第5話 縛られていないクマさん
映画館を後にしてすぐ、
「ねえ、お腹空いたんだけど」
「そうだね。なに食べたい? さっきの謝罪の気持ちを込めて奢るよ」
「ホント? そうね。イタリアンが良いわ」
「じゃあ、サイゼ――」
「そこ以外で」
「はい……」
駅前を散策していると、雰囲気の良いイタリアンレストランを発見する。だが、どう見ても高級そうだ。一発で俺の財布は空になる。
「雰囲気は良いけど……。他にしましょ」
「えっ」
明らかに雰囲気は鈴城さん好みだった筈だ。恐らく、値段の事を考慮しての判断だろう。気を遣ってくれた事が心底嬉しかった。ツンデレのデレが現れ始めたのか。
色々と見たが、目ぼしい店にはあり付けない。ふと広場に目をやると、ハンバーガー移動販売車に目が留まる。
「あれは……」
「ハンバーガー……。まあ、イタリアンじゃないけど良いわ」
「えっ、良いの?」
「ええ。外で食べられるみたいだしね。天気が良いから気持ち良いんじゃない?」
「そ、そうだね」
その店の品物は先程断られたイタリアンレストランと変わらぬ安さだった。それでも俺の為に妥協してくれた様だ。鈴城さんのそういう優しさを知り、なお一層好きになった。
「俺が買って来るよ。何が良い?」
「じゃあ、チーズバーガーとホットカフェオレ。あと、ポテトも」
「分かった」
注文通りの品物を店で受け取り、テーブルへと運んだ。俺も同じ商品を選んだ。
「お待たせ」
「ありがと」
以前、食堂で一緒に食べた時には『話し掛けないで』の一点張りだったので、今の状況に驚いている。
「鈴城さんは兄が居るの?」
「えっ、何で?」
「いや、本屋で会った時の作品――」
「い、居ないわよ! あれは作風として好きなだけよ」
「そっか。安心したよ。実の兄妹で一線を越えるんじゃないかと心配してたんだ」
「バカじゃないの! そんな事あるわけないでしょ!」
「それじゃあ、俺と一緒でひとりっ子?」
「姉が居るわ。私の一番の天敵だけどね」
「へえ、鈴城さんが苦手に感じるってどんな人なんだろう?」
「とても変わった人よ」
鈴城さんは姉についてそれ以上は語らなかった。機会があれば一度お目にかかりたい。
「アンタはひとりっ子なんだ」
「そう。両親とも忙しいから常に一人なんだよ。寂しいったらありゃしない」
「ご両親はそんなに忙しいの?」
「うん。両親はどっちも医師だよ」
「えっ!? その二人から生まれたのに何で成績悪いのよ?」
「親戚からも同じこと言われる。馬鹿に生まれちゃったんだから仕方ないじゃないか」
「誇らしげな顔で言うセリフじゃないわね」
俺は別に馬鹿である事を恥じてなどいない。
俺達はハンバーガーを食べ終え、店を後にした。
「意外と美味しかったわね」
「そうだね。次どこ行く?」
「アンタが決めてよ」
「じゃあ、ゲームセンターはどう?」
「あんまり行ったこと無いけど、まあ良いわ」
何だかんだ言って、全て俺の意見に合わせてくれる。もしや、すでに鈴城さんは俺に惚れているのではなかろうか。嬉しさの余り、スキップの様な軽やかさを見せる。
ゲームセンターも駅前すぐに存在する。観光客向けに商業施設は駅前に固められているのだろう。
中に入ると、沢山客が居た。普段は脱衣麻雀をプレイするのだが、鈴城さんと一緒の今はマズい。ハマり過ぎて半日プレイし続けた事もあった。なかなか脱がせられないんだな、これが。そうだ、いつかきっと鈴城さんとリアル脱衣○○ゲームをやってひん剥いてやろう。そんな不埒な事ばかりが頭の中を占めていたが、とりあえず今日は店内を見て回るだけにしておいた。
店内を散策していると、一台のゲーム機の前で鈴城さんが立ち止まる。
「どうしたの?」
「コレ何? ぬいぐるみがいっぱい入ってるわ」
「ああ、それ? UFOキャッチャーって言うんだ。アームを使ってぬいぐるみを掴み取るんだ」
「へえ」
「何か取ってあげようか?」
「えっ、良いの?」
「うん」
「それじゃあ、あのクマが良いわ」
「……でも、あのクマは縛られていないよ。紐買ってこようか?」
