ! 西館よ、西館屋上だから!」

「わ、分かった」


 足早に鈴城さんはその場を去った。また屋上に呼ばれたが、今度は一体。見当も付かずまま、西館屋上を目指す。


 扉を開けると、誰も居ない。普段から誰も使用していない上に、先に行っててと言われている為、当たり前である。西館屋上から西を見るとプールが見える。


 ――夏のプール。鈴城さんのスク水姿。映えだな。


 そんな妄想を膨らませていると、後ろの扉が開かれる音がする。


「遅くなってゴメン。ちょっと用事があってね」

「またラブレター?」

「違うわ。図書館に借りた本を返しに行ってたの」

「えっ、ここの図書館にエロ小説が置かれているとは……。不覚だった」

「違うわよ! そんなモノ置いてあるわけないでしょ。読みたい本があっただけ」

「そっか。それで、呼んだ理由は何?」


 俺が尋ねると、いつになく真剣な表情になる鈴城さん。少しの沈黙の後、語り始めた。


「アンタ、ここで私に告白したわよね?」

「うん。一生添い遂げるつもりで告白した」

「重いわね。まあ、結論から言うと恋人にはなれないわ」

「に、二度目の失恋……。まさか、俺に追い打ちをかける為だけに呼び出すなんて……」

「ち、違うわよ!……恋人は無理だけど友達にならなってあげても良いわ」

「えっ! セ○レに!?――」

「バカじゃないのっ! 普通の意味の友達よ!」

「なぁんだ」

「何が、なぁんだ、よ。嬉しくないの?」


 恋人になる事に全力を尽くしてきた為、友達になるという選択は二軍降格を余儀なくされた感を受ける。


「それって、のちに恋人に転ずる未来はあるの?」

「さ、さあ? 努力次第じゃない?――」

「是非なろうっ!」

「急に暑苦しいわね。それじゃあ、今日から友達って事で」

「あっ、そうだ。友達なら下の名前で呼び合わないと。これからは和ちゃん雅ちゃんで行こう」

「何で、カ○ちゃんケ○ちゃんみたいになってんのよ。普通に、和哉、雅で良いわ」

「分かった。そういえば、昨日俺が殴られてた時、和哉って呼んでなかった?」

「あ、あれは咄嗟に出ただけよ」

「そっか。それじゃあ、友達として宜しく」

「ええ。こちらこそ」

「すえはヨメちゃんの可能性もあるんだよね?」

「……恐らく無いわ」

「まあ見てて。ここからが俺の力の見せ所だから」

「……」


 恋人にはなれなかったが、鈴城さんと友達になれた。いや、これからは雅だったな。しかも、昇格アリという条件で。必ずや昇格して見せる。俺は心の中で自分に活を入れた。

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