「要らないわよっ! あのままで良いの!」
「そう。じゃあ、取ってあげよう」
鈴城さんが指差したクマのぬいぐるみは四十センチ程の大きさの茶色のぬいぐるみ。とても愛らしい表情をしている。縛ってあげれば、もっと嬉しい表情を浮かべそうだが。ここでぬいぐるみをプレゼントし、是が非でも株を上げておかなければならない。
意気揚々とプレイし始めたのだが、なかなか思う様に取れない。苦戦している姿を見て、
「ねえ、結構お金使ってるけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫。もうすぐ取れるさ」
その言葉通り、次のプレイでゲットする事が出来た。思っていたよりも値は張ったが。
「はい」
「ありがとう! 可愛いわね」
「鈴城さんの方が可愛いよ」
「う、うるさいわね……。褒めても何も出ないから」
クマのぬいぐるみを抱きかかえる鈴城さんは本当に愛おしく感じられた。一生大事にしたい、そう思った。
一通り店内を見て回ったので、ゲームセンターを後にした。
外に出ると、夕暮れの空が見える。
「そろそろ休める所を探さないと」
「バカじゃないのっ! もう帰るわよ」
「そっか。残念だなぁ」
「……」
一日限定デートをお開きにする。とても名残惜しい。だが、お開きにして帰ろうとすると、
「ねえねえ、そこの彼女。俺達と遊ばない?」
不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると、男ふたり組の存在を確認できる。どちらも俺達よりも随分年上だ。どう見ても柄が悪いと言った感じである。
「ねえ、聞いてる? そこのクマ持ってる彼女?」
「や、止めて下さい」
男達はふたり掛かりで鈴城さんにちょっかいを出している。ついに俺の実力を見せる時が来た。
「おい、待てお前達っ!」
俺は堂々とした立ち居振る舞いで男達と対峙する。
「何だ、テメエっ! もやしは引っ込んでろっ!」
「誰がもやしだっ!」
堪忍袋の緒が切れた俺は、片方の男に捨て身の特攻をかます。見事に命中し、地に沈んだ。
――よしっ! イケるっ! 俺TUEEEじゃないか。見てくれているかい、鈴城さん。
「和哉っ! 危ないっ!」
「えっ!?」
鈴城さんの声が聞こえ、振り返ったが、時すでに遅し。もう片方の男の蹴りが見事に俺の腹に命中する。
「あべしっ!!」
「調子コいてんじゃねえぞ、テメエ!」
追い打ちをかけるかの如く、床に突っ伏している俺を踏み倒す男。先程倒された男も起き上がって加勢し、袋叩き状態になる。
「ひでぶっ!!」
「オラオラぁぁああ!」
その状況を見て、
「キャァァアアア! 誰か助けてええぇぇぇえええ!」
鈴城さんがアン○ンマンを呼ぶかの如く大きな声を上げている。野次馬は寄ってきているが、怖いせいか誰も助けようとはしない。だが、俺にも維持がある。
「イテっ!? 何すんだ、コイツっ!」
力で勝てないなら痛みだと言わんばかりに、男の腕に噛み付いた。引き千切らんとする程に噛むと、男達は観念して走り去っていった。周りから見れば、泥だらけになりながら食い下がる俺は、さも、ジャイ○ンに食い下がるの○太の様だったであろう。
辛くも勝利した俺を見て、鈴城さんが傍に駆け寄った。
「大丈夫っ!?」
「ドラ○もん、かったよ、ぼく――じゃなかった。大丈夫さ」
「本当に? 無茶しないでよ!」
「女の子を護るのは男の務めだろ?」
「バカ……」
その頃には野次馬は姿を消し、俺達ふたりだけの世界になっていた。思えば、人と喧嘩をしたのは生まれて初めてだ。それ程までして俺は鈴城さんを助けたかったのだ。最後の最後で散々な一日限定デートになったが、悔いは無かった。
ふと、通りに目をやると、鈴城さんの手から離れたクマさんが寝っ転がっていた。そのクマさんはとても優しい表情を浮かべている様に見えた。
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